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材料がまだなので、レイはボーッと家の2階の大通りに面した窓から外を見る。

……ああ、今日はスリが成功したようだ。やったね、おめでとう。


そんな事を考えながら適当に過ごして居た。

「レイ様。ギルド長がいらっしゃいました」


「え~。素材はまだの筈だけど」

「ポーションについt……」

バン!

「依頼だ!」

「今、貴族の依頼を押し退けた緊急依頼のせいで忙しい」

レイは若干イラッとしながら、目線を財布が無くて店主の前で焦っている主婦を眺めた。


「素材が無いから今は暇な筈だろ!」

煩い。

突っ込まれるような事をしたのはレイだが。

「他人の家に押し入り依頼を押し付けた上に大声で喚くのはどうかと思う」


レイは鈍感だが、短気でもある。

つまり、不快だと感じたら比較的簡単にキレる。

ギルドの一件のように普段通りだと思っても、積み重ねが一線を越えた瞬間爆発するので、人によっては何で突然?とか、いつもは~とか言う。


だが、冷静に自身の行動を振り返って欲しい。

ギルド長がいくら偉くとも、依頼を頼む人の態度ではない。

細かく言えば、錬金術師にとって自室は踏み入れられる事を嫌う聖域。自室に押し入るとか親友親兄弟であってもぶちギレ案件である。

秘伝だとか、隠したい研究資料が有るかもしれないのだ。


更に、ギルドの一件もそうだ。

勝手につけられた"二つ名"のせいでトラブルは起きる。

冒険者が非冒険者に言いがかりで殴りかかると言うトラブルに、ギルドの人間が対応した事は無い。幾らその非冒険者が反撃出来るとは言え有り得ない対応である。

親友親兄弟?そんな組織の長と仲の良い訳が無い。むしろ嫌悪を向けるべき知り合いである。


そして今。

レイの中で一線を大幅に越えたのが、その場に居る全員に分かった。

レイは満面の笑みを向ける。ギルド長になって15年。レイの無表情以外ギルド長は一度も見た事無かった。


「依頼内容は?」

静かに、声が落ちる。


「こ、高ランク冒険者パーティーの完全治癒だ……」

ギルド長は思わず素直に言った。


「報酬は?」

「コカトリスの羽、肉、目玉、トサカ以外の一体分全て、大金貨を20から30枚に」

静かな冷たく重い声に、ギルド長は答えるしかない。


「では、依頼ではなく、真契約を」

「し、真契約?」

「……。昔から錬金術師との正式なやり取りは真契約だと決まっている。真なる契約。または神の契約」

「神の……」

「ギルドとボク(賢者)の契約だ。今の条件で良い」

レイはカリカリと、一枚の皮に文を書く。


レイが対象を完治させる事。

ギルドがレイに今言った報酬を出す事。


たったそれだけ。

「ボクの条件が達成されたのを確認次第報酬にこの契約書を翳せ。それで報酬がボクの元に来るようにした。ボクが冒険者を治す期限は対象の冒険者が死ぬ前に。ギルドが報酬を用意する期限は……それも対象の冒険者が死ぬ前にしよう。真契約が一部でも履行されなかった場合の罰は先に破った方の死で。ああ、ギルドと言う組織の場合の責任は契約期間中のギルド長全員になる」


ギルドにとっては、レイが完治させられなかったらレイの死亡で契約解除。レイが完治させられたら普通に報酬を払って終了。不利益は無い。

もしくは……その冒険者を犠牲にすれば厄介な賢者は……


ギルド長は恐る恐る顔を上げる。

どうする?と、レイは笑顔のまま尋ねた。欠片の不審もない完璧な笑顔がこの状況で恐ろしさを際立たせる。

ギルド長は、ギルドの長として、契約書にサインした。

罠にも気が付かず……。




さて、レイには反則技が有る。そう、エリクサーである。万能薬との呼び名の通り、あらゆる身体的異常を取り除く。時に若返りの薬とも呼ばれるのは老化を異常とし、最盛期まで身体を戻すからだ。


レイはぶちギレて居た。真契約は合法的にギルドとギルド長に嫌がらせをする為であり、もはや損得など考えない。20から30?指とは言え部位欠損がたった大金貨10枚で治る訳が無いだろうが!

実は、高ランク冒険者など実力が有る人は石化などに抵抗が有るように、薬にも抵抗が有る。依頼の高ランク冒険者の部位欠損を治すなら相場、大金貨50枚でも足りない。一般人が指切り落とした~!とかと訳が違う。


エリクサーは予備が有るのでギルド長がギルドの建物につく前にさっさと治す事にした。

ギルド長が悠長に馬車に揺られる間、転移魔法でギルドに行く。冒険者どもをスルー、冒険者も先日の後を引いて絡みに来ない、そのまま2階へ。


紅い液体を一滴ずつ口に垂らす。

効果に絶対の自信が有るのか、レイは結果も見ずにギルドを出ていった。









レイは名前も知らないメイド奴隷を見る。メイド教育を叩き込まれた彼女は慎ましく、主人のガン見を受けても反応しない。主人の奇行に慣れているとも言う。優秀な彼女は主人が人間観察が趣味だとも知っていた。


レイは名前すら知らないメイドに思い入れは無い。

そして、レイはギルド長、契約の罠が発動すればギルドという世界的組織に喧嘩を売る事になる。

なぜなら、契約は必ずギルド側の不履行になるようにしたから。コカトリスの報酬。あれは、血を含む。コカトリスの状態は悪いと聞いていたし、まず間違いなく冒険者の死と同時にギルド長は契約違反で死ぬ。

今まではレイがキレて騒ぎを起こしても、その相手より上がレイをそれ以上刺激しないよう庇う。しかし今回の相手はその庇う側の筈だった。


面倒だな、レイはそう思った。


「……。じゃあね」

「え?」


さあっ……と。メイドが目を瞑った一瞬に、レイの姿は、いつも紙や魔石、鉱物、植物、謎の物体、液体の瓶で溢れた机は、綺麗に消えていた。夢か、幻のように。

メイドの手元に残ったのは、5つ。

お金と、契約書と、腕輪と、毛根蘇生薬。それと手紙。


「れ、レイ様……?」

メイドは残った物を確認する間もなく、家中を探し回った。


「レイ様!レイ様!どちらにいらっしゃいますか?……レイ様っ」


探して、探して、意味もなく歩き回って。

最後にレイの声を聞いた部屋に戻る……。


手掛かりになりそうな手紙を拾った。

内容は簡潔。


お金は給金である事。

契約書を以て、レイに関して喋らないと誓うだけで奴隷身分から解放すると言う事。

腕輪は彼女以外使えない自動迎撃装置である事。

毛根蘇生薬は依頼主に届けて欲しいという事と蘇生薬の代金はそのまま運搬代金として彼女の物だという事。


「何て……酷い主人だったのでしょう」

奴隷だった彼女は、メイド服のまま最初で最後の贈り物である腕輪を身に付けて、涙を流した。給金と事務連絡の手紙は贈り物としてノーカウントだ。


酷い主人から解放された彼女は、メイドの作法を武器に、たった一つの贈り物で身を守り、給金にしては多いお金を基盤に生きていくのだ。

まずは……


バダン!

「レイ!お前あれはどういう……」

いつものように、無作法に振る舞うギルド長を……敵だと思ったからか、勢いよく入ってきたギルド長に腕輪が発動した。


「あ」カチッ

「ぎゃーっバババババ!」


魔法によって、雷に打たれ痺れ、蔦に拘束されたギルド長は追いかけてきたらしい冒険者に運び出されていった。



「あの、錬金術師のレイさんのお宅ですよね」

高ランク冒険者ともなれば本来、貴族とも接するので言葉使いは丁寧にもなる。場合によっては報酬や命に直結するので。


王都は魔物を阻む厚い壁に囲まれているので、土地が限られている。そんな中、一軒家を持つレイを丁寧に、しかも命の恩人とあれば殊更に、対応すべき相手と判断するのは自然な事だった。

ギルドに入り浸るのは中ランク以下だと言える。


「はい。……しかし、その、ご主人様は居ません」

「いつ頃なら……」

「いえ、恐らく帰ってこられないでしょう。私もたった今解雇された所です」

「そうですか……」


レイのとばっちりで完全治癒された冒険者パーティーのリーダー、ククフはパッと見青年の容姿をしていた。中年のベテランだったが、エリクサーで治るついでに若返ってしまったのである。

一方、レイのメイドだった彼女は19。顔立ちは普通ながらも所作が綺麗な女性だった。


共通の話題はレイ。


数年後、一組の夫婦がうまれるのは余談である。

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