騎士は少女を溺愛する
「騎士様ーー!!」
騎士服に身を包んでいる彼は、一目見ただけでうっとりするくらいの美貌を持った人。でも、彼は無表情なのだ。
ある人の前以外では、人々は近寄りがたいと思っている。いや、実際にはある人の前にいても人々は彼に近寄りがたいと思っていそうだ。
「どうしたのかい? シア。何かあったのかい?」
シアと呼ばれた少女は、淡い青色をしたシンプルなドレスを着ていた。そして、少女は騎士に微笑む。その笑みは、花がほころぶような可愛らしいものであった。
「騎士様ーー!!」
もう一度、彼を呼びながら、突撃する。彼は、それによろつくことなく、余裕で受け止めていた。
「シア? 危ないから、やめなさいって何度も言ってるでしょう」
小さい子を諭す、柔らかく優しい声。それは全く怒りを帯びてはいなかった。ただ、少女を心配していた。
「む〜〜。だって、大丈夫だもん! 騎士様は受け止めてくれるもん!!」
飛びついた彼の腕から抜け出て、大きな声で少女は物申した。ぷくっと頰を膨らませる姿は、年相応の少女だ。
「しかし、危ないことには変わりありません。怪我をしたら、どうするのですか? そ・れ・に、まだ小さいながらも女の子なのです。だから、不用意に男の人に抱きついてくるのはよくありません。……、世の中にはそういう趣味嗜好の人がいるのですから」
最後の方の言葉をボソッと呟いた。彼のその言葉は、もちろん少女には届いていない。そのため、少女は首を傾げていた。その後、少女は気を取り直して、すぐさま彼に反論する。
「も〜〜! 騎士様は、心配しすぎなの!! シアと結婚する人はもう決まっているから大丈夫なの。シアと騎士様の関係を許してくれるもの」
少女の発言から、一瞬彼は動きを止めた。引きつった笑みを浮かべている。そして、彼は少女を問い詰めた。先程の優しさとは別で、少し怖い雰囲気をまとっている。
「それはどういうことでしょうか? シア?」
落ち着いている声だが、どこか冷たい声。口元に笑みを浮かべてはいるが、目は笑ってはいなかった。少女という存在、一点だけを見ている。そのため、少女は少し怯えて戸惑っていた。
「え? え? 何で、そんな怖い顔してるの? だって、シアは……シアは……。騎士様のお嫁さんになるんだもん! だから、騎士様に抱きついても平気だもん!! ぅ、ぅ、ふぇ〜〜!!」
少女が耐えられないくらいに彼から威圧感を感じて怖かったのか、彼から見つめられている表情が怖かったのか。それは分からないが、少女は言葉を紡ぎだして、泣き出してしまった。鼻をすすり、頰に伝わる雫。なんとか泣き止もうと目元を何度も拭っている。
「シア、ごめんなさい。大人気なかったです。シア、どうか許してください。シアを大切に想っているから、許せなかったのです。シアと結婚する人間を許せなかったのです。私が悪かったので、許してもらえませんか? お願いです。どうか泣かないで……。私が原因ですが、シアが泣いていると私も悲しくなります」
涙を拭う少女の手を掴み、その行為を止めさせる。そして、彼は少女の目元に口を近づけて、頰に流れる雫を舐めた。
「ひっ!」
小さく悲鳴をあげる少女。
「しょっぱいですね」
少女の涙の感想を言う彼。また、彼は少女の目元に何度も口付けた。彼に、何度もその行為をされたことにより、少女の涙は驚きと恥ずかしさで涙を止めた。別の意味で頰を染めて、目が潤んではいる。
「あぁ、やっと泣き止みました。良かったです。大丈夫です。シアににこんなことをした責任は取ります。まぁ、こんなことがなくてもシアのことを愛しています。だから、シアが16歳になった日に、すぐに籍を入れましょう。そうですね〜、結婚式は……」
少女へ極上の笑みを見せた彼は、その光景を見ていた同僚の騎士たちに引かれていた。片方は、28歳の男。童顔でも、その年になっても綺麗な美貌は保たれ続けているといわれていても28歳だ。そしてもう片方は、8歳の女の子。まだまだ、育ち盛りの子どもである。
20歳も差がある女の子に本気で求婚している姿を見たものはドン引きした。曰く、20歳も歳が離れている子に結婚を申し込むなんて、ロリコンなのか、らしい。しかし、後日彼はこれに対して、同僚の騎士たちに次のことを言ったようだ。
「シア以外はいりませんよ。他の奴らに嫌われようがどうでもいいですし、女どもに近寄ってこられても迷惑なだけです。シア以外はどうでもいいですし、シアは私にとって最も大事な存在です。失ったら、生きていけないくらい大切ですよ」
この重い愛情は末期だと話を聞いた同僚は思ったらしい。なんとか自分の同期がロリコンであるという不名誉をなくそうと、女の人たちが集まる場所に騙し討ちで連れて行った。だが、それをした人物、全員に何かが起こったようだ。
その出来事を聞こうにも、顔面が蒼白になり、ガタガタと震えて首が取れるくらいそれを左右に振る姿に何も言えなくなったらしい。なんでも、自分たちも聞くのが怖くなったそうだ。
何が起こったのかわからない方が身のためであると思ったそうだ。わざわざ、彼らが体験した恐怖を知り、自分たちの精神を不安定に陥るようなことをするのは、得策ではないと思ったようだ。
後日の騎士と少女の話である。
「そういえば、あの日に騎士様に見せたかったものがあるの。えっと……、これ!!」
少女が見せたのは一枚の紙。そこには、何が描かれている。
「これは、絵ですか? なんの絵なのでしょうか?」
「騎士様の絵だよ! 表情とか髪型とか特徴がちゃんと描けてるでしょう? 力作なの褒めて!!」
少女から絵が描いてある紙を受け取る彼。表情を変えずに、それをじーっと見つめている。
「騎士様?」
その姿に嬉しくないのかと不安に思う少女。
「そんなに不安そうな表情をしないでください。不安にさせた私も悪いですが、この絵を見せていただいてとても嬉しいです。私は、シアに何と感謝をいえばいいのかがわからなかっただけなのです。シア、私を描いてくださってありがとうございます。それで、この絵はもらってよろしいのでしょうか?」
彼の返事にホッとして、嬉しそうに頷いた。
「うん!! いいよ。もともと、騎士様にあげるつもりだったものだからね!」
「シア、違います。私のことはロイと呼ぶ約束をしたでしょう?」
その言葉に頰を真っ赤に染め上げる少女。少女と彼の間に何があったのか、問いただしたい。だが、余計な首を突っ込んで、制裁されるのだけは勘弁なので、結局、何も聞かないことにする。
「ろ、ロイ様。」
モジモジとして、彼を名前で呼ぶ姿はなんといじらしいことだろうか。彼も手で口元を覆っている。少女のその姿に彼も少し頰を染めていた。
さてさて、彼が少女にもらった絵の話である。同僚が彼にそのグチャグチャで何描いてあるのかわからないものは何か、持っている価値はあるのかと聞いた。
見事に同僚は彼の地雷を踏み抜いた。そして、何時間かの説教とともにその絵で上手くとらえて描かれている彼の特徴について、彼が直々に教えていったようだ。
何度も何度も同僚に教えたせいか、同僚は彼の話を聞いた後、ふらふらになっていて、とても痩せ細って見えた。少女からもらった絵についてはもう二度と聞かないと誓ったみたい。
今後、このグチャグチャで何が描いているのかわからない絵出てきた時は、さっさとその絵を褒めて逃げることにしたらしい。未来でその光景は何度も見られることであろう。