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狩猟

 右手の剣を無造作に振り、迫り来るオオカミ共を斬り捨て続ける。

 大体5匹程度斬ったところで、コツが掴めてきた気がする。

 ――その間に何度も敵の爪や牙に体を傷つけられた。が、流れる血は数滴垂れたところですぐに止まり、傷は瞬時に消えていく。

 痛みは、アドレナリンのせいか知らないが一切感じなかった。それも、この『冥王(プルート)』の能力のおかげだろうか。

 そんなことを冷静に分析しながら、雄叫びをあげて迫り来るオオカミを斬り捨てる。

 剣は業物とも言えない特に装飾もされていない貧相な代物だが、それを俺の能力で補い、強引に肉を裂き続ける。


「グオォォォッ!!」


 また、一匹のオオカミが生涯を終えた。


「えーと、これで29匹……だっけ」


 あと、21匹か……。

 そんなことを無感動に考えながら殺し続ける。

 金貨50枚。それが、衛士長の要求だった。

 そして、ありがたい事にも衛士長は短時間でそれだけの量の金貨を稼ぐ仕事まで見つけてきてくれた。

 そして、その仕事が今俺がやっている森を荒らすオオカミを50匹狩ることだ。

 オオカミの遺体の処理は、衛士長にやってもらっている。五匹狩る度に、それらの遺体を馬車の後ろの荷台に乗せて運んでもらっているのだ。

 この虐殺は、あと20分程度で終わる計算だ。初めは一匹狩るのに五分もの時間がかかっていたのだが、今ではそれが一分程度にまで短縮されている。

 コツを掴んだのはもちろんのことだが、自分の身体が傷つく恐怖が無くなったのも理由の一つだ。

 今の俺の姿を他人が見たら、皆が口を揃えていうだろう――化け物だ、と。

 ――と、オオカミを殺戮していた剣の先端に僅かなヒビが入った。


「おいおい、まだ半分ちょいなのにそりゃあないぜ……」


 俺がオオカミを殺すのを待っている衛士長に、


「衛士長、他の剣無いっすか?」


「はぁ……、もっと大事に使ってくれよな。まぁ、しゃあねぇから、今から取りに行ってきてやるよ。三本もあれば足りるか?」


「あぁ、それで十分だ」


 前方から飛びかかってきたオオカミを地面に転がって回避しつつ、無防備な腹に剣の切っ先を突き立て、絶命させる。


「あ、ついでにこれも頼む」


 そう言いながら、馬車の荷台に血を流し、熱が残っている死にたてホヤホヤのオオカミを乗せる。


「じゃ、よろしく頼むぜ」


「あぁ、可及的速やかに持ってくる」


 ちょうど、オオカミの出現頻度も下がってきたところだし、何とか持ちこたえられるだろう。


 …………さて、と。


「クラウ、そこにいるんだろ? 出て来いよ」


 背後に立っている木に向かって話しかける。


「よく気づいたね」


 木の影から特徴的な長い白髪が見え、この世界で初めての知り合いが現れた。やはり、隠れていたのだ。


「なんか、夜になってから五感が冴えててさ」


「それも『冥王』の力なの?」


「知らね。そうなんじゃねーかな……っと。うっしゃ、来た来たー……!」


 俺がクラウと話しているところを一匹のオオカミが狙ってきた。

 もちろん、油断していた訳では無い。近づいてくるのを待っていただけだ。そして、まんまと近づいてきたオオカミに向かって剣を投げる。

 ヒュンっという剣が空気を裂く音に遅れて、オオカミの悲鳴が聞こえる。


「うっし、ヒットヒットー」


 アニメで憧れてた投擲ってやつを一度やってみたかったのだ。

 だが、リターンは無いくせにリスクだけはデカすぎたからさっきまではやってなかったのだ。なんせ、剣を返してって頼んでも返してくれないのだから。

 だから、ちょうどオオカミが減ってきて、なおかつ近づいてくる時を待っていたのだ。

 俺の目の前で腹を上に向けて死んでいる、投擲の的にされたオオカミから剣を抜く。

 大丈夫だ。まだこれでしばらくは何とかなる。



「それで、なんでクラウはここに来てるんだ?」


 俺が教会の中の収容所的な場所に閉じ込められる直前に、俺のこの世界初の装備である服を持って帰ったはずだ。


「うん? ただの見物だよー。私、『冥王』って初めて見たんだー」


 ワクワクとでも書いてあるかの表情でクラウが言った。


「その割には全然怖がってねーな。『冥王』って悪者なんだろ?」


「まぁ、そうなんだけど、私にはタクマが悪者みたいに思えないんだよねー」


「そりゃ、過大評価にも程があるぜ。今だって、生きるのに必要なことをしているだけのオオカミどもを虐殺してるんだしさ」


 こんな光景を徳川綱吉……だっけ? に見られてしまったら、間違いなく死刑にされているだろう。……綱吉はもう死んでるけど。


「でも、タクマの体ひ弱だから、なんか悪者じゃなさそうなんだよね」


 なんか、遠まわしに馬鹿にされてる気がしてきた。

 そんな会話をしていると、またしてもオオカミが近づいてきた。


「ヤッ」


 短い掛け声と同時にまた投擲をする。

 ……だが、今度はオオカミが後ろ足で立ち、前足の爪でそれを防御した。

 明後日の方向に弾かれた剣――。そして、荒い息と共にゆっくりと俺に向かって近づいてくるオオカミ。これらのことが意味するのは――。


「タクマッ!」


 クラウが弾かれた剣に向かって走り出した。


「グルルルル……」


 オオカミが、クラウに顔を向ける。

 ――ダメだ。クラウは武装をしていない。オオカミに勝てるはずがない。


「俺から目をそらすんじゃねーよコノヤローーッ!!」


 声を上げながら、足元に転がっていた石をオオカミ目掛けて投げる。


「グウゥゥゥ……」


 低い唸り声をあげながら、オオカミが俺の方を向いた。

 反射的にタゲを取ってしまったが、ここからどうすれば……。武器の無い俺に出来ることなんて……。


 ――いや、諦めるにはまだ早い。

 脳裏に渦巻きかけた絶望を振り払い、腰を落とす。


 ――さぁ、来い。

 剣ばかり使っていて意識してなかったが、『冥王』の能力によって、筋力も強化されているはずだ。

 当然、さっきまでよりは苦戦するだろうが、素手で勝つことも不可能ではないはずだ。

 ゆっくりと歩いてきたオオカミが、俺との距離残り5メートル位になったところで飛びかかってきた。

 ――ここだ!

 地面に転がりオオカミの攻撃を回避しつつ、地面に転がっていた石を無防備な腹に投げる。


「グルル……」


 怯んだのか、仰向けになり、何が起こったのかわからないとでもいうかのような唸りを口から漏らした。

 長い間横たわってくれる訳はないだろう。

 ――今こそが、千載一遇のチャンス。恐らく、これを逃したらジリ貧になってしまうはずだ。

 仰向けのオオカミの上に思い切り背中から倒れ込む。多少のダメージは想定済みだ。


「グルォ」


 苦しそうな声を上げながらも、俺の体に爪を突き立ててくる。

 だが、ここで屈するわけにはいかない。俺がここで屈してしまったら、コイツはクラウを殺すだろう。

 この世界での最初の知り合いを俺のせいで殺させてたまるものか!

 一度体を起こす。

 そして、右足を伸ばしたまま上げ、オオカミの顔面にかかと落としを突き落とす。

 鋭い断末魔が、一つの命の消滅を知らせた。


「はい、これ。大丈夫、タクマ?」


 そう言いながら、俺に剣を差し出してくる。


「この……バカッ! 危ねぇから、どっかすっこんでろ」


「ご……、ごめんなさい」


「まぁ、気をつけてくれればそれでいいけど、危ないからもう帰ってろ。それと、剣サンキュ」


「あ、そうだ。ちょっと剣貸りるね」


 そう言って、俺が受け取ろうとした剣を持ったまま周囲をキョロキョロし始めた。

 ――何をやっているのだろうか?

 少ししてから、キョロるのを止めどこかに向かって歩き始めた。


「お、おい、どこ行くんだよ?」


「見て、この石」


 俺の質問に答える代わりに、クラウが足元を指さした。そこには――、ただの石っころが転がっていた。


「この石っころがどうかしたのか?」


「これ……」


 両手で持っていた剣を右手で持ち、左手の親指と人差し指で一つの石をつまみ上げた。他のとは違う見た目だ。

 淡い紫色で、少しだけ透けている。明らかに、他の石とは別物だった。


「これ、ミスリルだね」


 ミスリル? 俺のイメージだと、ミスリルって銀色なんだけど……。


「で、それがどうしたんだ?」


「知ってる? ミスリルって、とっても硬いんだよ」


「だから、何なんだよ?」


「ちょっと待って」


 そう言ってから、目を閉じた。

 ――まったく、どうしたんだ?

 クラウが目を閉じた数秒後、剣とミスリルが淡い光に包まれ、そして、その光は数秒で消えた。

 ……クラウの左手からミスリルが消え、右手に持った剣の刀身は銀色から淡い紫色に変わっていた。


「これが、私の能力」


 そう言いながら、淡い紫色に変わった剣を俺に差し出した。


「何をしたんだ?」


 そう尋ねながら、剣を受け取る。クラウに渡す前と比べると、明らかに重くなっている。


「私の能力は『継承』。物体の性質を別の物体に移すことができる能力なの。その能力で、ミスリルの性質をその剣に移した……これで伝わる?」


「あぁ、理解出来た」


 ふむ、つまりはファンタジーものによくあるコピー能力ってことか。いや、ミスリルは消えているから、コピーというよりも移動と言った方がいいだろうか。


「で? その能力を使ってこの剣にミスリルと同等の硬さを与えたってことでいいのか?」


「ま、そゆことそゆこと」


 なるほどねぇ。なかなか便利そうな能力だな。

 刀身を見ると、先程までは入っていたはずのヒビは消えていた。これならまだしばらくは使えるだろう。衛士長には悪いことをしたかもしれない……。


「んじゃ、俺はもう一狩りしてくるから、絶対に出てくるなよな」


「分かったー、頑張って」


「おう、とっとと片付けてくるぜ」


 気配を感じて周囲を見渡すと、減っていたはずのオオカミがまた増えていた。仲間を集めてリベンジってところだろうか。


「ヘッ! 死にたいヤツからかかってきやがれッ!!」


 ――さて、第二ラウンドと洒落こもうじゃねぇか。




「……これで、50匹目だな」


 クラウがミスリルを『継承』させた剣は全然刃こぼれしないで、切れ味の良さを維持したままだったから、順調にオオカミを狩ることができた。


「す……素晴らしいッ! タクマ殿と言ったな。衛士になる気は無いか? 私の直属の部下だ。望むのならば、三食付きの衛士寮での生活を保証するし、給料も出そう。どうかね?」


 最後のオオカミを運び終えた衛士長が俺の顔を見ながら尋ねてきた。

ちなみに、注文したけど出番の無かった三本の剣も持って行って貰った。


「タクマ、どうするの? そんな所で働かなくても私が養ってあげるよ?」


 自分の職場をそんな所呼ばわりされた衛士長が苦虫を噛み潰したような顔をした。

 ふむ、どう考えてもクラウに養ってもらう方が楽だ。だが、世間体やら何やらを考えると、衛士になる方がいいのだろう。

 あー、でも、異世界転生ヒモニートスローライフ(チート付き)も手放せない。


「ど、どうすれば……」


「タクマ殿……!」


「タクマぁ……!」


 いかつい顔のオッサンと美少女の並べるのにこれ程までに向いていない二つの顔を見ていると、世間体なんかどうでも良くなってきた。

 ……それにしても、どうしてクラウは俺を養いたいんだ? ただの金食い虫になることは目に見えているだろうに。

 ――ハッ。これは、もしや一目惚れとかいうヤツだろうか? 都市伝説ではなかったのか……?

 いやいやいや、有り得ない有り得ない。年齢=彼女いない歴の俺が異世界に来て初めて知り合った少女に惚れられるわけなんてあるはずがない。


「衛士長さん、アンタの部下になるのが嫌だって訳じゃないけど、今回の話は無かったことにして欲しい」


「優遇するぞ?」


「えーと、まぁ、たまになら仕事手伝うから、それで勘弁してくれないかな」


「ま、まぁ、手伝ってくれるならそれでいいのだが……」


 名残惜しそうに俺の顔を眺めながらも、納得してくれたようだ。

 あ、大事なこと忘れてた。


「口止めの件、忘れないでくださいよ」


「あぁ、分かっている」


「あ、オッサン。この剣譲ってくれないか? これからも使いたいからさ」


「あぁ、そんなもので良ければ好きに持って帰るといい」


 去り際に、またいつか頼らせてもらうと言ってから、衛士長は森から去っていった。


「タクマ、帰ろ?」


「あぁ、そうだな」


 ……そういえば。


「クラウはメーレルの街に家があるって言ってたよな? 俺が居ても邪魔にならないか?」


「邪魔なんてそんなことないよー。むしろ、話し相手ができて嬉しいくらい」


 純粋無垢な笑顔でクラウが言った。

 ――まったく、そんな笑顔向けられたらもう後に引けないじゃねぇか。


「……あ、でも、しばらくは色々あるから街の中の宿暮らしでもいい?」


「何でもいいよ」


「実は、最近宿で暮らしてたんだ。タクマにもそこの宿でしばらく暮らしてもらって、またいつか私の家に行こ」


 なぜ家に行きたがらないのだろうか? クラウの親は既に亡くなっているらしいから、普通の家出だとは考えにくい。


「じゃあ、とりあえずその宿に連れてってくれないか? 服もだいぶ汚れちゃったし、結構疲れたし」


「じゃあ、行こっか」


「あぁ、そうだな」


 月明かりに照らされながら、俺とクラウは街に向かって歩き始めた。

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