散策
俺は、クラウと共にメーレルの街を散策していた。男性用の普通の服を探すためだ。
メーレルは、ここでの生活に対する不安を消し去るには充分な程に賑わってはいた。
――ただ、元の世界と違い、普通の人だけでなく、獣耳っ娘(男もいた)がいたり、ドから始まってンで終わるファンタジー定番のトカゲのような爬虫類と思われる動物が荷車を引いていたりさえしなければ、だが……。
もしかしたら、巨人なんかも住んでいるのかもしれない。それならこの街に入るための扉の大きさにも納得だ。
「いい雰囲気でしょ? この国の中では一番栄えている街なんだよ」
「へぇ、そうなんだ。クラウもこの街で暮らしてるのか?」
この国ってどの国だよ、という疑問はひとまず置いておくとしよう。
「うん、そうだよ。私の家族は一応裕福だから、家が建てれたんだ……」
クラウが、なんだか気まずそうに言った。
どうしたのだろうか? この世界では、裕福でなければ、家で生活することすらできないのだろうか? その割に、店がかなり出ているし、街の人たちの様子も賑やかだ。
「なぁ、もしかして、ここって家を建てるのに、めっちゃ金かかんのか? 多くの人が家で生活できないくらいに……」
「家を買うのが高いのは当たり前じゃない。まさか、そんな当たり前のことすら憶ええてないの?」
「え、あ、う、うん。言われてみれば家は高かった気もするな、うん」
「そんな常識も忘れてたら、これから困るよ?」
「……スンマセン。そういえば、家で生活できない人たちは、どこで生活してるんだ?」
成り行きで謝りながら、声を潜めながら今の会話の中での最大の疑問を口にした。
声を潜めた理由は、家を買えない人たちから反感を買う危険性を除外するためである。
「……えーとね、ほとんどの人たちは、さっきタクマが倒れていた森とかの、あまり人が来ない場所にテントを張って生活していて、たまに食べ物とかを近くの街に買いに来るの」
なるほど。つまり、さっき倒れているところを他の人に見られる危険度は、なかなかに高かったのか。
「ありがと。じゃあ、とりあえず店とかについて教えてくれないか?」
「うん、分かった。……それで、別に教えるのは構わないんだけど、その格好で男の喋り方してると、気持ち悪いよ」
……そうでしたか。
俺の声は、他の男子より少し高く、一応、女子でも通用すると思ったのだが、喋り方には問題があったか。
……てか、女子の喋り方って、どうやればいいんだ? とりあえず、生前に親しく関わってきた女子――悲しいことに妹しかいない――を参考にでもすればいいか。
――そういえば、俺以外の人間も死後にこの世界を訪れるのであれば、アイツも……。
だが、それに対する思考は後回しだ。
「こ、こんな感じでどうかなっ?」
まずは、自分のことを何とかしなければ。
妹の言葉遣いを真似しながら、念のため、さっきまでより少しだけ声を高くして言ってみた。
「……う、うん、問題ないよ。しばらくは、そのままでいてね」
「それで、これからどこに行くの? お……じゃなくて、あたし、一文無しだよ。それに、この世界での通貨とか、何も憶えてないし……。それと、さっきの間は何?」
「あれは、突然のギャップに少し驚いちゃっただけだよ。通貨とかに関しては、しばらくは、私の家で過ごしてもらうから、その間に覚えてくれれば大丈夫っ」
「えーと、クラウの親になんて話したらいいのかな? さすがに、あたしが急に押しかけたりなんてしたら、きっと迷惑だよ」
何より、娘が知らない男を家に連れて来た時の父親というのは、非常に面倒だということを、妹のおかげで知っている。
余談だが、俺の妹は、今中学三年生だ。つまり、俺の二つ下である。
で、色々あって、妹が同級生の男子を連れて来た時に、とにかく色々起こったのだ。その後、妹は男を連れてくることはなくなった。――言う必要は無いだろうが、犯人は父親だ。
「そこらへんは、大丈夫だよ。私の親、もう死んじゃってるから……」
クラウが、泣きそうな顔で言った。
俺は、マズイことを聞いてしまったのかもしれない。いや、質問自体に問題は無かった。でも、その質問のせいで、目の前の少女に、言いたくないことを言わせてしまったことは、確かだ。
――助けてあげたい。唐突にそんな考えが頭をよぎった。
――だが、どうやって? 転生一日目の人間に何ができる? そうだ、俺には何もできない。異世界に来たからって、やれることは、現実と何も変わりやしない。
とりあえず、
「答えなくなければそれでいいんだけどさ、クラウって、どうやって生活してるの?」
そう、両親がいないのに、生活するのは困難だろう、主に金銭的に。
つまり、俺と同い年のクラウでもお金を稼ぐ方法が存在するということだ。そして、俺にはその情報が必要なのだ。
もっとも、親の遺産で生活しているとしたら、質問をし直さなければならない。
「普通に、だよ? 依頼を受けて、人に迷惑をかける生き物の討伐。たまに、捕獲の時もあるけど。タクマは自分の親がどんな仕事してたかは憶えてないの?」
「う、うん。でも、そんなことをやってたかもしれない気がしなくもない、かな」
人に迷惑をかける生物って、どんな生物なのだろうか? もしかしたら、ゴブリンとか、オークとかかな。だとしたら、楽しそうだ。
まあ、ゲームでしかやったことないから、実際にやったら絶対ビビって即殺されるだろうけど。
「一番恐ろしいのは人間だ……」
「どうしたの、急に?」
「よく親が言ってたんだ。本当に怖いのは、猛獣でも兵器でもなく人間なんだって」
「あれ、記憶戻ったの?」
「え? あ、いや、確かそんなことを言ってたような気がするなーって」
うっかり、口がすべてしまった。
――記憶喪失キャラを貫き通すのはなかなか難しいかもしれないと知った今日このごろ。
話は戻って、人間は恐ろしい。ちょっとしたことで、ネチネチと絡んでくる。
その事をクラウに説明すると、
「……へ……へぇ、そーなんだ。ここの人たちは、みんな優しいから、気にしなくてもいいよ」
クラウが、引きつった微笑みを浮かべながら、俺に言った。
でも、ここの人たちがいい人たちなら、安心して生活できそうだ。
「――ところでさ、どうやって、危険な生き物たちを討伐してるの? あたし、そういうのやったことないから、よく分かんないんだよね」
「えーとね、魔法とか剣とか弓とかだよ。まぁ、魔法を使う人が多いかな? 楽だし」
今、重要なことを言われた気がする。
「なぁ、ここの人たちって、魔法使えんの? 俺にも使い方教えてくれねーか?」
そう言うと、クラウがきょとんとして、首をかしげながら言った。
「はぁ……。ホントに、何もかも忘れちゃってるんだね。魔法って言ったら、もう常識じゃない!」
「……なかなかに深刻そうだな、俺」
「……ところで、女言葉使うのやめたの? さっきも言ったけど、その見た目で男言葉話されると、少し変な感じがするんだけど……」
そういえば忘れてた。でも、そもそもは――、
「いやさー、そもそもこの服なのが問題なんだって。服買ってくれないか? いつか金稼いだら、絶対に返すからさ」
「そうだね、さすがに可哀想になってきたし、今から服屋に行こう」
「あぁ、助かる」
歩き出したクラウの後をついて行き、少し歩くと服屋に着いた。
「いらっしゃい」
髭面の店員のやる気のなさそうな低い声に迎えられて、俺らは服屋に入った。
この人に客商売は向いていないだろう。40代は過ぎていそうなのに、肌は日に焼けて健康そうな茶色で、顔はイカツイおっさんのテンプレ的な感じだった。
……顔はどうしようもないとして、せめてもっとやる気くらい出せよ。
そう思いながらも、当然ながら口には出さずに、男物の服を物色する。
――他の客の視線が痛い。まぁ、ワンピースを着ているヤツが、男物の服を見ていれば、こっち見んなと言うのもやぶへびだろう。しかも、クラウいわく、俺は女顔らしいし……。
そんなことを考えながら、色々な服を見ていると、ちょうど好みに合った黒っぽいシャツを見つけた。しかも、肌触りは元の世界におけるシルクのように素晴らしかった――この世界に蚕がいるかは不明だが。
ちなみに、ズボンはシャツと同じような材質の短パンを手に取る。
――さすがに上下真っ黒はヤバイかな。街を歩いている時に、黒髪黒目は一人もいなかったし、異世界やらファンタジーやらな感じの服装の人が大半だったため、頭から靴まで真っ黒はヤバイだろうか。
そんなことを思いながら、値札を見ると、『銀3』と書かれていた。……なんだこりゃ?
他の服の値札を見ると、『大銀2』とか、『金1』とか、『大銅8』のように書いてあった。
――これがこの世界での値札なのだろうか。
「日本語じゃあ……ねーよな……」
書かれていた文字は、日本語ではなかった。だが、なぜだ? なぜだか……日本語ではない文字が読める。
まぁ、読めるならそれでいいか。かなり、大事なことでも気楽に捉える、どうもタクマです。
「なぁ、クラウ。俺、この服がいいんだけど、この値札に書いてある『銀3』って何のことだ?」
隣にいたクラウに、そう聞くと、
「それは、銀貨3枚って意味だよ。その服、だいぶ安いね。ホントにそんなのでいいの?」
「あぁ。これがいい」
「まぁ、タクマがいいならそれでいいけど。タクマの身長に合うサイズのを持ってきて。私が、お金払うから」
……なんか、申し訳ないな。自分と同じ歳の女子に服を買ってもらうなんて。
まぁ、それは一度置いておいて、ちょうど良さそうなサイズのをクラウに渡す。
「ありがとな。またいつか、金は返す」
「うん」
クラウが店員を呼び、俺の異世界初期装備(黒ずくめ)を買ってくれた。
ついでに、この世界では、値段は貨幣何枚かで表されるということを知ることができた。実に計算が楽そうだ。
一刻も早く着替えたかった俺は、店の試着室を借りて、クラウに買ってもらった服に着替えた。
素晴らしい肌触りだ。やはり、これを選んで正解だった。
「ありがとな、クラウ。それで、俺としてはなるべく早めに金を返したいから、害のある生物の討伐の仕方、というか魔法の使い方とか教えてくれないか?」
「もちろんいいよ。それじゃあ、ちょっとついて来て」
クラウが歩き出した。
――どこに行くのだろうか?
「な、なぁ、今からどこに行くんだ?」
「教会だよ。そこで、自分に適した魔法の種類とかを教えてもらえるの。それで、もし魔法そのものが適してなかったら、剣とか弓とかでなんとかしてね」
ついに来たぜ、ファンタジーのお決まりイベント!
教会は、様々なRPGで登場する重要な役目を持つ建物だ。つまり、そこに行けば、冒険のアシストとか何やらをしてくれるのだろうか。
とてもワクワクしていたが、少し不安もあった。
クラウの言葉からすると、魔法そのものが適していない人もいるのだろう。俺は、ここの世界の人間ではない。様々な異世界もののアニメであれば、魔法が適していない可能性大なのだ。
……果たして、俺に適した魔法が存在するのだろうか? だが、逆に異世界転生したら、何らかのチート能力を持っているパターンも数多く存在するのだ。俺は、どちらなのだろうか?
そんなことを考えていたら、俺の目の前を歩いていたクラウの足が止まった。
そして、目の前の建物を指さしながら言った。
「タクマ、ここが教会だよ」
「…………はぁ」
なんだろう、この裏切られた感じは。
確かに、目の前には建物があった。ただし、それはゲームで見慣れたものとはかけ離れている見た目だった。
その見た目を一言で言うと、普通の家と同じような見た目だった。ちなみに、二階建てだ。
そして、俺を落胆させた最大の理由。それは――二階のベランダで日光を浴びている(洗濯されている)途中の洗濯物だった。
――だが、ここが教会であることは確かなのだろう。なぜなら、建物の入口には、『教会』と書かれた札が立てかけられているからだ。うん、ダサい。
「じゃ、入るよ」
そう言ってから、クラウは民家……じゃなくて、教会の扉を開いた。
――建物の外見には文句しかない。
だが、それは一旦置いておこう。
――待ってろよ、俺の異世界チート無双ッ!!
期待で胸をいっぱいにした状態で、クラウの後に続いて俺も教会に足を踏み入れる。