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「ハルー? ハルちゃん? どこに隠れたの?」


 息を潜めながら、ハルは木々の陰に隠れていた。林の中に逃げ込んだのは正解だったが、マナの隙を突けずにいた。どうしようかと考えあぐねていたところ、マナの声が響く。


「ああ、もう面倒くさい。ゼ・ファル・アキドア……」


 それを聞いて、ハルは耳を疑った。が、疑っている場合でないと思い、駆け出す。


 後ろから、風のうなる音と、木々の倒れていく音が聞こえる。物体を切り裂く第1級の風属性の魔法だった。


 林を抜け出したハルは、目の前が溜池であることに気づき、踏みとどまる。湖と呼ぶ方が相応しいような広い溜池だった。池の中央には橋がかかっている。


「見つけた」


 後ろから声がし、ハルは足元に素早く土の紋章を描き、そして溜池に飛び込む。そして真ん中あたりまで泳いでいったところで振り返る。


 林の木はほとんどが倒され、億劫そうにそれを避けながら、マナは溜池の縁まで来た。


――いくら魔石を取り込んだとしても、第1級の魔法を2つも使えば、もう魔力は残り少ないはず……


 しかしマナは、杖を掲げる。


「馬鹿ね、水の中に逃げるなんて。ハラワタを引きずり出せないのが残念だわ……イル・ロッド・ザイン……」


 溜池全体の水面に、水の紋章が浮かび上がる。


「嘘でしょ!?」


 ハルは自分の足元に杖の先端を当てる。


「イル・ロッド!」


 氷塊が出現し、ハルはその氷塊を踏んで飛び上がる。そして次々と足元に氷塊をつくり、それを足場にして飛んで渡っていく。橋めがけて大きく飛んだとき、池全体が一瞬で凍った。


 橋面に飛び込み、襲ってくる冷気に身を固くする。


「あははっ! 器用なことをするものね」


 ハルは体を起こし、橋の手摺から顔を出してマナの様子を伺った。


――もう少し、左……


「でも、逃げてばっかりでつまんない。もう橋ごと燃やし尽くしてあげる」


 マナは、杖を高く掲げる。


「ハ・ドラ・ザイン……」


――冗談にも程がある……!


 凍った池全体に、火の紋章が浮かび上がる。ハルは駆け出し、詠唱を阻害するために魔法を唱える。


「ハ・ドラ!」


 炎の玉がマナに向かって放たれる。するとマナは詠唱なしで氷の結界をつくりあげた。無声による魔法の発動は、より多くの魔力を消費する。


――なんで、避けない……?


 ハルは不思議に思いながら、一刻も早くこの場から離れようと自分に身体強化の魔法をかける。マナが魔法の詠唱を再開し、ハルは橋面を蹴って飛び出した。


「イル・バト!」


 自身に氷の結界を張った瞬間、池の氷が一瞬で蒸発し、炎が吹き上がった。


「ああっ……」


 地面に倒れ込んだハルは、直撃を避けたが、半身に火傷を負った。服と髪は焦げ、むき出しだった皮膚は黒くなっている。痛みで体が痺れるようだった。


「どうして対岸に行かず、こっちに逃げてきたのかしら。そんな判断もつかないくらい、余裕が無かった?」


 マナが、近づいてくる。


「違うよ」


 ハルは体を起こし、刺すような痛みを堪えながら立ち上がる。


「マナを正気に戻すためだ」


「……いい加減にしてよね。あんたのそういうところ、大っ嫌い」


 その時、マナの足元が一瞬光り、土の魔法が作動した。地面がせり上がり、彼女の足元が土で覆われていく。対象の動きを封じ、一時的に魔導の力を封じる土属性の魔法だ。


「こんな貧弱な魔法……」


 マナは杖を地面に刺して支えにし、足を抜こうとする。しかし力が足りないようで、杖までも土に覆われていく。


 ハルは、駆け出す。身体強化の魔法はまだ持続している。


「魔導実技は、こういう時に役立つんだよ」


 ハルは右の拳に力を入れ、マナの鳩尾を突く。低い呻き声をあげ、マナは倒れていった。それと同時に、土の魔法が解呪される。


 ハルは疲労で体の力が抜け、地面に膝をつく。今すぐにでも、意識を閉じてしまいたかった。しかし――


「おい、ハル、無事か!?」


 エモンの声がし、間もなく自分の横に降りてきた。


「うおっ、ひどい怪我してるじゃねぇか。待ってろ、今国警と医師をこっちに……」


「呼ばなくて大丈夫。骸骨……倒れていた女性は、無事?」


「ああ、応急処置をして、病院に運んでもらった。命には別条ないって……お前も早く、手当を」


「マナの体から、魔石を外す」


「はぁ?」


「このままだとマナは、魔獣として処分されてしまう」


「ふざけたこと言ってんじゃねぇ! お前、今にも倒れそうじゃねぇか。これ以上魔法を使えばお前の命が……それに、魔石を外す魔法だって、禁呪ってやつじゃねぇか。埋め込む魔法の手がかりになるとかで……」


「……でも、マナが処分されるくらいなら、自分は罰を受けたって構わない」


 ハルは、マナの上衣の留め具を外し、胸に埋まっている魔石に手を触れる。


「……このまま、魔獣として処分されることが、こいつへの罰じゃねぇのか」


「マナは、道を探していた」


 ハルは、光の紋章を指で描く。しかし、失敗を示すように手が光で焼かれる。指先から血が滴った。


「こんなことで、終わらせちゃいけない。それに、魔石をマナの胸に埋めた人物がどこかにいる。その手がかりが消えるのは、国にとっても痛手のはずだ」


「まともっぽいこと言ってるけどな、無茶苦茶だぜ、お前……」


 ハルは火と水の紋章を試す。しかしどちらも符合せず、光が弾けた。手は真っ黒になり、感覚がほとんどなくなっていた。そして、自分の意識ももう限界を迎えようとしていた。


「取り出す、外す、元に戻す……必要元素は何だ……?」


 ハルは意識を失わないようつぶやきながら、昨日読んだ本の一文をふと思い出す。


『光と闇は四元素とは異なり、身体を強化させるものが光であり、弱体化させるものが闇であるとしています』


「そうか……魔石を埋め込むのは、身体強化なんだ……」


 ハルは、闇の紋章を描く。何も起こらないが、これは符合したということだ。


――魔石を取り出すことが、弱体化……闇の魔法


「リ・クォルア・ジュナ……」


 魔石が黒い光りに包まれた。ハルは魔石に手を当てながら、最後の力を振り絞って魔法を唱え続ける。


「アキドレ・タハマ・ティトス」


 その瞬間、魔石がマナの胸から浮かび上がり、空いた黒い穴は一瞬で消えた。


「良……かっ……」


 ハルは体中の力が抜け、地面に倒れた。


「おい、ハル! もう少し頑張れ! すぐに人を……」


 エモンが血相を変えていた。


――エモンって……表情豊かだよなぁ……鳥なのに……


 そんなことをぼうっと思いながら、ハルは瞼を閉じる。以前にもこんなことがあったような気がする。誰かが自分の手を引いて、深く暗い、穏やかな眠りに引き込もうとする。


「まったく。無理をしおって」


「旦那!?」


 ハルは、何かが自分の頬に触れたのを感じる。まるで父のような、温かく、大きな手だ。


 突然、唇を塞がれ、何が起こったかわからずにいると、生暖かいものが舌に触れた。


「!!!???」

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