5
放課後、ハルはマナへの連絡事項を書いた担任からの紙を持って、マナの家へ向かった。
「え? お嬢様は帰ってきておりませんが……」
使用人の女が言い、ハルは、冷や汗が噴き出るのを感じた。気がつくと、駆け出していた。
――エモン! 聞こえる?
ハルは走りながら、家にいるはずのエモンに呼びかける。
『何だよ?』
――探して欲しい人がいるの! 級友のマナって子で……
『どのあたりだよ?』
――ごめん、わからない……学校からそんなに遠くへは行ってないと思うんだけど……
『おまえなぁ……! この街、どれだけクソ広いと思ってんだ……』
――お願い! 干し肉2倍にするから!
『……ったくもう』
図書館や、学校近くの公園、学生が集う甘味屋など、マナが行きそうなところをハルは探し回った。
『ハル、そろそろ時間切れだ。暗くて地上が見えなくなってきた』
エモンからの声が届く。
――もう少し……あとちょっとだけ
『俺の鳥目をなめんな! まだ完全に光は沈んでいないが、地上のものが識別できなくなってきている』
ハルは走りながら、遠くの光星を見やる。
もうマナを見つけることは難しいだろうか。いや、これだけ探してもいないのだから、ひょっとしたら家に戻っているのかもしれない。明日、マナはいつも通り登校するかもしれない。けれど……。
――この胸騒ぎは何だ? 何か良くないことが起こる気がする……
その時、エモンの声が響く。
「見つけたぜ、ハル! 南の溜池公園だ! 中央の噴水近くに1人でいて、別に変わったところは見受けられないが……あ、誰か来た」
「ありがとう!」
ハルは方向を変え、全力で走る。
すっかり暗くなった溜池公園は、不気味な空気を含んでいた。人の姿はなく、耳を澄ますと水の流れる音が聞こえる。
ハルは、公園の中央にある噴水を目指して走った。その時、何かが一瞬光った。そして、女性の悲鳴。
咄嗟に、ハルは上衣の内袋から『枝』と呼ばれる1本の黒い棒を出す。
「ルト!」
魔法を唱え、棒を身の丈ほどの杖に変化させる。その先端には黒の魔石が埋め込まれており、それは魔力を集中させ、魔法を発現させる役割を持つ。
噴水の陰に、マナの姿があった。そしてその足元に、女性が倒れている。マナは、杖を女性の腹に突き立てていた。
「何をしている!」
ハルは叫び、杖の先端をマナに向ける。
「ハ・ドラ!」
魔法を唱えると、炎の玉が出現し、マナに向かって放たれた。
マナはそれに気づいて杖を抜くと、魔法を唱えた。
「イル・バト」
彼女のまわりに氷の結界ができ、それは炎を打ち消した。
ハルは倒れている女性のもとへ行くと、それが骸骨であることがわかった。骸骨は気を失っているようだったが、腹からは血が溢れ出ている。
「どうして……」
ハルは、エモンに呼びかける。
――エモン、国警と医師をここに向かわせて
『は? おいおい、まさか……』
マナを見ると、口元に笑みを浮かべていた。
「どうして、って……わかるでしょ? こいつ、あたしに恥をかかせたのよ」
その視線はうつろで、真っ暗だった。まるで底無し沼のように光が無かった。
「せっかくハラワタを取り出してやろうと思ったのに、気絶しちゃうんだもん。つまんない。でも……」
マナは、杖の先端をハルに向ける。
「新しいオモチャがきたから、いいわ。あんたのお腹、グチャグチャにかき回してあげる」
「その前に、1つ質問」
骸骨を庇いながら戦うのは難しい。国警が来るまで時間を稼がなければいけない。
「あなたが先生をこんな風にできるとは思えない。覚醒したの? それとも、魔石を取り込んだ?」
ハルは、恐らく後者だろうと思った。以前、魔石を取り込んだ者を見たことがあったが、それとそっくりだ。変に気持ちが高ぶっており、残虐的になる。
「知りたい?」
しかし口調には抑揚がなくなる。魔獣の中で人の言葉を真似、人をおびき寄せるものがいるが、その口調と同じだ。
「うん、どうしても知りたい」
「両方よ」
マナは、杖の先端で地面に何かを描き始める。
「魔石を取り込んで、覚醒したの」
暗闇に、火花が散った。ハルは咄嗟に結界を張る。
「イル・バト!」
その瞬間、炎風が吹き荒れる。ハルは、自分と骸骨を覆う結界が壊されないよう、手を前に出し、結界に魔力を供給しつづける。
それが止んだあと、マナは関心したように声を上げた。
「すごい。これ、1級の魔法なのよ」
ハルは結界から飛び出すと、光の紋章を指で自分の腕に描き、身体強化の魔法をかける。マナまで一気に距離を詰めると、杖を振り上げ、力一杯振り下ろす。
しかしマナは、風の魔法を唱えてハルの体を押し戻し、自分は後退して杖をよけた。
「身体強化なんて、私の魔力の前じゃ意味が無いわ」
マナが杖を振った瞬間、ハルの体は飛ばされる。しかし空中で体勢を整えて地面に降り立つと、林の中に飛び込む。
マナは骸骨を見て、それからハルに視線をやった。
「私と遊びたいんでしょう?」
ハルの問いかけに、マナは口元を歪めた。
「いいわ。遊んであげる」