連鎖~ある青年皇帝の独白~
趙恵胤は、今日も宮中奥深くにある書庫で読書に耽っていた。
口煩い侍中達が寝殿で読むようにいつも言うが、趙恵胤はそれを敢えて従わないでいる。
(何も判ってない)
この薄暗い書庫で読むからこそ、読書が捗るのだ。寝殿で侍女や宦官に囲まれていては、こうはいかない。
今読んでいるのは、この国の成り立ちから記した歴史書。趙恵胤には疑問があり、その答えを探す為に読んでいるのだ。
「この国は、いつも同じ事を繰り返す。その歴史に楔を打つ方法は無いものなのか」
趙恵胤は、その疑問を独り言ちに呟いた。
この中華に国家が成立して、数千年。一度として例外はなく、同じ事を繰り返しているのだ。それを何故止められないのか、趙恵胤には不思議でたまらない。
この国には、かつて唯一無二の帝がいた。帝は有力者を王に封じ、その権威で諸国を治めていた。
だが憂帝の時代。尚王という男が、憂帝に対して叛乱を起こした。憂帝は諸王に命じて尚王を攻めさせたが、諸王軍は逆に敗れてしまった。敗戦に腹を立てた憂帝は、禁軍を率いて親征に乗り出したが、これも尚王の前に敗北。こうなると、諸王から尚王に加勢する者が相次ぎ、勢力は逆転。いよいよ帝は捕らわれてしまった。
周囲は尚王が憂帝を廃し、新たな帝として皇弟を即位させると思っていた。が、尚王はそれをしなかった。憂帝の首を刎ねると、自ら帝位に就いたのだ。
これが、この国の行く末を決定付けた。古い権威は、新しい権力によって滅びるべきものだと、皆が思い込んでしまった。
あれから幾度となく帝が殺され、国が滅んだ。そしてまた新たな国が興り、滅んだ。全ては、尚王が帝を弑逆したからだった。
勿論、趙恵胤の先祖である初代皇帝・趙恵純も例外ではない。乱世に乗じて成り上がり、帝を殺して簒奪を果たした。同じ事を繰り返したのだ。
(帝が権力を捨てれば、同じ事を繰り返さずに済むかもしれぬ)
ふと、趙恵胤はそう思った。
権力を捨て、権威だけのものとして長く存在すれば、その血は清らかなものになる。何人にも替えられぬ崇高なものに昇華されるのだ。
そうなれば帝という存在が民の心の拠り所になり、無用な戦乱も防げるに違いない。また帝に権力がなければ、尚王のような叛徒も現れないだろう。
(だが、駄目だ。そして、もう遅い)
高々五代しか数えぬ趙氏の帝血は、まだ単なる人に過ぎない。そして、おそらく人のままで終わる運命にある。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
慌ただしい足音が聞こえた。そして、怒号。その後には、女の悲鳴が続いた。
(趙家の血脈は、結局無頼の血のままだったか)
趙恵胤は思考を断つと、ゆっくりと立ち上がった。
趙氏によって興された斉は、劉公延によって滅ぼされようとしている。
劉公延は、あの漢を興した劉氏の裔。おそらく自分を殺した後、帝位に登り漢朝を再興するであろう。
(思えば、劉氏の方が帝に相応しい血だ)
数百年続く、皇統の血筋なのだ。破落戸上がりの趙氏とは違う。
また悲鳴が聞こえた。自分の名を呼ぶ怒号もある。敵兵が確実に近付いてきているのだ。 もう逃げる場所などは無い。元より、そのつもりもない。だから、最後の場所としてこの書庫を選んだのだ。
「さて……」
趙恵胤は立ち上がると、用意していた筆を壁に走らせていく。
在位二年。齢十九、何も為さずに散る。
後世は朕を暗君と呼ぶであろう。それでもいい。
ただ中華数千年で唯一、朕は気付いた者である。
劉公延に、いや中華の民に教える為に、この先を記すべきか。趙恵胤は一瞬だけ迷ったが、頭を振って筆を置いた。
やめよう。教えない。敢えて、教えないのだ。
そして、この国は延々と乱れるといい。それが、この呪われた連鎖に飲み込まれた、朕の復讐である。
初めて三国志以外の時代(と、言っても架空ですが)を書いた習作です。
中華の歴史と日本の歴史を鑑みて、書いてみました。
何か考えて頂ければ幸いです。