俺、水着回で大ピンチ
とある休日、俺は浜辺に立っていた。
「拓也君、早くいらっしゃい」
「佐藤先輩! 早くー!」
「タクヤン! どっちがクロール早いか勝負しようぜ!」
そして現在、霧島さん達が海の中からこちらに手招きをしている。
普通なら喜んで行くのだろう。
だが、俺は首を横に振ってそれを拒否した。
「おい、どうしたんだよタクヤン!? 海だぜ!? 泳がないでどうするんだよ!?」
サラダが心配するような顔で駆け寄ってくる。
「いや、あのさ」
「まさかタクヤン泳げないとか!? だったら最初から言ってくれれば俺が手取り足取り腰取り……」
「違うんだよ」
「じゃあどうしてなんだ!?」
俺は溜め息をついた後、口を開いた。
「サラダはさ、海ってどんな時期に泳ぐもんだと思う?」
「どんな時期って、そりゃ暖かい時期だろ普通に考えて」
「そうだよな? 太陽の日差しがサンサンと降り注ぐ、そんな時期こそが海水浴にふさわしいよな? で? 今何月よ?」
「12月だけど?」
サラダが何言ってんだコイツみたいな顔で言う。
うなじを指でなぞってやろうか?
「お前マジで二重人格か何かなの? 今さっき自分が言ったことを思い出してみろよ」
「何言ってんだよ、今は暖かいだろうが!」
「お前こそ唇を紫色にしながら何言ってんだ。しかも女子みたいに綺麗な体しやがって」
話にならない、と俺は水温計を海に突っ込みそれをサラダに見せつける。
「見ろよ、2度だ。水温が2度なんだぞ? 雨も降ってるし、軽く自殺だからなこれ」
「まずタクヤンはなんで水温計を持ってるの!?」
「一体どうしたというのよ?」
俺とサラダがいつまでも戻ってこないことにシビレをきらしたのだろう、霧島さんがやってきた。
当然ながら美しいはずのその体の色は青白く死体のようである。
「どうしたもこうしたもないよ。何故冬に海水浴なんだよ。普通なら夏にやるべきイベントでしょこういうの」
「仕方ないじゃない、来年の夏までこの作品が続いているかわからないんだから」
「うわ言っちゃったよ、一番冷めるやつだよそれ」
「それになタクヤン、水着回は結構これ(PV)が伸びるらしいぞ」
「ドヤ顔のところ悪いけどサラダ、あれは絵師さんとか声優さんが頑張ってるから伸びるんであってこんな文字の羅列じゃ何の影響もないんだよ。大体こんなヤバい奴らの水着姿なんて誰が見たいっていうんだ」
「むっ、どういう意味よ?」
霧島さんが頬を膨らませる。
「言葉通りの意味だよ、これまでの自分達の行いを思い返してごらん。きっと誰も俺達にそういうのは求めてないって分かるからさ」
少しの間考える霧島さんとサラダ。
「悪いけど、何も思い当たらないわ」
「同じく」
「うん、もういいよ俺が悪かったよ」
俺は諦めた。
そして何気なく海のほうに視線をやり、ハッとなる。
「そういえば西園は?」
「あら? 言われてみれば」
「どこにもいねぇな……ん!? あれ! あそこに浮かんでるの西園じゃねぇか!?」
叫んだサラダの指差す方向性を見れば、確かに西園らしき人影がプカプカと海面に浮かんでいた。
もしかして溺れたのか!?
「今行く」
俺は即座に着ていた服を脱いで水着になる。
「タクヤンも準備万端だったんじゃねーかよ!」
「そういうところも大好きよ拓也君」
言ってる場合かっ!
心の中でツッコミをいれながら俺は真冬の海へ飛び込んでいった。
◇
ワタシは海面に浮かびながら小さく笑う。
ふっふっふー。
佐藤先輩、ワタシが溺れたフリをしているのを見て驚いたかな?
最近ワタシの出番少なかったしこれくらいのイタズラ良いよね……?
きっと佐藤先輩は助けに来てくれる。
それでそのまま陸まで運ばれて人工呼吸されて……。
そこでワタシは大変なことに気付く。
え、待って……それってキs……接吻ってことでしょ!?
ヤバい! 朝にひじき食べちゃったから歯にはさまってたらどうしよ!?
その時、近くで水面を泳ぐような音が聞こえてきた。
きっと佐藤先輩だ。
うわーどうしよ!?
緊張してきた!
そして誰かの手がワタシを掴み、そのまま陸のほうに引っ張っていく。
……着いたのかな?
しばらくすると背中に砂の感触がした。
誰かがワタシの頬を叩いたり、心臓の音を確かめたりしているのを感じる。
あぁ、佐藤先輩がワタシの体に触れている……!
そう考えただけで冷たいはずの体が火照ってきた。
そして、ついに顔に何かが近付いてくる気配を感じてワタシはそっと目を開けた。
「えっ?」
目を開けたワタシは思わず声をあげる。
何故なら、ワタシの顔を覗きこんでいたのは佐藤先輩ではない見知らぬ男だったからだ。
◇
「あーダメだこれ、冷たすぎて死んじゃうよこれ」
俺は歯をカチカチと鳴らしながら西園の元へ泳いでいく。
体温は徐々に奪われていき、もう手足の感覚がない。
「西園待ってろ、今助けるから」
だが、西園まであと少しというところでついに俺の体力は限界を迎える。
浮いていることも難しくなり海水が口に入り咳き込んでしまう。
クソッ!
このままじゃ西園が……!
俺は自分の無力さを恨んだ。
意識が朦朧としてくる。
もうダメだ……。
沈む……。
そんな時だった。
「大丈夫かい?」
気が付けば俺は誰かに体を支えられていた。
「あなたは……」
「あそこにいる彼女も僕が助けるから、安心したまえ」
「お願いします……」
そうしてその言葉を最後に俺は意識を失った。