俺、忘れる
あれ? 俺、全然動揺してないじゃん。
そう気付いてからの俺はもはや自分が別人かと思えるような心の平穏を取り戻していた。
「ねぇ、拓也君……付き合お……?」
すぐ近くまで迫った霧島さんの熱のこもった吐息が俺の首筋にかかっても何の感慨も湧かなかった。
別に胸に視線も送りたくならないし、エッチな気持ちにもならない。
もちろんいつもならこんな時、真っ先に燃え上がり立ち上がるはずの俺のガン●ムもジオ●グのように立ち上がらない。(ジ●ングには足が無いため立ち上がれないだけだが)
「……もう、一度振った事まだ怒ってるの? それなら結果こうして付き合えるんだから良いじゃない。ね?」
本来なら嬉しいのかもしれない。
やったーと笑うべきなんだろう。
だけど俺はその言葉に何の喜びも見出だせなかった。
俺は一体どうしてしまったんだろうか?
……まぁとりあえず返事はしておくか。
「ごめん無理」
「……え?」
それだけ言うと俺は彼女の前から立ち去った。
◇
教室に戻るといきなり囲まれる。
「拓也お前いつのまにあの霧島さんと……!」
「佐藤! どうなったんだよ!? あのあとなんて返事したんだよ!?」
「そうだぞ! 教えるまで絶対解放してやらねぇかんな!」
一斉にがなりたてる彼らに俺は耳をふさいだ。
「うるさいな。そんなにいっぺんにしゃべられても俺は聖徳太子じゃないんだよ。あと告白の結果は教えない、両者のプライバシーに関わるから」
「あっ!?」
そうしてヒョイッと一人の腕の間を抜けて俺はサラダの待つ席にむかった。
「終わったのか?」
「うん、終わったよ」
「……そっか」
「さ、もうすぐ昼休み終わるぞ。早く食べちゃおうぜ」
「お、おう!」
こうしてドタバタの昼休みは終わりを迎える。
その放課後、俺はサラダが部活のため一人で帰ることとなった。
ちなみに俺は部活動には所属していない。
入ろうかなーとは思っているのだが結局どこに入るか決められず今に至る。
優柔不断の極み、クッ……これがO型の運命なのか……。
なんてしょうもない事を考えながら自転車を押して歩いているとある人影を校門の前に見つける。
「あれぇ? 拓也君、偶然だね?」
霧島美奈だった。
「こんな偶然あってたまるかよ。今明らかに待ってたじゃないか」
「拓也君、私ね……一度欲しいって思ったらそれが手にはいるまでずっと追いかける質なの。だ・か・ら、私と一緒にぃ……」
「じゃあまた明日ね」
「はーいまた明日ねー! ……って違うわよね!? ちょっと今の流れからまた明日は違うわよね!? え!? もしかしてあなた人の話を聞かないタイプ!?」
この子いつからこんなノリツッコミをするようになったんだろう?
そんな場違いな疑問を抱きながら俺は彼女に質問した。
「君、歩き?」
「え? ……もしかして二人乗」
「そっか、じゃあ俺自転車だからバイバイ」
「あ、そうなんだ。わかった、また明日ねー!」
そしてそのまま自転車にまたがり家路につく。
チリンチリーン
「……って、違うでしょ!? 普通乗せる流れでしょそれ! ちょっと止まりなさいよー!」
こうして俺は何故か彼女と一緒に帰宅することになった。
◇
「それで? 君どこまでついてくる気なの?」
俺はいまだ隣を歩く彼女に尋ねた。
「い」
「だめ」
「え、ちょっと! まだ一言しかしゃべってないのに!」
「どうせ家までとか言うんだろうなって。だったら先に先手打っとこうかなって」
「分かってて聞いたの!? この鬼畜! でも好きだから許しちゃう!」
いい加減このノリに慣れてしまった自分がいる。
俺はスタスタと歩き続けた。
「なんか拓也君、私に告白する前と雰囲気変わったよね?」
それ君の事じゃないのか?
とても俺をゴミクズ呼ばわりした人間だとは思えないんだけど。
「え? どのへんが?」
というかまたか。
さっきサラダも同じ事を言ってたような。
「うーん、なんか笑顔が消えたっていうか……」
「そりゃね、君に振られたんだから君と一緒にいて笑顔になれるほうが凄いよね。そういう性癖なら知らないけど」
「いや確かにそうなんだけど……ってまだ根に持ってたのね!? そんなんじゃモテないわよ! でも好きだからやっぱり許しちゃう!」
「はいはい」
適当に相づちをしながら俺は考えた。
笑顔が消えた?
そういえば確かにあれから笑った記憶がないような。
そしてわざと笑ってみようと表情筋に力をいれる。
しかし。
あれ?
笑顔ってどうすれば作れるんだっけ……?
なんということだろう。
俺はいつのまにか笑顔の作り方を忘れていた。
「拓也君?」
「……ごめん俺やっぱり先に帰る」
「えっ!? ちょっと!」
そして俺は自転車に乗りその場を後にする。
「到着っと」
家につくと俺は真っ先に洗面へと向かった。
一刻も早く鏡が見たかった。
━━そして鏡を見た時、俺は絶句する事になる。
「なんじゃこりゃ……」
そこにはめちゃくちゃ真顔の俺がうつっていた。