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「久しぶりだね。勇者達」
家を壊されてはたまらないと、レイはわざわざ出迎える。そして、2年半一緒に居た勇者だからこそ歓迎する。
勇者達は魔物は片っ端から殺る主義なのか、気配の隠し方がお粗末だった。
「な、レイさん……!」
剣と盾を持った勇者が驚愕の声を漏らす。
10年前と同じだが、その剣はドラゴンの牙を削りだした最高級品。盾はドラゴンで最も硬いと言われる逆鱗をそのままの形で加工したものだ。
「……おい、本物か……?」
訝しげに言うのは武器を持たない勇者。
彼は相変わらず並みの武器より拳が強いと思っているようだ。事実、勇者の肉体は強靭である。
「何であなたがここに……」
「……心配してたんですよ」
二人の女勇者が言った。
杖を携える姿は同じようだ。杖は長い程、制御がしやすい変わりに魔力効率が落ちる。以前より遥かに短くなった杖が彼女達の成長を物語った。片方は攻撃するだけなのでより短く、見方に補助をかける方は比べて長いのは仕方ない事ではある。
「ボクが魔王だからここに居る。召喚の条件を覚えているか?ボクはこの世界の人間とは違い、人型で、意志疎通が出来る。初めに言っただろう?"ニホンの事は分からない"と」
この言葉は勇者達の偽物かも知れないと言う考えを砕いた。
「騙したのか?」
「……いや、騙されたのはこちらだ」
「レイさんは、魔王……?」
「レイさん。魔王って、何?」
今更、だろうか。
いや、勇者達はその目で見てきた。確かに、魔界から強い魔物が現れる。その魔界の中央に君臨するのが魔王だった。そう言う意味では中心に居るが、魔物を生み出しても君臨してもいないレイは魔王と呼べるのか。
「魔物が強くなった元凶を"魔王"とは呼ぶ。レイさんは、何をしたの?」
勇者の一人が、問う。
「何も。人間だけを拒絶しただけ。……まあ、何でもいいじゃない?魔物は強くなる生き物だ。人間は知恵を持つ生き物。知恵は魔物の強さに勝り、強い魔物は強く成りすぎる前に人間に倒されてきた。ボクの行動は強い魔物を結果的に匿う事になった。それだけの話」
「レイさんの行動?」
「ちょっとは考えたらどう?紅い結界の事だ。魔王を封じる?ボクが出入り出来るのにおかしな事だ。あれは、ボクに人間が近寄らないように張ったモノ。ボクが外に出ないのを良いことに人間は勝手に言い出した」
「……」
「ボクが魔王と呼べる存在なのは確かだ。ボクを殺せば結界は消せる。それは、魔物が人間から逃げる先、魔界の消失を意味するんじゃない?」
勇者にとってレイは、短い間だが仲間だった人物だ。しかも、騙されたとは言え同じ故郷の人間と言う関係の上に成り立った強い強い仲間意識。守るべきこの世界の人間より強いそれは、容易くは覆らない。
それでも。
勇者には既に四人以外の家族が居た。故郷、日本を彷彿とさせる可愛い子供が。
相対したのがレイだったと分かってからも、しっかりと構え続けた武器が、何よりも雄弁に結論を語る。
「一応、聞く。結界を消してくれるか?」
それをするなら少なくとも10年前には消えている筈だ。
レイは答えない。
「……っ。あるいは、魔物も通れなくは?」
勇者も学んだから知っている。結界は阻む対象が多い程脆い。幾ら、魔王と呼ばれる程のレイの結界でも魔界の魔物を抑え込める程の強度を保てるとは思えない。
レイは答えない。
「……魔界の、せめて結界内に居る魔物をレイと勇者が討伐する事を認めてくれないか?」
今結界に入る事を許された勇者ならば、レイは認めるかも知れないと思ったのか。しかし、それは無謀とも言える。
レイが口を開く。
「煩い。……なら、勇者がすれば良い。が、ここでボクの血を浴びる勇気も無い勇者をボクは認めない。勇者は四人。四人位簡単に結界で阻めるんだ」
レイにはレイの考えが有る。レイは人間を対等だと見なせないから。
……ただ、漠然と自身と同じ種族が欲しいだけだった。寂しいだけだった。独りが嫌なだけだった。しかし、心許せる仲間が欲しいのであって、現在孤独を感じている自身と同じ存在に仲間を落とせる訳が無い。ジレンマである。
そこに、偶然自身が(間接的な原因であるとは言え)関与しない形で自然と同じ存在に至る可能性の有る勇者が現れた。
これ(結界)は不可抗力である。
それ(勇者の人外化)は不可抗力である。
あれ(魔物の増強)は不可抗力である。
だからだから……。
「ボクの血を浴びて!人間を越えなよ!」
それは、レイが殺されたがって居るように勇者には聞こえた。
「……っ、どっちの味方なんだ!」
「レイさんはいつも!言ってる意味が分からない!」
「そうよ!シュンは馬鹿なんだからもっと分かりやすく言いなさい!」
「おい!リン……」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
戦いは始まる。
勇者は人間の希望、勇者である。
勇者はより、完璧に"近い"身体を持っている。
勇者は2年で技術を修め、10年の経験を積んだ。
そして、勇者は自分達や自分達の子孫の為にごく個人的な感情で戦い、魔王との戦いは不本意である。
魔王は、完璧な身体を持っている。
魔王は数えきれぬ時を生き、手慰みに武術を、魔術を、技術を、修めた。
勇者が魔王に勝てる道理は無い。
リーダーの予測を上回り
戦士の拳は通らない
魔法使いは当てられず
支援魔法使いの支援は意味を為さない
魔王は何事も無く佇み、
白い手で剣をいなす
白い手は拳にびくともしない
紅い目に魔法は空で破裂し
紅い目はあらゆるデバフを受け流す
勇者の武術は魔王にとって児戯に等しい。
レイは魔力を目視し、無詠唱無動作で魔法を操る。
無詠唱無動作は勇者にも出来るが、練度がまるで違った。
勇者は逃げる事も許されず、叩きのめされた。
「……」
血の、1滴も流れなかった。どちらも。
そして、どちらも勇者の子供を思う。
勇者達は
帰れなくなった事を詫びた。
迎えに行けなくなった事を詫びた。
二度と会えない事を後悔した。
どうか、幸せになって欲しいと祈る事しか出来なかった。
嗚呼、もう子供を思っても身体は動かない。
魔王は表情を見せず呟く。
「勇者の子供に期待しよう」
魔王は勇者に子供が居る事を知っていた。
魔王は勇者の子供が今は黒目だが、勇者に一歩だけ及ばないのを知っていた。
その一歩が、人間の中で実力をあげるだけで詰められる程小さいのを知っていた。
いつかいつか。
勇者の血が、魔王を倒しに来るのを待とう。
魔王はそう思って、始まりの勇者に止めをさした。




