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同棲

「新たな『冥王』が現れたようですね」


「そうだね、アリシア君。でも、君の出番はまだだよ? もっと、彼女について、そして、きみを超えるようにも見えるあの『イレギュラー』の少年についての情報を集めてからだ」


「たしかに、情報が多いに越したことはありませんからね」


 夜闇の中、闇よりも黒い布にその身を覆った二人が話し出す。

 ――二人の目線の先には、見られているとも思わずに朗らかに談笑している黒髪の少年と白髪の少女がいた。


「ぼくが彼女を襲えるのは、いつなんですか?」


「まだ未定だね。でも、そう遠くない未来にその時はやってくる。約束しよう」


「ふふ、待っていてください、クラウディアさん。あなたが作り、失敗作の烙印を押したぼくの力を見せつけてるまで」


 黒い影の一つが密かに、楽しげに、可愛らしく、そして残酷な笑い声をあげたのだった。






「へ……、部屋がないってどういう事っすか?」


「えーと、申し訳ないのですが、現在、多くの方が生活場所に困っていて、どこの宿屋も同じような状況になっているんです」


 宿屋にたどり着いた俺たちを迎えたのは、「すみません、ただ今満室となっております」という、オーナーの言葉だった。

 クラウはいつからかは知らないがここで生活しているからいいとしても、俺が生活するための部屋がないというのは困ったことだ。

 異世界ものにおけるテンプレとしては、転生か転移、ハーレム、チート無双、スローライフと言ったところだ。個人的な優先順位は、転生か転移(必須)>>スローライフ>>>>(人権ダイジ)>>>>チート無双>>>>ハーレムってところなのだが……。


「せめてスローじゃなくていいから、人間的なライフは保証してくれないもんですかねぇ……」


 誰にも聞こえない大きさの声で、この世界に対する愚痴をこぼした。

 こうなったら、金貯めて部屋を譲らせるか、いっその事マイホームを建てるかしか選択肢が無くなってきた。

 ……まったく、転生早々悪者扱いされるチート能力なんかより、スローライフ保証してくれた方がマシだってもんだぜ……。


「…………じゃあ、タクマもこれでいいよね?」


「うん?」


「じゃあ、これでいいので宜しくお願いします」


「かしこまりました。では、タクマ様の分の鍵をお持ちしますので少々お待ちください」


 ……なんか勝手に話が進んでったけど、何を話してたんだ?


 オーナーの姿が奥の方に消えていき、見えなくなった。


「俺の分の鍵って、誰かが部屋をどいてくれるのか?」


 どんな話をしていたのかは聞いていなかったが、野宿しないで住むのならそれに越した事はない。


「はぁ……。さっきのオオカミ狩りで疲れちゃったの?」


 すごく呆れられた顔で聞き返されてしまった。

 話を聞いていなかったのは、別に疲労が原因なのではなく、ただ単に考え事をしていただけだったのだが、今更それを言ったところで別に意味は無い。


「き、きき聞いてたし? あ、あれだろ、心優しい誰かが俺のために部屋譲ってくれるって話だろ?」


 はぁ、と肩を竦めながら大きくため息を吐くクラウ。

 ――何か変なことでも言ったのだろうか? いや、さっきの話の流れ的に俺の推理は間違っていないはずだ、うん。


「さっきの話はね、タクマが私と……」


「お待たせしました! タクマ様の分の鍵をお持ちしました。お代はチェックアウト時にまとめてお支払いして頂くことになっておりすのでご了承ください」


 そう言いながら、戻ってきたオーナーは俺に鍵を手渡してきた。


「あ、ども」


「では、ご自由にどうぞ。あ、くれぐれも当宿屋で問題行為等は起こさないようにして下さいね」


 ……は?


「今の話の流れ的にどっから、そんな話に飛ぶんですか? というか、問題行為って一体……」


「とりあえず部屋行くよ、タクマ」


「あ、ああ。分かった」


 背後から何やらオーナーの視線を感じるのは気のせいだろうか……。

 階段を上り、すぐ右に曲がると、クラウがここの部屋だよ、と指を指した。


「ここは誰の部屋なんだ?」


「私とタクマの部屋だけど……?」


 相変わらずクラウの言う事は難しい。別に俺が馬鹿なのではなく、クラウが意味不明な発言をするのが原因だ。


「タクマは、これから私と同じ部屋で生活するんだよ?」


 意味は理解できた。が、何か常識から外れているせいで頭で咀嚼できていない。


「タクマが入るための部屋が空いてなかった。私は既にこの部屋で生活している。だから、私と同じ部屋ならタクマも屋根の下で生活ができる。――分かった?」


 口をポカーンと開けたまま呆然としている俺を無視して会話を進めるクラウ。


「い、いや、でも、常識とか的に考えてそういうのは少々不謹慎なような気がしなくもないかなーって思うんだけど」


「べ、別にいいでしょ? じゃあ、このまま外で野宿でもいいの? 今は大丈夫だけど、今の時期だと少し寒いけど、いいの?」


 たしかに、体感で元の世界における10月くらいの涼しさだ。こんな中、何日も野宿なんかをしていたら体を壊すことは確実だろう。


「でもさぁ、俺に金稼ぐ手段あるんだし、何とかなるんじゃねーのか?」


 『冥王(プルート)』の力を使えば、先程までのように容易に有害生物の駆除も行えるし、力仕事だって並の人間よりは出来るはずだ。


「普通じゃ、夜限定なんかで雇ってもらえないよ? それに、わざわざ『冥王』を雇うようなお人好しはいないと思うよ? あの衛士長さんみたいな人はそういないよ? ほら、これでタクマもうお金稼げない。大人しく私と同じ部屋で一つ屋根の下で一夜だけじゃなくて、たくさんの夜を明かさないといけないのだー!」


「うへぇ……。痛いとこ突いてくるな、お前……」


 元々勝ち目がないとはいえ、口論で同い年の女子に負けるとは……。俺の数少ない得意分野の一つが……。

 でも、正直なとこかなりありがたい。

 だが、


「……クラウはさ、それでいいのか?」


 常識的に考えて、年頃の少女が出会って間もない記憶喪失(という設定)の謎の男子と長期間行動を共にし、ましてや同じ部屋で過ごすなど有り得ない。

 俺がクラウの立場なら、絶対にゴメンだ。


「別に私は構わないよ。だって、タクマに私を襲うような度胸無いでしょ?」


 遠まわしに馬鹿にされてる気がして気に食わない発言をされた、図星だが。

 だがまぁ、クラウがそれでいいのであればわざわざ申し出を蹴る理由はない。……ちなみに、野宿などというリスキーな選択をする度胸もない。


「ありがとう。ぶっちゃけ、知識が全然ない状態でリスキーな行動はしたくなかったんだ。悪いけど、何日かお言葉に甘えさせてもらうよ」


 言ってから思ったが、素直に人に感謝の気持ちを伝えたのが久しぶりな気がする。この世界に来てからまだ一日も経っていないが、それでも与えられた影響は大きいってことなのだろうか。


「じゃあ、決まりだねっ!」


 ヤケに嬉しそうな表情でクラウがパンッと手を叩いてから言った。

 ――まったく、コイツは何でこんなにしょっちゅう楽しそうなんだよ。コイツのことを理解するのには相当の時間がかかりそうだ。


「タクマの荷物は……あ、その剣だけだね。じゃあ、その剣は部屋に入れておかないとね」


「あぁ、こんなの持ち歩いてたら街の人に変な目で見られそうだしな」


 ガチャっと音を立て、クラウが鍵を開けてからドアを開けてくれた。部屋の中は綺麗に整頓されていた。これが女子の部屋というものなのだろうか。


「早くー」


 ポケーっとクラウの部屋を眺めている俺に、クラウが催促をする。

 とりあえず、ドアの近くに淡い紫色の刀身の剣を置き、ドアから離れると、クラウが鍵を掛けた。


「部屋入らないのか?」


 てっきり、このまま部屋で寝て今日の活動は終了だと思っていたのだが。


「ここから近いところに銭湯があるから、今からそこ行こ?」


「あぁ、分かった」


 先程までの戦闘のせいで服や体はあちこちが汚れていて、不快感を感じていたからありがたい誘いだった。……銭湯でもクラウに代金を払ってもらうことになるだろうが、それに対して若干心が痛むのはこの際忘れておくとしよう。

 美少女と同棲だと言うのも関わらず、全然実感がわかないのは何故だろうか……。




 宿を出て道を少し歩いたところに銭湯はあった。今の時代に銭湯なんて繁盛しているのか疑問だったが、この世界に水道が存在するのかさえわからないのだから、今の時点ではなんとも言えない。

 外観は赤と白が多く使われているファンタジーにありがちなザ・銭湯、もしくは旅館といった見た目だ。


「「「いらっしゃいませー!」」」


 建物の中に入ると、近くにいた数人の巫女装束のような見た目の服を着た女性の声に出迎えられた。

 その声の主たちの前をクラウと共に通り抜け、受付と思われる場所まで歩く。


「じゃあ、これでお願いします」


 クラウがそう言いながら、番台の黒髪ロングの清楚系お姉さんにお金を渡した。

 やっぱり目の前で自分の分の代金を払ってもらっている――しかも同い年の少女に――のを見るのは複雑な気分だ。


「もう今更だけど、本当にすまないな。いつか、必ず返す」


 こんな言葉だけでは何の価値もないが、こうでもしない限り俺の中の何かが俺を許してくれない気がする。


「別にこれぐらい何でもないよ?」


「いや、それでも……さ」


 たとえ本人がこう言っていたとしても、流石に素直に礼を言わないわけにはいかないだろう。

 ――それに、なぜだかクラウには今まで世話になった以上の恩を感じるのだ。クラウに会うどころか、クラウがいるこの世界に来たのは今日が初めてなのだから、今まで世話になったことなど一度もないはずなのに……。

 考えるべきことはまだある。俺が異世界にやって来てしまったトリガーは俺の死なのだろう。だが、死んだら異世界に来られるなんてアニメやゲームでもない限り有り得ないはずだ。

 それに、この世界の言語が何語かすら判別できないのにも関わらず、言語の意味を理解でき、それどころか他人とコミュニケーションまで行える。

 俺が覚えていないだけで、もしかしたらこの世界との関わりがあったのだろうか……?

 いや、そんなことあるはずが無いよな。まったく、何を考えているんだか。


「ちょっとタクマ、こっち女湯だよ? タクマは男だから、向こうの男湯の方に行ってきてね……まぁ、今の時間なら人もあまりいないから大丈夫かもしれないけど」


「へっ? 女湯?」


 うっかり、クラウと共に女湯の方の脱衣場に入りかけていたようだ。

 あまりに深い考え事をしすぎると周りが見えなくなるとは昔からよく言われていたが、まさか女湯に入りそうになってしまうとは……。


「てか、全然だいじょばねーだろ」


「うーん、大丈夫じゃないかなー」


「いや、俺が大丈夫じゃねーんだよッ!」


 まったく、コイツには女子としての思慮の一つも存在しないのだろうか……。このままのペースでツッコミを入れ続けると、俺の体がもたなさそうだ。


「男湯はこっちだな、じゃあな」


 少し苛立ちながらクラウに背中を向け、男湯の方に向かう。

 ……俺は、一体誰に苛立っているのだろうか?

 答えは分かっている。自分だ。俺は今、俺に対して苛立っているのだ。理由は自分でも分からないが。




「……はぁーー」


 程よい温度の湯に浸かりながら、盛大にため息を吐くと少し気が楽になった。

 風呂は広かった。水泳ができるくらいに。

 25メートルプールが5コース分くらいの広さで、周りに人がいないから泳いでも問題なさそうだ。さすがに、この歳になってまで風呂で泳ごうとは思わないけど。


「タクマーーッ」


 男湯と女湯を隔てていると思われる高い壁の向こうから、クラウの声が聞こえてきた。

 女湯の方も人がいないのだろうか? いや、クラウなら人がいても大声を出すことに躊躇しなさそうだ。

 いくら人がいないとはいえ、銭湯で大声を出すのは躊躇われる。

 ――よし、このまま無視だ。


「タァークマーーッ! おーーいッ!!」


 ――無視だ、無視無視。


「ふぅーん、そういうことするんだー? タクマがその気なら、こっちにだって手はあるんだからね」


 クラウが言葉を発し終えるのとほぼ同時に、カッコーンという甲高い音と共に、男湯に桶が降ってきた。

 次から次へと石鹸やら何やらも降ってくる。

 ――こっちがやり返さないとでも思っているのか?


「エイッ!」


 思い切り振りかぶり、高い壁と天井の隙間を目掛けて全力で桶を投げる。


 ガッシャーン!


 頭上から、何やら恐ろしい音がして、つい数秒前まで桶だった木の破片が俺の頭上に降ってきた。

 俺が投げた桶が、すごいスピードで飛んでいき、天井とぶつかり砕け散ったのだ。その事実を認識するのに、十秒もの時間を費やしてしまった。

 幸いにも、天井の方は無事なようだ。


「おい、クラウ! とりあえずここから出るぞ!」


「うん!」


 音から状況を判断したのだろうか、聞き返すこともなく俺に従うクラウ。

 この音を聞きつけてここの従業員が集まってきたら、俺たちが罰せられることは確定事項だ。その前に逃げなければならない。


 手早く所々傷ついている服を着てから脱衣場を飛び出すと、女湯の方の入口からクラウも慌てて飛び出してきた。

 恐らく、まだ従業員は何も気づいていない。今がチャンスだ。

 俺とクラウは、早歩きで入口を掃除している巫女装束風の服装の従業員たちの前を俯きながら通り過ぎ、銭湯を後にした。





「いやー、かなりビビったぜ」


 宿に戻った俺たちは、ベッドに腰をかけながらついさっきの銭湯での出来事について談笑していた。


「夜なのを忘れて、全力で投げちゃったなんて、タクマもおっちょこちょいだね」


「いやいや、元はと言えばクラウが色々投げてきたせいだろ?」


「ううん。元はタクマが私のことを無視したせいだよー」


 あ、元凶は俺だったな、そういえば。


「あー、そうだったな。で、何話そうとしてたんだ?」


「そんなに気にすることじゃないと思うんだけど、あのオオカミを狩った森で、私たちのことを見てた人がいたの」


「ほ、本当かッ!? つまり、俺が『冥王』で、クラウがそんな俺と関わっていて、あの衛士長が汚いことをしていたってことを全部知ってるヤツがいるのかよ……」


「うん」


「で、なんでわざわざ風呂でそれ言おうとしたんだ? 別に帰り道でもこの宿に来た時でもよかっただろ?」


 あそこで大声でそんなことを言われたら、客はいなくても耳がいい従業員に話が聞かれたかもしれないのに……。


「忘れてたの」


「……おいおい、ちゃんとしてくれよ。俺らのことを見ていたヤツらの性格によっては、これからの生活に害が出るかもしれないんだぞ」


 俺だけならまだいいが、クラウにまで被害が及ぶのだけは避けたい。――ちなみに、あのオッサンはどうでもいい。


「それは問題ないよ」


「……何でだ?」


「何となく……」


 やれやれ。まぁ、今さらどうしようもないし、もういいや。

 あ、他にも大事なこと思い出した。


「あのさ、寝るとき用の服買ってほしいんだけど……」


「そう言えば、その服しか買ってなかったね。私の服……は、嫌だよね?」


 クラウの頬が紅くなった。


「さ、さすがに女子のパジャマは問題あるだろ……」


「でも、この時間じゃどこの服屋さんももうやってないよ……」


「じゃあ、明日頼む。今日はこの服で寝るからさ」


「うん、分かった」


「じゃあ、俺はもう眠いから……」


 寝るな、と言おうとして、ベッドを見てさらに大切なことを思い出す。


「俺はこの辺の床で寝るから。おやすみ」


「ベッドで寝ないと寒いよ?」


「や、でも、二人は無理だろ」


 俺が床で寝ると言った理由は、この部屋のベッドがシングルだったからだ。


「じゃあ、私が床で……」


「いや、それはダメだ。俺が床で寝る。これは譲らない」


 少し口調を強く言ってみる。男子として、女子にベッドを譲ってもらうなんてことは断固として認められない。


「あ、ありがと」


「じゃ、おやすみ」


「うん、おやすみ」


 床にはカーペットも敷かれていなくて、冷えていたが、横になって目を閉じると、疲れていたせいかすぐに眠りに落ちることができた。

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