一話 召喚?
どれくらいの時間が過ぎたかわからないが、足に地面の感覚が伝わってくる。
まぶたを貫くような眩い光のおかげで周囲を見渡すことができない。
しばらく立ちの姿勢で目が開けられるのを待っていると、耳の機能がやっと使えるようになったことに気づく。
周囲から聞こえてくるであろう、
木々のざわめきと風の音を探る。
だが、予想と反して鼓膜を震わしたのは、
少女の鈴のような可愛らしい声。
「勇者様!お目覚めください!この世界をお救いください!」
「へ?」
なんのことでしょう?
今は緑あふれる森か晴れ渡たる青空を一望できる
丘の上にでもいるはず。
近くから人の声が聞こえるなんてことはないはずだ。
もう目が開けられることに気づき、急いで辺りを見回す。
視界に飛び込んできた光景は、
どこかの地下室ようで薄暗く狭い空間。
足元に広がる魔方陣を囲むように立ち並ぶ魔法使い風の
紫色の怪しい色合いのローブを纏った集団。
そして、先ほど声をかけたであろう少女にこの状態の説明を求めようと探す。
だが、近づこうか迷っているローブ姿の人々がいるだけで、少女らしき人は見当たらない。
幻聴だったのだろうかと思い始めたとき、再度声が聞こえる。
「勇者様!お目覚めになられたようで安心しました。こちらの言葉は理解できますでしょうか?」
「ええ、しっかりそのお声は聞こえていますし、意味もわかりますが私は誰と話しているのでしょうか?」
そういいながら、ローブの人々をひとりずつ眺める。
「あ、わたしはこの召喚陣を管理する教会の聖女見習いでエリーと申します。」
「エリーさんですか、良い名前ですね。ですがどなたがエリーさんですか?」
「こちらですよ勇者様?」
その言葉と共に事前に用意して着ておいたブレザー風の上着の袖を引っ張られる。
視線を下に向けるとようやく声の主を見つけることができた。
そこには、まだ幼さが残る顔だが将来はとびきりな美女になるであろう整った顔立ち。
シスターのような黒い服ではなく、聖女見習いと名乗っていたことから着ているのだと思われる白を基調とした修道服。
華奢な体に、見下ろすまで視界に入らなかった身長。
ベールの下に隠れるロングの金髪が壁に掛けられたランプの灯りによって煌めく。
こちらを見上げる蒼い瞳と目が合う。
「おっとこれは失礼しました。それと私の名前は勇者様ではなく、サルートと申します。」
「サルート様ですか。ご自身の記憶がおありなのですね。でしたら、率直に申しますとサルート様は、この世界を救う存在として召喚されたのです。ぜひその力をお貸しいただけませんか?」
さっきまでの明るい雰囲気とは違い、真剣なまなざしで話をきりだすエリー。
ふむ、私が構築した術式とこの召喚の魔方陣が干渉した結果、本来の場所とは違うところにでてしまったようですね。
もし、召喚自体が成功しているのなら、別世界から呼ばれたであ
ろう方は草原か何処かに今ごろいることになってしまいますね。
とりあえず、転移魔術の失敗で現れただけでただの魔術師だとでも説明して本来の勇者を探させないといけません。
「エリーさん申し訳ないのですが人違いです。私はこのゼムシス大陸に住むしがない魔術師ですので。」
「そ、そんな。嘘ですよね…それだとこの召喚が失敗ということに……」
今にも自殺してしまうのではないかというほど青ざめ、絶望的なオーラを放つエリー。
「ええと、私がここにいるということは、私が組んでいた術式の転移場所にその勇者がいるかもしれません。ですから今から探しに行きませんか?」
「そ、そうですね。ですが、こちらの方で捜索しておきますので、巻き込んでしまったお詫びもかねて少々歓待させていただけませんか?」
この方はしがない魔術師だなんて言っていますけど、転移魔術を何の気負いもなく使用したところから考えるにかなり貴重な人材に違いありません。
ぜひこの方にもお力をお貸し頂かないと!
それに、お召し物があまり見たことのない材質のような気がしますから怪しいですね。
「いや、私の責任でもありますのでぜひ捜索させてください。歓待もご迷惑をおかけした勇者様に重ねてあげてください。」
はやく見つけて、この状況から解放されたいですし、異世界から召喚してまで助けを求めるほどこの世界が危機に陥っている
なんて知りませんでしたからそれについても
調べたいですからね。
「そこまで言うのなら申しわけありませんが捜索にお力をお貸しいただきますね。
早速ですが、今からで構いませんか?お身体の調子が悪ければお休みしてからでも構いませんよ?」
捜索中に、もしこの方が逃げることがあっても捕まえられるよう騎士の方々に注意してもらいましょう。
「体の異常はありませんので、そちらの準備が出来次第すぐに行けますよ。」
勇者を見つけても解放されないようなら、逃げ出すしかありませんか。
なぜか私を引き留めようとしているようなので、強硬手段に出られてもいいよう気を配っておきますか。
それから、地下室を出て教会の応接室で準備が整うのを小一時間待つことになり、その間にどこら辺に転移する予定だったのかを地図を借り説明する。
それをもとに何個の部隊をどれくらいの範囲で行動させるかなどの打ち合わせを聞きながら給仕された紅茶を飲む。
紅茶を飲むのも久しぶりですね。やはり実態を持ったほうが飲んだ気がしますね。
そう紅茶を楽しんでいると、準備が整ったようで銀色の甲冑に身を包んだ若者が応接室に入ってくる。
「エリー様、捜索隊の準備が出来ましたので早速出発致します。それと例の魔術師殿は私と共に捜索してもらうことになったのでこのまま向かいましょう。私は今回の部隊長を務めるセイゲンと言いますので以後よろしくお願いします。魔術師殿?」
そう言いつつ、手ぶりでついてくるよう促すセイゲン。
「こちらこそよろしくお願いします。私のことはサルートとお気軽にお呼びください。」
「畏まりました、ではサルート殿勇者様を一刻も早く見つけるべく早速出発しましょう。」
「ええ、そうですね。」
ようやく建物の外に出られました。ふう、やはり地面から見る空はいいですね。
教会を出てすぐの噴水が中央で目立つ広場に出ると多くの幌馬車が並んでいる。
そう思いながら、セイゲンさんの指示に従い幌馬車に前から乗り込む。
幌馬車にはすでに乗り込んでいた他の捜索隊のメンバーが壁に並ぶように座っている。
御者の方に一番近い席が空いており、セイゲンと並んで座る。これで揃ったようで馬車が動き出す。
御者の背中を見ながら街並みを眺める。
商店が多く建ち並ぶ通りを馬車が進んでいるようで、店の中では楽し気な人が多く見られる。
しばらく進み、閑静な住宅街を通り過ぎ門が近づくと、
露天商が多い区画のようで、
それを目当てに冒険者や町民が集まっている。
馬車を先導するように進んでいた騎馬の騎士達が追い払うように道を開けさせている。
「セイゲンさんあれは少し横暴ではありませんか?」
「人によってはそう考えられますが、勇者様をお探しする我ら教会の行動は偉大なる神の思し召しですので、こちらが優先なのは当たり前なのですよ。」
「そ、そうですか…」
予想していた言葉との大きな違いに黙り込む。
それでも、何か危機があれば行動できるよう目だけは動かし続ける。
それ以降、外の喧騒とは違い静寂を取り戻した馬車はこの大きな街を囲む壁にはめ込まれた門をくぐり抜け、
青々と茂る広大な草原へと出る。