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襲撃 1

「おお。重傷って聞いたが、もう治ってるじゃねぇか。神様の血ってのはすげぇな」


 西郡を治める郡主の第2子女、エルキアは護衛のユアンとともにリルの部屋へ入ってきた。そしてまるで自分の家のように椅子へ腰掛け、長い黒髪を掻き上げる。彼女の言葉遣いは粗野で乱暴だが、容姿だけを見れば美しく儚げだ。


「何しに来たんですか」


 突然の来訪に不審感を抱きながら、ハルはたずねた。寝台で上体を起こし、そして枕元に置いていた『枝』を彼女たちに悟られないよう引き寄せる。


 エルキアとユアンは、ハルと同い年で、そして8歳までの初等学校で同級生だった。しかし2人は他の女生徒から常に孤立していて、ハルは一緒に遊んだような記憶が無い。


 ユアンは魔導の家系に生まれ、本来ならば魔導師学校に通うはずだったが、彼女の両親とエルキアの父の意向で、エルキアと同じ一般の学校へ通っていた。しかし魔導師として両親や魔導兵士から特訓を受け、その能力は高く評価されている。


「見舞いだよ。使用人に果物を渡した。お前らじゃ普段食べられないような高級品だぞ? ありがたく思え」


「……ありがとうございます」


 3日ぶりに目を覚ましたハルは、ゼンの血の効力で、目に見える傷はほとんどなくなっていた。ただ魔力を使いすぎたせいか体はだるく、起きているだけでも辛かった。


 ユアンは、鋭い視線をハルに向けた。


「それだけ? せっかく姫が自ら持ってきてくれたのに。無礼な奴」


 ハルがエルキアに不遜な態度をとるのは、昨年、帰ってきてから何度か厄介な頼まれ事をされ、それを受けてきたからだ。毎回、これで終わりだと言って頼むのだが、ひと月も経つと何事もなかったかのようにまた依頼をしてくる。


「いいんだよ、こいつにはいつも世話になってるからな」


「『いつも』している覚えはないですけど」


 ハルの言葉に、ユアンは腰の短剣に手をかける。


「お前、それ以上無礼な態度をとると、殺すぞ」


「やめろ、ユアン。お前らは会うといつも喧嘩するな」


 エルキアの言葉に、ユアンは短剣から手を離した。しかし変わらずハルを睨み続ける。するとエルキアが言った。


「こいつが破壊神を手なづけてくれているおかげで、あたしたちは平和を享受できるんだ。他国からの侵略は減ったし、我が国にとって不利な条約も少なくなった。破壊神様が他国にとっての脅威になっているんだよ」


「その言い方、やめていただけますか。彼を手なづけているつもりはないし、まるで魔導兵器みたい」


「事実じゃねぇか」


「事実じゃない。そんなことを言いに来たのなら帰ってください」


 その時、ユアンは短剣を抜き、駆け出した。ハルも『枝』を杖に変化させ、それを短剣にぶつける。互いに押し合いながら、ユアンが言った。


「姫、やっぱこいつ殺しちゃおうよ」


「やめろユアン。ハルはそこそこ使える魔導師だし、あたしは結構気に入ってんだ」


「私は、正直あなたたちのことが好きじゃありません」


「あははっ! 引け、ユアン」


 ユアンは力を緩め、そして後ろに下がっていった。


「悪かった。今日はこんな話をしに来たんじゃない」


 エルキアは両手を広げ、そして低い声で言った。


「『目』が潰された」


 『目』とは、この国を空から見張る使い魔のことだ。宮殿に属する魔導師が交代で使い魔を飛ばし、国に異変が無いかを常に探っている。


「潰された……って……」


「しかも、お前がマナ・エトスとやり合っていたあの時間、あの場所を飛んでいた『目』だ。どう考えても不自然だろ? こちらの破壊神様がやったんじゃねぇのか?」


「何を根拠に……彼は、そんなことをしていないと思います」


「見られたくないものがあったんだろ。例えば、お前か破壊神様が、禁呪を使って魔石を外した場面……とかな。大体、おかしいだろ。『魔石を埋め込む禁呪に不備があったようで、マナ・エトスが魔力を使い果たしたときに自然と外れた』、っていうのは」


 きっとエモンかゼンがそのように言ったのだろう、とハルは思った。苦しい言い訳だが、自分の身を案じてくれたのだろう。


 ハルは、エルキアと視線を合わせる。彼女の藍色の瞳は全く揺らがない。


「で、禁呪を使ったのはどっちなんだ? 破壊神様か?」


「違います」


「じゃあお前か」


 ハルは、違う、と言えなかった。エルキアは口の端を持ち上げて、にやりと笑う。毎度思うが、まるで悪人のような笑みだ。


「決まりだな。だが安心しろ、お前を裁きに来たんじゃない」


「……じゃあ、何のために?」


「交渉だ。こちらの条件を呑めば、お前とマナ・エトスの罰をもみ消してやる」


「は……?」


 ハルは思わず、間の抜けた声を出した。


「不問にしてやる、って言ってんだよ。お前も、『魔石を無理やり埋め込まれた』マナ・エトスもな。優しいだろ、あたし?」


「さすが姫。やっさしい!」


 ユアンはきらきらとした目でエルキアを見つめている。彼女は幼い頃からのエルキア信奉者だ。


 ハルは、思案する。自分は置いておくとして、マナへの罰がなくなるのであれば、願ってもないことだ。しかし彼女からの過去の依頼を考えると、安易に引き受けることをためらう。


「どうする? 受けるか?」


「少し考えさせて……」


「残念だが猶予はない。今返事をしろ」


 ハルは、決意を固める。


「わかりました、受けます」


「一週間後、建国祭があることは知っているな?」


「はい……」


 建国祭とは、5日をかけて行われる祭で、隣国から独立を勝ち取った113年前からずっと続いている。祭りの期間、国民は、平和を象徴するモノの木の葉でつくった冠を玄関に提げる。ハルは、昨日からアイラがその冠を作っていたことを思い出す。


 この国は5つの郡があり、中央郡には王がいる。建国祭の5日間、王とその王子2人が1日ずつ各郡をまわって平和への祈りと宣誓を行う。


「この西群では、それぞれ3つの会場にそれぞれ王と第一王子、第二王子がいらっしゃるんだが、第二王子を襲撃する計画があると、ある筋から情報を手に入れた。そこでお前に見張りと警護を頼みたい」


「第二王子を狙うって、誰が、どうしてですか?」


「理由は不明だが、あたしたちはこう予想している。第二王子というより、国の政策に対しての抗議、そして自分たちの存在の誇示だ。我が国は魔導師の育成に熱心だったり、魔導兵士としてその力を用いている。ともすると、魔導師を優遇しているんじゃねぇかって見方もできる。だが魔導師の力は、常に侵略の危機に晒されている我が国にとって、平和を維持するために必要だ。そして国民の多くはそれを支持している。だがとある組織は猛烈に反対している」


「ドルコス……ですか」


 ドルコスとは、魔導師の撲滅を目指す組織だ。彼らは、魔導師が神の力を独占していることで差別が生み出されるとか、魔獣は魔導師が刺激するから襲ってくる、いなければ互いに平和に暮らせるなど、無茶苦茶な論理を信じている。とにかく魔導師がこの世界からいなくなれば、皆が平等に平和に暮らせると。


「お、よく知っているな。その通りだ。この国にとっては、殊更目障りな連中だ」


「なるほど、わかりました。でもどうして私なんですか?」


 この国には、他国に恐れられている『黒の魔導兵団』がいる。精鋭の魔導兵士が集められた兵団で、1人で100人の一般兵を殲滅できると言われている。


 また、各郡にも魔導兵団が置かれており、一般人と対峙するだけならばその者たちだけで十分ではないかとハルは思っていた。


「理由は2つだ。1つは、お前が魔導師学校の生徒として、とても自然に式典へ参加できること。平和を願う式典に、たくさんの兵士がウロウロするのはおかしいだろ。もう1つは、お前、弓矢の腕がかなり良いだろ。3ヶ月前、リグノア砦の防衛戦で、8匹の魔獣を弓矢だけで殺したそうじゃねぇか」


 するとユアンが口を挟む。


「姫、さっきも言ったけどこいつは腕がいいんじゃなくて、当たりをつけて風の魔法で調整するのが……」


「嫉妬すんな、ユアン。少なくとも、お前や、うちの兵士たちよりは上手い。ライドが言ってたからな」


 ライドとは、エルキアの護衛隊長を務める古参の魔導兵士だ。かつては『黒の魔導兵団』の団長だったこともある程、強い兵士だ。


「私の弓矢の腕は……まあ、そこそこだと思うんですけど、でも、弓矢を持って参加したら怪しくないですか? 他の生徒も不審に思うでしょうし……」


「お前は生徒たちから少し離れた場所にいてもらう。こちらが用意した者を学生に変装させてお前のまわりを囲むから大丈夫だ。その中にはユアンもいる」


 あからさまにハルが嫌そうな顔をすると、エルキアは笑った。






 ゼンの部屋の窓に、彼の使い魔であるイニスが降り立った。白く輝く翼を折りたたみ、ゼンに報告をする。


「この地域を治める郡主の子女が来ているようです。1週間後の建国祭で行われる式典に、見張りとして参加してほしいと」


「またあいつは面倒なことに巻き込まれるのか」


 ゼンは言い、読んでいた本を閉じた。


「ゼン様、やはり『目』は潰さずにいた方が良かったのでは……。あなたに疑いがかけられ、結果的に、魔石を取り外したのがあの人間だと見破られていました」


「ふむ……ハルは何と?」


「目を潰したのも、魔石を外したのもあなたではない、と」


 ゼンは、小さく声を上げて笑う。


「これがあいつの病的な愚かさよ。証拠など何も無いのだから、白を切り通し、私のせいにすれば良かったのだ。人間たちは私を責めることができぬのだからな」


「あの人間が愚直すぎること、他の者を疑わないことは、あなたが一番理解していると思っていましたが」


「もちろんだ。だがここまで愚かだとは思わなかった。しかし、エモンの嘘も良くなかったな。あれでは見破られて当然だ」


「あの使い魔には私から注意をしておきます」


「しなくて良い。あいつはお前のことを心から恐れている」


 神が司る獣、神獣に分類されるイニスと、人が司る獣、人獣のエモンには、天と地ほどの格の違いがある。神獣は国1つを滅ぼせるほどの魔力をもつが、獣は契約を交わした人間と念話できるのみだ。


 エモンはゼンに人間と同じような態度で接するが、初めてイニスがそれを見た時、激怒してエモンを叱責し、逃げたエモンを追い回した。ゼンが止めなければ、イニスはエモンを殺していたかもしれない。


「は……承知しました」


 イニスは、形の良い頭をくるくるとまわす。


「しかし私にはわかりません。なぜあなたはそこまで、あの人間を気にかけるのですか?」


「それは、あいつが私の……        ……だからだ」

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