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「スクルージ・シュトラール……ですか? シュトラールと言いますと……」


「そう、スクルージは、メーレルの隣国『トーテフ』の現国王の息子だ。そして、彼はクラウディアくんのことを狙っている。つまり、クラウディアくんは彼の標的にもなっているんだよ」


「二つの巨大勢力がぶつかり合うから、ぼくたちが動いていてもバレにくいってことですか」


 黒い影の一つ――アリシアは、自身の相棒に対して寒気を感じた。一体、どのようにして情報を得ているのだろうか。

 アリシアは、ふと大切なことに思い当たる。


「クラウディアさんを狙っているということは、暗殺者か何かを雇っているんですよね? なら、急がないと先を越されてしまうのでは?」


「いや、その必要はないさ」


「……なぜです? ぼくは、自分の手――彼女本人に与えられたこの力で彼女の命を奪わないと気がすみませんよ」


「狙っていると言っても、君の想像している『狙う』とは違うよ。彼は、クラウディアくんに対して好意を抱いている。まぁ、恋愛対象として狙っているという訳だ」


 ……そっちの意味か。


「なら、クラウディアさんをぼくたちが殺っちゃったらトーテフまで敵に回るじゃないですか……。ううん、それどころか二つの国と貿易をしている国まで……」


「バレなければ大丈夫だよ」


「まぁ、何にしろ計画を止めるつもりは僕にもありませんし、あなたもそうでしょう?」


 目の前の影に向かって問いかける。

 目の前の男っぽい口調の女性は、記憶喪失だったぼくの過去を知っており、失くした過去について教えてもらった恩がある。

 そして、その結果としてクラウディアを殺すという目的がアリシアにはできたのだ。


「期待しているよ、アリシアくん」


 影が優しそうな声で言った。

 恩があると言っても、アリシアが寒気を感じてしまうほどの何かをこの女性は体から放っていた。





「スクルージ・シュトラール?」


「そう、それが最近私とロトスを悩ませてる男の名前」


 ロトスが乗ってきたという馬車に乗りながら、俺はクラウと今回ロトスが宿に押しかけてきた原因について話していた。


「えーと、そのスクルージって野郎がクラウにしつこく求婚してきていて、いい加減うざくなったから城を出て宿でヒッソリと生活をしていた所、非常に厄介なことになったからその召使さんがわざわざ報告に来てくれたってわけか」


「要約するとそういうことになります」


「んで、クラウはその男と結婚するのが嫌ってことか」


「うん」


 うーむ。内心で唸りをあげながら打開策について考える。クラウには返しきれない量の恩もあるし、それ抜きにしても何とかしてやりたいと思う。


「その男をころ……」


「極力穏便な方法で解決して頂けないと非常に困ります」


 殺すのはありかと尋ねようとしたら途中で遮られてしまった。場を和ませる冗談を言おうとしただけなのに……。


「まぁ、さっきのは冗談だとして、普通に断ればいいんじゃねーのか?」


「そんなこと出来るわけないじゃないですか! ……すみません。出来るわけないのです、そのようなことは」


 うっかり大声を出してそれを謝るロトス。何か変なことを口走ってしまっただろうか。そう思い、ふと自分の発言を振り返っていると、唐突に結婚を断れない理由の一つが思いついた。


「あれか、ソイツに莫大の量の金を借りてて、返せないんだったら結婚しろ。とかそんな感じ?」


「馬鹿なことを仰らないでください」


 ロトスに冷たい目で見つめられた。

 いいねいいね、ゾクゾクするね〜。なんて不埒なことを考えていると、


「スクルージは、メーレルの隣国の現国王の息子だから、さすがに普通に断るのはちょっと……ね」


 ……現国王の息子ってことは次期国王じゃねーか。


「そんなマジモンのすげーヤツなら結婚しちまえばいいだろ」


「むぅー、タクマはすぐそういう事言う。やだよ、スクルージと結婚なんて」


「なんで? 金あるんだろ、そんな偉いヤツならさ。普通の平民じゃ結婚出来ないぜ?」


「平民って……」


「タクマ、ごめん!」


 何かを言おうとしたロトスの言葉を遮り、唐突にクラウが謝ってきた。


「へ? 急にどうしたんだよ……?」


「実は私ね……、メーレルの元国王の娘なの」


「…………は?」


 なんか、今すごい人と話してるような気がしてきた……。


「えーとね、私のお父さんが国王だったんだけど、殺されちゃって、今この国は王様がいない状態で、一応は私に権力がある状態になってるんだけどまだ子供だからってことでとりあえず様子見状態なの」


「それだけではなく、お嬢様は全系統の魔法を使いこなせ、オリジナルの魔法まで編めてしまう国随一の魔法使いなんですよ」


 ……なんかスゲー。うまく言葉に出来ないけどとにかくクラウが凄いヤツだってことは分かった。


「『継承』の能力だけじゃなくて、全系統適性とかフルスペックの化物かよ……」


「『冥王』の能力持ちが何言ってるのかなー?」


「――おい、ロトスいるぞ?」


 せっかく衛士長口封じしたのに、また知ってる人増えたぞ。


「あー、ロトスは私が喋らないでって言ったら喋れないから大丈夫だよ」


「お嬢様の命令に逆らうなんてとんでもないこと私にはできません」


 とんでもない服従心だな……。シーナさんも俺の能力知ったらだいぶビビってたのに。――ちなみに、衛士長の協力のもとシーナさんにはただの勘違いだってことで納得してもらいました。


「ということだから、別にロトスにバレても大丈夫だよ」


 まぁ、俺がクラウにまとわりついていることについて何も言ってこない時点でクラウのことを全面的に信頼しきっているんだろうけど。


「なぁ、そういえば俺らのことを監視してる連中がいるって前言ってたよな。あれ、何だったんだろうな」


「うーん……、分かんないや」


 まぁ、いつか向こう側からコンタクトを取ってくるのだろう。そして、クラウがピンチに陥ったところを俺が『冥王』でドッカーンって感じのシナリオだろうな、たぶん。


「つーかさ、クラウに嫌われるなんて、スクルージってどんなヤツなんだ? 見た目か性格に難ありってとこなのか……?」


「うーん、別にそういう訳じゃ無いんだけど……」


 じゃあ、何なんだよ……。


「スクルージ様は、見た目も性格も良く、女性に人気が高いお方ですよ」


 ロトスさんの説明が入った。

 なら、なんでそんなヤツからの求婚を断るのだろうか? まぁ、クラウはかなり天然というかボケてるというか天然ボケというかだから、人との基準が大きくズレているということも考えられる。


「色んな女に人気あるってのに、振り向いてもらえないクラウにばっかり積極的だとは、ざまぁみろって感じだな。ケッ、イケメンは爆破しとけ」


「タクマは、イケメンに恨みでもあるの……」


 怯えた小動物のような目でクラウがこちらを見てきた。


「なんでお前が怯えてんだよ……。お前だったら俺なんか余裕でボッコボコだろーが」


「そんなことしないもん!」


 ほっぺたを膨らませてプリプリと怒るクラウ。なんか和む。


「あと! 誤解があるかもだから言っておくけど、別に私は顔で人選んだりしないんだからね」


 ふむ、そうだったのか。


「なら、俺も可能性はあるってことか……まぁ、冗談だけど」


 笑いを取ろうと冗談を言ってみたところ、クラウがなぜか俯いた。プルプル震えてたら笑いをこらえているという判断もできたが、ピクリとも震えていないところを見る限り、つまらなかったのだろう。


「すべったか……」


「タクマ様は乙女心を理解できないようですね」


「は? 乙女心……?」


 なぜ急に乙女心なんてワードが出てくるのだろうか。


「別にそんなんじゃないからっ!」


 俯いていたクラウの顔がすごい勢いでロトスの方を向いて言った。




 馬車に揺られてしばらくすると、目の前に何やらザ・ファンタジーといった雰囲気の白を基調とした城が見えてきた。

 

「あ、タクマ。お家見えてきたよ?」


 城を指さしながら言うクラウに対して、無意識のうちにため息を吐く。


「お家って、アレがかよ……」


 いやさ、別に王家とかなら国で一番大きい城に住んでてもおかしくないけど、メーレルって王都だったんだ……。クラウがこの辺に住んでたから別に不思議ではないけどさ……。


「あのさ、普通の家建てるのにさえ苦労するのにあの家に住んでるのってなんか心痛まねぇの?」


 ちなみに、何から何まで頼りっぱなしの俺にこのセリフを言う資格はない。


「……あの家をほかの人たちのために使いたいとは思ってるんだけど、それだと救えるのは一人だけで平等じゃなくなっちゃうから……困っちゃうね、ホント」


「あぁ、なるほど。そういう事情があったか」


 とは言え、あの城なら一人一人のスペースを区切れば何人かは住めるのではないだろうか。


「なぁ、あの城って何部屋あるんだ? 一人一部屋とかにすりゃあ結構入るんじゃねーのか?」


 フフフ、と笑いながらクラウが答える。


「無理だよー。だって、全部の部屋にお風呂とか台所とかがある訳じゃないんだよ?」


「いや、でもさ……」


 そんなの、さっきまでいた宿屋だって同じではないか。


「なぁ、クラウ。一つ儲けられそうなことを思いついた。それも、初めにちょこっと仕事をしたらそれで金が入ってくるシステムだ」


「何かくだらないことでも思いついたの? どんなこと?」


 まだ何も言っていないのにも関わらず呆れたような口調のクラウ。しかも、くだらないこと呼ばわりするとは……。


「あの城の部屋を一人一部屋にして入居者を募ろう。もちろん有料で」


 ガタンという危なげな音を鳴らしながら馬車が急停車した。かなりの揺れだったが、クラウが軽く悲鳴をあげた程度で、誰も怪我はなさそうだ。


「着きました」


 ロトスがヤケに冷めた目で俺の方を見ながら、絶対零度のような冷めた声で言った。


「では、私は馬車を片付けてきますので、あとはお嬢様の指示に従ってください。くれぐれも変なことはしないでください」


 何となく、ロトスが俺に冷たく接するようになった理由が分かった。

 恐らく、この世界にはマンションやアパートといった共同生活する建物の概念が存在しないのだろう。そして、城をマンションにしようなどと言う俺の発言が気に入らなかったし、理解もできなかったと言ったところだろうか。


「なんで急にロトス怒っちゃったんだろうね?」


「…………さぁ、知らね」


 ひょうひょうと嘘をついたが、別にこの程度の嘘なら罰も当たるまい。説明が面倒だから、という理由には問題があるかもだが。


「とりあえず、話は中でしよ」


「異議なーし」


 クラウに従い、俺は非日常感溢れる城の中に足を踏み入れたのだった。――ちなみに、異世界に来ている時点で非日常の連続ですが、そのことに対するツッコミは受け付けていませんのでご了承ください。





「……なぁ、真面目にこの空間を野宿勢に分け与えることを提案したいんだが」


 城の中は、全体的に清潔感漂う白っぽい色だった。

 床や壁だけでなく、数えるのが面倒になるほどの量の部屋の扉全てに大理石のようなものが使用されている。……この世界にあるのかは不明だが。

 クラウに案内された部屋は最上階の四階の最奥にあった。ここがクラウの部屋らしい。ちなみに、ここに来るまでに少なくとも30は部屋があったがカウントが面倒になったため、途中で数えるのを止めた。

 それらの部屋にどのような役割があるのかは不明だが、上手く使えれば金儲けに使えるはずだ。もちろん、クラウとも要相談だし、とりあえずはスクルージを何とかしなくてはならない。


「そういえば、そろそろ俺の感覚が麻痺しそうだから言わせてもらってもいい?」


「何を? ……まぁ、別にどうぞ」


「……あのさぁ、お前はどこの馬の骨とも知れない野郎を自分の部屋に入れてもなんとも思わないのかよ…………」


 もはや一周回ってため息の一つも吐けやしない。


「ここが私の部屋って言ったっけ?」


「……ハァー。見りゃ分かるだろ」


 まず、シックな色の花柄なカーペット。薄ピンクの大きめな机に、その上に置かれたガラスのような透明な材質で作られたカップが複数個。中には緑や紫の液体が入っている。これを魔法関連の何かだと想像することは容易い。

 壁際に木製の大きな本棚があり、大量の本が詰まっていたが、これは俺の中でのクラウのイメージとはかなり異なるが、誤差だ誤差。

 これらのことから適当に推測したのだ、ということを話すと、


「ほへぇー、タクマって凄いんだねー」


 何だか脱力させられるような口調で褒められた。


「でも、この液体は何に使うようなんだ?」


「えーと、これはねー……ちょっとねー…………。あ、タクマ髪の毛切った?」


「いや、切ってねーよ……。お前、誤魔化すの下手だな。言いたくないなら、別に言わないでいいさ」


「ん……」


 謎の液体についてだいぶ興味がそそられるが、まぁ本人に言う気がなければこれ以上の言及はやめた方がいいだろう。

 そんなことを考えていると、コンコンと誰かがドアを叩いた。


「お、お嬢様。スクルージ様がお越しになりました。どういたしますか?」


 ドア越しにロトスの慌てたような声が聞こえてきた。


「えーと、いないってことで……」


「先ほどの移動を何者かに目撃されていたらしく、そのことをスクルージ様に告げ口されていたらしいです」


「じゃあ、居留守も無理かぁ……。仕方ないから、一階の応接室に通しちゃっていいよ」


「お嬢様はどうなさるのですか?」


 ロトスがクラウに尋ねた。


「そんなの決まってるでしょ。私も行くよ、応接室。そもそも、応接室に通しても私がいなきゃ意味無いしね」


「分かりました。では、スクルージ様にそう伝えてきます」


 パタパタとスリッパの音が部屋から遠ざかっていくのが聞こえた。


「んじゃ、スクルージの対応頑張って」


「……えっ?」


 クラウが驚いたような顔をした。なぜだろうか?


「タクマも行くに決まってるじゃない」


「……は?」


 今度はこちらが聞き返す側になってしまった。


「何を期待してるのか知らないけど、俺が行ったところで何も出来ないぜ?」


「えへへー、少しいいこと思いついたんだーっ」


 クラウが直視できないほどの眩しさを放つ笑顔で言った。

 だが、俺の脳裏には不安しか生じなかった。


「じゃあ、れっつらごーっ!」


 そう言って、クラウは俺の背中を押しながら部屋を出たのだった。


「……俺、ホントに何の役にも立てないから、どうなっても知らねーぞ」


 そう呟いた俺の声は、華麗にスルーされたのであった。

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