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序章

 ハル・オグノアは凡庸な魔導師の家系に生まれ、凡庸な魔導師として生きていく――はずだった。しかし彼女が12歳の時、運命が大きく変わってしまった。


 何者かに両親を殺され、その両親を蘇らせるために、どんな願い事も叶えるという『輝石』を集める旅に出た。『輝石』は5つの欠片として世界中に散らばっていて、それらを5年かけてようやく探し出した。いくつもの困難があった。何度も諦めかけた。


 やっと幸福で穏やかな日々が戻ってくると、そう信じていた。弟のティアも喜ぶことだろうと思った。しかし今目の前にいるのは、神々を殺戮し天上界を滅ぼした、破壊神ゼン・アルドアだった。




「防御魔法を唱えながら同時に仲間を庇うとはな。人間にしては、上出来といったところか」


 左肩から先の感覚が無い。ハルはこみ上げてくるものを堪え切れず、嘔吐した。口の中が血の味で満たされる。


「しかしお前が庇った仲間は、既にお前を見捨てていったぞ。不幸な奴だ……言い残すことがあれば聞いてやる」


 金色の視線が自分に向かっている。ハルはぼんやりと、死ぬのだな、と思った。目の前が霞み、見上げる破壊神の姿が分裂する。


「ありま……せん。何か聞きたいことがあれば……私の息があるうちにどうぞ……」


「変わった奴だな。死にかけているというのに」


「聞きたいことが……あるのでしょう。でも皆、あなたを恐れて近づかない……言葉すら、聞かない……」


 沈黙が訪れる。ハルは、自身の体が鉛のように重く、気を抜けばそのまま沈んでいきそうだった。


「では答えてもらおうか、親切な人間よ。私が封印されてから何年経っている?」


「1005年……の筈です……」


「神々はどうなった? あの時生きていた者は寿命で死んでいるだろうがな。その子孫はいるのか」


「生きている神はいません……残った神は3神です……そのうち、2神が人間と交わり子を残すことを選びました」


「人間と交わる…だと」


「残ったのは……女神2人と、既に生殖能力を失った男神……でした」


「神のみで子は作れなかったのか。今となってはどうでも良いが……そうか、それで合点がいった。なぜ人間が魔力を有しているのか。神の血を受け継いだからなのだな」


 ハルは掴んでいた意識が手から離れていくのを感じた。父と母が、もういい、と手放させたようだった。一緒にいこう、という声が聞こえる。しかし、これだけは言わなければと、声を振り絞る


「ゼン様……お願いが……」


「なんだ?」


「どうか、世界を……滅ぼさないで……ください」


 父と母が愛したこの世界を、私が愛したこの世界を、皆が守ってきたこの世界を、どうか壊さないで欲しいとハルは願った。




 ゼンは、黙って人間の少女を見つめていた。彼女の頬には一筋の涙が流れていた。それが悲しみなのか、悔しさなのか、判別はつかなかった。間もなく、完全な死が訪れようとしている。しかしまだ尋ねたいことがあり、この少女以外に答えてくれる者はいないと思った。


 ゼンは、剣で手の甲を切り、その血をハルの唇の上に垂らした。そして遠くの巨大な柱を見やる。それはかつて自分が折った柱で、今は蔓に覆われている。何もかも終わっていた、自分が終わらせたのだと思い知る。








 ハルは目を開け、ぼんやりと夜空を眺めた。死後の世界に来たのだと思ったが、傍らに立っているゼンを見て心の底から驚いた。


「……!」


 ハルは体を起こし、後ずさった。まさか死後の世界にまでついてくるとは思ってもみなかった。


「目覚めたか」


「え? あの、ここは……」


「何を寝ぼけておる。先程と同じ場所だ」


 ハルは慌ててあたりを見回した。時計塔の屋上、自分が死んだと思っていた場所そのものだった。


 不意に冷たい風が吹き、ハルは身をこわばらせた。見ると左腕があり、しかし袖はなく露出していた。


「治ってる……?」


「私が血を与えたせいだな」


「血を!?」


 昔の言い伝えで、神の血は、人間にとって万薬だったという。どんな怪我も、病気も、一滴でたちまち治癒する。


 しかし、神が人間に血を与えることは滅多に無い。一度血を与えてしまえば、それを求める人間が殺到したからだと、歴史書で読んだことがある。


「どうして……」


「まだ尋ねたいことがあった」


「はぁ……」


 ハルはゼンに向き直り、居住まいを正した。不思議と恐ろしさは無かった。


「そなたが魔法を使えるということは、私を封印した神の子孫……ということだな?」


 一瞬、背中が冷えた。が、自分がその子孫という事実は明白だ。この破壊神を目の前にして、取り繕うことは不可能だとハルは思った。


「はい、そうです」


「そもそも、なぜ私を目覚めさせた?」


「それは、私も実は良くわかっていなくて……『輝石』を集めればどんな願いも叶うって、魔導師協会の会長に言われて、集めたんです。死んだ私の両親を甦らせたくて……」


「『輝石』に願い事を叶える力など無い。なるほど、騙されたのだな。先程逃げていった男が、会長という者か?」


「はい、そうです」


「あの男の口ぶりからすると、あいつはお前を騙して『輝石』を集めさせ、私の力を利用して良からぬことを企んでいたようだ……まあいい。魔法を使う者たちは国を統治しているのか?」


「いえ、統治は別の人です。王様と宰相、大臣と呼ばれるたちがいて、その人たちが政治の一切を取り仕切っています。魔力を持った者が政治を行えば、国が傾くのは歴史を見ても明らか……だとか」


「我々の歴史のことを言っているのだな。では魔法を使う者は、何をしているのだ?」


「魔導師として、魔獣討伐を行っています。魔獣は時々街に紛れ込んできたり、街道で人を襲ったりするので、魔導師が駆除をします」


「ふむ。下級神が行っていたことを、今は魔導師と呼ばれる者たちが行っているのか」


 その時、ハルの腹が音を立てて鳴った。恥ずかしさで腹を抑え、俯く。


「……わかった、もう良い。礼を言う」


 ゼンは立ち上がり、外門の方を見た。慌ててハルも立ち上がって言った。


「あの、これからどうされるつもりで……」


「さあ……まだわからぬな。世界を見て回るか、どこかの孤島で寿命が尽きるまで過ごすか」


 その横顔が、ひどく悲しげに見えた。ハルは放っておけない、と思った。


「あの……今晩だけでも、私の家に泊まっていきませんか」


 ゼンは怪訝そうに、首を傾げる。


「私は破壊神と呼ばれ……それに、そなたを殺しかけたのだぞ。いつまた殺すかもわからぬだろう」


「それは、仲間が突然あなたを攻撃をしたからで……反撃したのは、仕方なかったと思います。今だって全然、殺気なんて無いですし……」


「そなたが私の問いに答えてくれたからだ。しかしいつ気が変わるかわからぬ」


「私……あなたのことは、歴史の授業で学びました。あなたが何をして、どうやって天上界を滅ぼしたのかも、知っています。でも、あなたがそんなひどいことをする神様とは思えないんです」


「何を根拠にそう言っておるのだ。私は神々を殺し、天上界を滅ぼした。そなたが学んだ、その事実に相違ない」


「でも……あなたは苦しんで、悲しんでいるように見えます」


 ハルは、鋭い視線を向けられた。一瞬で捻り潰されてしまいそうな程に強い視線だった。


「私に慈悲を与えるつもりか、人間如きが」


「慈悲など……そんなものは与えませんし、何の役にも立ちません。私があなたに与えられるのは、暖かい食事と、寝床だけです」


 ハルは真面目に言ったつもりだったが、ゼンは小さく笑った。


「……そうだな、一度くらいは人間の世話になるのも悪くない。行ってやろう、人間よ」


 ハルは拍子抜けをし、同時に安堵した。とりあえず一晩は世界が無事であるようだ。


 まずハルは、下で待機していた国警のトールに話をつけ、ゼンを自分の家へ滞在させることに同意してもらった。ハルの家のまわりに警備はつくが、敷地内には入らないとトールは約束した。




「ここが私の家です。ゼン様の住んでおられた宮殿よりはだいぶ小さくて窮屈かもしれませんが……」


 家を見上げながら、ゼンは言った。


「人間にしては良い家に住んでいる」


「ご先祖様が財産を築いてくれたおかげです。魔導師の仕事は危険ですが、その分報酬も良いので」


「なるほど」


 ハルは家の扉を開け、使用人のアイラに何と言おうか考えあぐねた。破壊神と呼ばれた神様をつれてきた、などと言えば、気絶してしまうかもしれない。


「お帰りなさいませ、お嬢様。遅かったですね、夕飯はとっくにできておりますよ」


 調理場から出てきたアイラは言い、じっとゼンの方を見た。


「あ、アイラ……あのね、こ、この方は……」


 何と言えば良いのだろう。うまい言葉が見つからない。アイラは、短くため息をついた。


「お嬢様、お客様をつれてくる時は事前に仰ってくださいと、前にお伝えしましたよね?」


「う……うん? はい」


「まったくもう……今から料理を作り足しますから、先にお客様へ食事を運んであげてくださいな」


 そう言い、アイラは調理場へ戻っていった。ハルはひとまず胸を撫で下ろし、ゼンを居間へ案内した。

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