第2話 小さな黒竜と意思疎通
番犬ガルムに森を見下ろす高さにまで放り投げられ、
落下に転じるタイミングでもう気絶するかと思った。
だが、ガシッ!と胴体を鷲掴みにされて、意識がハッキリした。
何かに鷲掴まれたまま、空を飛んでいる。
おそるおそる見上げると。
そこには、ご機嫌な感じでクルルゥ!と喉を鳴らし、空を飛ぶ黒い竜がいた。
魔の森のボスである古代竜……じゃない!
古代竜種ではあるかもしれないが、魔の森のボスは銀色のはずだ。この竜は黒色だ。
玉虫色に光を反射して美しく、重なり合うことで黒に見えるすごく綺麗な鱗を持っている。
でもちょっと小さい。俺も赤子サイズなので正確にはわからないが、小型車くらいのサイズだろうか。魔の森のボスである古代竜は軽くトラック数台分はあるはずだ。
この竜は何だろう…?
俺がじっと見ていることに気づいたのか、小さい黒竜はこちらをチラリと見た。そして、またクルルゥと鳴いた。なんとなく、俺に話しかけているようなニュアンスを感じる。
そういえばゲーム内では、竜などの異種生命体と意思疎通ができる魔法もあったな。俺がその魔法を使えたら良かったんだけど……って。あれ、もしかして使えるんじゃないだろうか。魔法の存在は知っているわけだし。しかしどうやったら使えるのだろうか。ゲームみたいにメニュー画面があるわけでもないし……あったら良いのに、メニュー画面。
そう思った瞬間に、目の前にメニュー画面が現れた。まるで手元にモニターがあるみたいに、空中に、見慣れたメニュー画面が浮かび上がる。
しかも半透明。あったら良いのにと想像した通りのものだ。
使い方がわからないながらも、ゲーム中で選択するように意識を向けると、メニュー選択カーソルが勝手に動いた。魔法使用メニューを開いてみる。そこには、俺の知るーーつまりゲーム内に実装されたすべての魔法が一覧に並んでいる。
いくつかの魔法は発動条件を満たしていないからか、魔法名が暗くなっているものもある。
もしかして、と、ゲームならメニューから見られるステータス画面にも移動してみると、名前、強さ、装備などが表示されている。
名前 ルカ
種族 人/竜
レベル 1
経験値 0
体力 5
魔力 999999
力 1
防御力 1
知力 999999
素早さ 1
運 999999
称号 〔NEW〕捨てられし王子
状態:身代わり魔法〔心身保全〕残り49日
加護:*****
今気づいたけどこのメニュー、日本語だ。
どうなってるんだこの世界の言語?いやこのメニュー画面は一般的なものではなくて、俺だけが使えるものなんだろうか。
あと1とか5と999999の差がすごすぎて違和感しかないな……
999999はカンストなんだろうか?ゲームでの表示は確かに6桁までだったけど。
加護が伏せ文字になってるのは何なんだろう?
しかしやはり、名前もゲームの魔王の設定通りだ。
魔王になる前、元々の名前はルカだったが、本人が覚えていないため古代竜がつけた名を名乗っているという設定だったので、魔王としての名は違うのだが。
ちなみに、出身国の王族にはファミリーネーム が無いという設定なので、これもそのままだ。
本当にここはあのゲームの世界なんだろうか。
色々気になるがまずは他種意思疎通の魔法だ!
幸い使える状態のようだ。ポチッと押してみる。
聞き慣れた効果音が鳴り、俺と黒竜にモニター上では見慣れたエフェクトが降り注ぐ。
【黒竜と意思疎通が可能になりました】
メニュー画面表示の上にかぶせるようにダイアログが表示され、読み終わると消えた。
俺は期待をこめて竜と初めての会話を試みた!
「だぁー……だああぁぁぁぁ………」
ダメだった!俺は今赤ちゃんだったああぁぁ!
発声器官がまだまともに機能していない!
頑張ってみるが、だぁ、あうあう、ばぁ、う〜、などと明らかに赤ちゃん発音で意味をなしていない!だめだこりゃ!
いや諦めたら終わりだ。
この意思疎通の魔法は、基本的には発声した言葉に乗せた思考のエネルギーを相手に伝えることができるという設定だった。つまり言葉そのものを翻訳しているわけではなくて、発声時に無意識ながらも思考している伝えたい内容そのものをエネルギーとして伝えている。
つまり、発声が正確でなくても、ちゃんと思考が言語として成り立っていれば伝わるはずなのだ!
もしこの魔法がゲームと同じならば、だけどな!
よし、しっかり考えながら話すぞ!いくぞ!
「あうあうあー!あうあうあうあ!(こんにちは、はじめまして!)」
何を言っているかわからないと思うか?
俺はわかっている!伝われ!ご挨拶!
俺がなにやらバブバブ言いはじめてからチラリとこちらを気にしていた小さい黒竜は、このご挨拶を聞いて目を見開いた。そして。
「キャシャアァァァァ!(えー?!)」
と小さい体躯の割にやたらと腹に響く鳴き声に驚きの感情をのせた。
こちらを振り向きざま、うっかり興奮して出ちゃった風に、豪快に炎のブレスを吐き出しながら。
うああああああちあちあち!あつ!熱い!!
おい保全魔法かかってんのにちょっと髪焦げたぞ?!
少しかすっただけなのにマグマが降りかかってきたレベルの死を感じさせるブレスに硬直していると、黒竜は危険だと気づいたのかちょっと慌てた様子で、ちょっと待ってて、らしき思念をのせて鳴きつつ、少し開けた泉のそばの草地に降り立った。
俺をそっと草地に下ろしてくれる。
ポテリと転がった俺は、やはり自力移動はままならないが、とりあえず辺りの様子を伺う。
魔の森のマップは、何年も後の荒廃した状態でしかゲームには出していなかったから、今のこの場所はわからない。だが、夜だからあまり良くは見えないが、泉も草木も元気で自然豊かな感じだ。
人間の俺も居心地良さそうではある。魔物に襲われなければ。
とりあえず地理的な危険はなさそうなので、黒竜に意識をもどす。
黒竜はこちらに近づいてきて、鼻先でツンツンと俺をつつきはじめた。く、くすぐったい。
耐えきれず笑ってしまった。
「キシャアァァァ!グォォォォ!(えーなにこれ、可愛い!飼ってもいいかなあ〜)」
などと、聞いただけで身震いし死の宣告としか思えない鳴き声を発しながら、子猫を見つけた女子みたいな気持ちをのせてくる黒竜。
なんだろう、まだ子供なんだろうかこの竜。
なんか可愛いな。
「あお、ああたうあうあ、ああおういあぉ?(あの、あなたは誰で、これからどうするんですか?)」
いきなりぶっ殺す!とか食べる!とかそういう事ではなさそうなので、とりあえず気になることを聞いてみる。
「グギャー!キャォウ!ゴゴゴグギャー!(きゃー喋った!え、すごい!可愛い!)」
またも恐ろしい鳴き声でキャピキャピ思念をのせてくる黒竜。
側から見たらすごい光景だよな、赤子と黒竜のグギャーバブバブな会話って……
「ギャオギャオギャオオオオオ!(私は黒竜のライラ。散歩してたら、番犬が騒いでて、ちょっと不思議な気配がしたから、番犬にそれ取ってちょうだいって言って取ってもらったら、それがあなただったの。こんなにかわいい子がいるなんて思わなかった!いいもの拾ったなぁ~。しかも会話できるのね!あなたって人間なのかな?でも竜の気配もするのよね、不思議。ねえ、よかったら私があなたを飼ってもいいかな?まだ動けないくらいの人間の赤ちゃんだもんね、いくら人間と敵対してるって言っても、こんなに小さかったらだれかにお世話してもらわないと死んじゃうし!魔の森に置いていくってことは、人間に捨てられたってことよね?私が育ててもいいよね?うん、そうしよう!)」
「ば、ばぶっ!?(なんか勝手に話が進んでる!?)」
ライラというこの黒竜は俺をペットのようなノリで飼って育てようとしている!?
なんだそりゃ?おそらくこの黒竜自体も子供な気がするが、そんなことができるのか?
そんなことになったら……あれ、ありかもしれない?
とりあえず、せめて自力歩行できるようになる程度に育つまでは、誰かに庇護してもらう必要がある。だからといって今ここから再び、王子として城に戻るのは難しい。その手段もないし、もし戻れたとしても、状況も常に命を狙われることになるだろうから安全性は低い。
いまだ半信半疑ではあるが、ゲームの魔王に転生したというのならば、竜や魔物に囲まれてここで育つのは、ある意味正しいルート……かもしれない。
そのルートを突き進むと最終的に勇者に殺されるのでそこは全力回避したいところだが、それは後々の問題だ。まずは今を生き延びよう。
よし、決めた!この黒竜にすべてを任せる!……のは少し怖いが、しばらくはこの魔の森で生き延びる!そして、その後回避すべきアレコレへの対策を練りつつ、力をつけよう。
まずは!自力で立って!移動するところからだが!
……あ!!
そうだ!いい魔法があったのを忘れていた!!
浮遊の魔法がある。知属性の魔法や地形トラップに有効なもので、浮かんだまま移動できる!一定時間で効果は切れるが、今この全く動けない状況よりはマシだ!
メニューから魔法一覧を開き、浮遊魔法を選択!
う、浮いたー!!
地面から1mほど浮かんだ。
体の向きをかえることもできる!やったー!
突然浮かび上がった俺をキョトンとした目で見ている黒竜に向かい合う。
1m程度ではまだ見上げる必要があるが、動けるということでずいぶん気持ちが落ち着いた。黒竜に微笑みかける。
「あいああん!あおおおばいえびえ!(ライラさん、これからよろしくお願いします!)」
「……ッギャーーーーウオオォォウ!(キャー超かわいいいいいいぃぃぃぃ!!)」
超かわいい、絶対私が育ててあげるね、守ってあげるから安心して!といいつのられ、ライラでいいよ、と言われてライラと呼ぶことにする。俺もルカと名乗って、なんとなく打ち解けたところで、ライラの巣に移動することになった。
……あれ、森のボス古代竜と会ってないな。