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真実

「あの魔術を悪しき者が使えば、すべての生き物を滅ぼし、世界を壊し得る力を得ることができる。だからこそ、誰にも言わずに秘匿してきたのだが……」


「自業自得以外の何者でもないわね」


 後悔しているような口調のシャドーさんと呆れ気味のクラウ。ちなみに、今のところシャドーさんが悪いと俺は思っている……が、めんどくさい事になるのを回避するために口にはしない。

 先ほどは、アリシアが攻撃されそうになったからつい飛び出してしまったが、よくよく考えてみれば、まだシャドーさんとクラウのどちらが悪いのか俺の中でハッキリしていない。


 アリシアには、どことなく亡くなった妹の面影があった。声も似ていた。それに、俺とアリシアがクラウに作られたのであれば、妹だった有彩ありさとアリシアが同一人物だと早とちりしても仕方あるまい。いや、まだ早とちりだと決まった訳では無い。


 もし仮にアリシアが記憶を失った有彩だとしたら、俺はクラウと敵対しなければならない。――あの日の誓いを守るためにも。


「シャドーさん、今は引くべきだと思う。さっきクラウが言っていた通り勝算は皆無だ。戦力外の俺にだって分かる」


 正確には、戦力外というか戦いたくないだけだが、細かいことはどうだっていい。


「クラウも見逃してくれるみたいだから、作戦を立て直してからまた挑めばいいんじゃないか? 無駄に命を捨てる必要は無いはずだ」


「……クッ、確かに君の言う通りかもしれない。だが、私は……」


「自分の行為に責任を少しでも感じているなら、まずは失敗を取り戻すためにも成功率を上げる努力をしないと。ていうか、アンタが引かないなら俺はアリシアを連れて逃げさせてもらう」


「なッ、ぼくは逃げるつもりなんて……」


「いや、彼が正しい。アリシアくんも逃げるべきだ」


 一度コチラを振り向くアリシア。何を考えているか分からない彼女に対し、とりあえず大きく頷いておく。

 仮に彼女が俺の妹じゃなかったとしても、かつての罪滅ぼし――いや、ただの自己満足にしかならないが、妹に似ている彼女は命に変えても守りたい。


「まぁ、勝ち目が無いのは確かだし、私もとりあえずは引かせてもらおうか。一応確認させてもらうが、本当に見逃してくれるのかね? あー、厚かましいことを言わせてもらうが、ここは私たちの住処でもあるからクラウディアくんが出て行ってくれると助かる」


 疑惑の念を込めた瞳で厚かましい要求をするシャドーさんに、クラウは僅かに微笑みながら首を縦に振った。


「分かった、私が出てく。じゃあ、解除」


 呟いたクラウの声に反応して、シャドーさんを拘束していた木が地面に埋まっていく。いや、背丈が縮んでいるのだ。まるで、先ほどの成長を逆再生で見ているようだった。


「じゃあ、またいつか……会うことになるのかな?」


 そう言うクラウに対して、誰も返事をしなかった。ただ痛いほどの沈黙が耳に刺さる。


「まぁ、いっか」


 クラウがそう言った直後、彼女を水色の光が包んだ。

 眩しさに思わず目を閉じ、しばらくしてからまた開けると、そこにはもう誰もいなかった。



「……ゴメン」



 無意識のうちに、俺の口から声がこぼれた。

 罪悪感が無い訳が無い。自分で決断せずにただその場の空気に流されただけだった。意思すら持たずに、俺は今まで頼ってきたクラウのことを裏切った。まだ、シャドーさんとクラウのどちらが悪いか決まってはいないのに……。

 いや、もし仮にクラウが悪かったとしても、俺はクラウに味方するべきではなかったのだろうか……? そもそも、シャドーさんが正しいのかすら分からない。

 先ほどまで飛び交っていた会話のほとんどが理解できていない。






 何も分からない。

 俺には、何もできない。






「はは、全くもって情けないな、俺は」


 不思議と、乾いた笑いしか出てこない。


「自分を責めるものではない、少年よ。若いうちに大いに悩むがいい。悩める時間があるのは若者だけの特権なのだから」


「いやいやいや、ほとんどアンタのせいだってことを忘れないでくれよな……」


「ふむ、すまないな」


 呟きを聞いたシャドーさんが鹿爪らしく言ってきたが、元はと言えば彼女が原因である。


「はぁ……」


「悪い方にばかり考えすぎです。ぼくだって、多少は混乱しているんですよ?」


 俺のため息に対して、アリシアが困ったような声で言ってきた。


「あのさぁ、アリシアって何者なの?」


「気が付いたら、シャドーさんの近くで倒れていました。それより前の記憶はないので、ぼく自身ぼくについてはサッパリです。ただ、先ほどのクラウディアさんの言葉を信じるのであれば、あなたと同じような存在らしいですね。あなたと違うところは、ぼくには何も記憶が無いというところです」


 今思うと、俺より彼女の方が大変な気がする。俺と同じくこことは別の世界に飛ばされて、死んだらこの世界に来た。ただし、彼女の場合は記憶が無い……か。

 いや、何も知らないからこそ異世界転生という意味不明な状況に対してさほど混乱せずに適応できたかもしれないと考えるのは彼女に大して失礼だろうか?

 俺は生前の記憶があるせいで、異世界に来てしまったと理解出来ている。今までとは全く違う環境での生活。それがここまで困ることなく済んできたのはクラウのおかげに他ならない。だが、この現状を作ったのも彼女である。


「だー! さっぱり分っかんねぇー」


「まぁ、私に出来る限りで良ければ説明しよう。いや、説明させてほしい。君には知る権利がある」


「よろしくお願いします」


 ……うーん、なんとなーく立場逆転してるような気がしなくもないのは気のせいかなー? いやまぁ、被害者だからって立場が上ってわけじゃないけどね。シャドーさんの方が多分俺より強いから、俺のが立場下かもしれないけどね。

 あれ? 混乱してきた……。


「アリシアくんも聞いておくといい」


「分かりました」


 あれ? アリシアは聞いたことあると思ってたのに……、まぁどうでもいいや。


「では、まず初めに私について話そう。私は、この国でも上位の魔術師で、割と見た目も良かった……と自負している。だが、四十歳を過ぎたあたりから徐々に顔にはシワができ、魔力も衰えてきた。その時からだ、私が不老不死を夢見るようになったのは。他者の肉体を乗っ取るという方法はすぐに思いついた。そして、魂を肉体から切り離す魔術は既に編み出してあった。だが、なかなかいい肉体がいなかったのだ。だが……」


「はぁ……、肉体を探し求めているうちにクラウの存在を知ったってことか? ちなみに、今のところ、百パーセントアンタが悪いからな」


 もはや、ため息がこぼれる程にシャドーさんが悪い。今なら、頭を下げればまだクラウも許してくれるかもしれない。


「判断を下すのは話を最後まで聞いてからにしてほしい。だが、君の言う通り、クラウディアくんのことを知ったのはその時だ。ちなみに、彼女の存在を知るのが遅くなったのは、王家は子息について情報を人々に広めないからだ。悪い人間に捕まりでもしたら大変だからな」


「あー、それでクラウに対して敬語を使わないやつもいたのか……」


 衛士長のおっさんはクラウに対して敬語じゃなかったけど、シーナさんは敬語だったな……。シーナさんは協会で働いてたから、王家の人とも何かしらの繋がりがあったのかもしれない。なんせシスターさんは尊いからな。


「私は魔術師の肩書きを使ってクラウディアくんと二人きりになり、私の魂を彼女の中に入れてみた。ここまでは良かったのだが、彼女の魂が肉体の中に残ってしまっていたのは誤算だった。そして、彼女は私から色々奪い、自らの肉体をコピーし、そこに魂を移して今に至るという訳だ」


「……えーっと、さ。今の話のどこら辺にクラウの非があるの?」


 俺は、こめかみを抑えながら言った。

 最後まで聞いたところで、クラウが悪いとは思えなかった。


「どこら辺って、私が編み出した魔術に関する知識や記憶を奪ったところだ」


「いやいやいや、普通殺されかけたら抵抗するし、それくらい正当防衛だろ。俺今からクラウの所行って謝ってくる。百パーアンタが悪い」


「あぁ、確かに私も悪いことはした。だが、彼女のところに戻るのはやめた方がいい」


「はぁ? なんでだよ。あの場で俺とアリシアにも手をかけようとしたのは目の前に自分を殺そうとした相手がいて動転してたからだろ、たぶん。別に謝りさえすれば俺とアリシアは許してもらえる」


 んだよ、結局クラウは悪くないじゃねーか。ったく、あんだけ色々あったから許してもらえるかは不安だが、クラウを信じたい。


「ふむ、彼女の肉体を奪おうなどと考えた私はどうかしていた。だが、今はそれを悪いことだと分かっている。別に記憶を奪われたのも当然の報いだ。だが、その記憶を悪用されると困るのだ」


「世界を滅ぼすだかってやつのことか? クラウなら大丈夫だろ。てかむしろ、アンタの方がマトモな判断力がないように思える」


「しばらく話を聞いていてもらいたい。私には、彼女を止める義務がある。まず、クラウディアくんの中、つまり今のこの肉体の中に入るまではかなりひどい性格をしていた。君の言う通り、マトモな判断ができていなかった。だが、クラウディアくんの肉体に入ってからはちゃんと罪悪感を感じられるようになった。つまり、私の中の悪い部分が彼女と混ざってしまった可能性がある。当時幼かった彼女が自らの力をコントロールし切れていたとは考えにくい」


 なるほど、ようやく話が理解できてきた。


「つまり、うっかりアンタの悪い部分を取り込んじまったクラウが今の性格にはなったのか……。確かに、それならクラウのそばに居るのは危ないかもしれないな。だが、これからどうするんだ? クラウの能力の一部でも使えるシャドーさんがクラウの中の悪い部分を取り除くしか方法は無いだろうけど、さっきの感じからして一筋縄には行きそうにない。というわけで、作戦を立てないといけないから、クラウの能力について詳しく教えてくれ。クラウのために俺も協力する」


「あぁ、分かった」


 ひとまず、シャドーさんとアリシアと一緒にいて、クラウを更生? させてからクラウの元に戻ろう。あとは、『冥王』の力を使って害獣駆除とかして金を稼いで異世界ライフを満喫する。

 まずは、クラウの更生からだ。

 そのためにも、クラウの能力を把握して、僅かでも勝率を上げる必要がある。


「彼女はコピーと言っていたが、コピーもできる、という意味だと私は解釈している。彼女の能力の劣化版のようなものは私も使えるから、能力の内容は大体把握しているつもりだ。左手で触れたものの記憶を右手で触れているものに移す。ここでいう記憶とは、能力使用者のその物に対する記憶を指す。そして、これを行っても左手で触れていたものには何も影響は出ない。ちなみに、左手で何にも触れなくても、常日頃から触れているもののように鮮明に何から何まで記憶できているものの性質を移すのであれば問題は無い。君が彼女にどのような説明をされたかは知らないが、これがクラウディアくんの能力だ」


 俺が聞いた『継承』とさほど変わらないか。なんであの時クラウは嘘をついたのかという疑問は残るが、まぁ大したことじゃないだろう。


「だいたい理解できた。ところで、一つ頼みがあるんだけどいい?」


「あぁ、内容によるが構わない」


「シャドーさんって自分の見た目変えられないの? クラウと全く同じ見た目だとなんか混乱するから、髪の色とか部分的な特徴だけでいいから変えて欲しいんだけど」


「あぁ、問題ない。ついでに、能力も見せよう」


 そう言ったシャドーさんは俺に近づき、俺の頭の上に左手を置いた。


「おい、何を……」


 シャドーさんは、空いている右手を自らの頭の上に置き、目を閉じた。その直後、シャドーさんの髪の色がクラウと同じ金色から、黒色へと変わっていた。


「今のは、君の髪の毛の黒を私に移した。いや、正確にはコピーした。あぁ、君の髪は黒いままだから心配しないでくれ」


 一瞬、俺の髪から色が抜けたかと思って慌てかけたが、黒いままらしい。この部屋には鏡がないからその言葉を信じるしかない。

 ちなみに、今はシャドーさんが魔法で作った光って浮いている球がこの部屋の光源となっている。まるでLEDのような明るさだ。


「ちなみに、左手で物に触れている時は記憶が無くても、触れている物自身の記憶から性質をコピーできるため、初見のものの性質をコピーすることも容易だ」


「あれ? そんな能力持ってるんだったら、シャドーさんの魔術なくても力集めれるじゃん。てか、完全上位互換じゃね?」


「いや、若干異なる。彼女の能力で集めた力はあくまで集められただけの別々の力で、同時に発動させることが出来ないのに対して、私の魔術の場合は属性の相性などによって掛け合わせができる。例えば、二つの火属性の魔術を組み合わせてより強力な魔術にすることもできる。力を集めるだけなら、私の魔術の方が性能は上だ」


 なるほど、クラウの場合はスキルスロットに一つずつ収まるのに対し、シャドーさんの場合はスキルの能力を合成して強化させられるようなものか。こりゃあ確かに強そうだ。ひたすら力を集め続ければ、一撃で大地を砕くほどの力にすることもできるのか……。

 うん、なんかもうクラウ万能過ぎて怖い。最強じゃん、アイツ。


「だが、恐れることは無い。私たちには二人の『冥王』がいる。微力ながら私も魔術師として戦える」


「いやいや、『冥王』の力使ったところで勝ち目ねーだろ。なんとなく分かるわ。…………て、二人?」


「ん? あぁ、言っていなかったか。アリシアくんも『冥王』だ」


「え、マジ?」


 思わずアリシアの方を向くと、ポーっとした表情でシャドーさんの方を向いていた。雰囲気は違うものの、やはり妹の面影がある少女。彼女も『冥王』だったなんて……。

 彼女は、まじまじと彼女のことを見ている俺の方を向いてから――、


「ぼくは、戦闘ではあまり役に立たないと思いますよ? ただ、とどめは刺したいと思っていますけど」


 さらっと怖いことを言ってきた。

 この世界にはマトモな女がいないのかよ……。あ、シーナさんとロトスはマトモだった。


「いや、アリシアくんには悪いが、少し方針を変更させてほしい。タクマくんが私たちの味方についてくれるのであれば、クラウディアくんを殺すという手段を用いるのは適策ではない。難易度は上がるが、彼女の無力化を狙おうではないか。おそらく、そこまでの過程で君の恨みを晴らす機会はあるはずだ」


「分かりました。それで問題ありません」


「……え? 殺さないでくれるの?」


「君がそれを望まないだろう?」


 意外といい人たちだった。あ、その分、悪い部分はクラウに入ってるんだった。


「これで君はすべての真実を知った。どうだ、私たちと一時的にだが組まないか? これは、彼女を救うことにもなる」


「あぁ、分かった。だが、もしもこの先アンタらを信じられなくなったら即寝返るからな」


「それで構わない。では、早速作戦を立てようではないか。彼女に勝つための」



 そうして、真夜中の作戦会議が始まった――。

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