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ごぼ天とりそぼろうどん

作者: ふどー

 めぐみは腹を立てていた。腹が減って腹を立てていた。なぜ女子高生が日曜日の11時にうどん屋の店頭で1人で順番待ちする羽目になったのか。めぐみは昨日のここのとしんかいとの会話を思い出していた。


 「ってことで、4千円の鰻を食べてきたのよ。流石に高いものは伊達じゃないわね!今まで食べてきたのはなんだったのかと思っちゃったわ。」

 「ここの、あなた若いうちから良いもの食べ過ぎると齢取ってから食費に苦労するわよ?」

 友人と行ったカラオケでひとしきり歌った後、話題はメシバナに移っていた。

 「めぐみほどじゃないわよ……。こないだ壱岐牛の陶板焼き・鮑の磯焼き・生ウニ丼食べてたーっつってあたしを羨ましがらせたのは、めぐみじゃないの。忘れたとは言わさぬよー?うふふふふ。」

 「笑顔が怖い。それに顔近いのだわ。なにもあれはあなたを羨ましがらせる為なんかではなく、連休にどこに行ったか聞かれたから答えただけなのだわ。」

 「だって女子高生が夏休み初日から壱岐旅行してるなんて思わないじゃない!こんなに細い体のどこにあれだけのご馳走が入るってのさ!ズルい!」

 「ズルいってなんなのよ……ここのこそタイキック部で体絞ってるじゃないの。」

 「いいなあ、ふたりとも。あたしが最近食べたおいしかったものなんて、新しくできた駅前のうどんくらいよ。」

 「いいのよしんかいちゃんは。安くておいしいお店知ってるしんかいちゃんのおかげで、あたしたちの食生活は豊かになったのよ。」

 「なんでここのが自慢げなのよ……。ところでしんかいちゃん?その駅前のうどんとやら、詳しいお話を聞かせてもらってもよろしいのだわ?」


 「結局、いつもは冷静なしんかいちゃんから“ごぼ天とそぼろがヤバイ”以上の情報が得られなかったのは残念だったのだわ……。」

 炎天下のめぐみはひとりごちた。ここのとしんかいは部活だ。ここにはいない。今頃二人でタイキック部顧問の春原の尻を思う様蹴りまくっているはずだ。いまいち活動内容が判然としない部活である。まあ、今はどうでもいいことだろう。

 大体なんで正午前からこんなに順番待ちの列ができているのか。これはわりと有名店だったのか。こんなお店がノーチェックだったとは意外だった。私ともあろうものが不覚!女将を呼べい!

 などと心の中で食通ぶって待っていると、ようやく店内に入ることができた。久しぶりの冷房に生き返る心地だ。カウンターに案内されたのですかさず注文する。

 「そぼろうどんにごぼ天トッピングでお願いします。」

 「ミニごぼ天ですか?」

 ん?とメニューを見直すとなるほど、ミニごぼ天100円とごぼ天200円とある。

 「大きいほうで。」

 「かしこまりました。そぼろ、ごぼ天トッピングで!」

 やれやれ、これであとは出来上がりを待つばかり。お冷やを一口飲んで店内を見渡す。明るい雰囲気の店内だ。やっぱりおいしいものは綺麗なところで食べたいものだ。

 しんかいは九州うどんの良いお店だと言っていた。めぐみは九州のうどんが好きだった。昆布だしがあっさりとしていて、麺が適度に柔らかいのできちんと咀嚼しやすい。コシの強いヤツはどうも一気に飲み込まないといけないような気分になる。嫌いではないのだけれど。

 めぐみはごぼ天も好きだった。ごぼ天ほど店ごとの個性が出るメニューはないのではないか。あの店はきんぴらのような細切りをかき揚げに、またあの店は15センチくらいのぶつ切りをそのまま天麩羅に。

 さてここはどんなごぼ天が出てくるのか。慌てるんじゃない。私はうどんを食べたいだけなんだ。


 「お待たせしました、そぼろうどんとごぼ天です!ご注文は以上でよろしいですね?」

 「アッハイ」

 「ごゆっくりどうぞ!」

 元気の良い店員の声で目の前のうどんに気がついた。

 アイエエエ!?ゴボテン?ゴボテンナンデ?

 唐突にGRSゴボテン・リアリティ・ショックを発症するものの、すぐに正気を取り戻す。

 これは一体どうしたことだ。多少のことでは驚かないつもりだったが。

 運ばれてきた丼は、一面の平らなごぼ天に覆われてていた。面積は丼の口径を越えていた。そのままでは中身が見えない。

 「これどうしたらいいの……。」

 さてどうしようかと途方にくれていてもうどんが伸びてしまう。なんとか端っこをうどんの汁につけてほぐしながらやっつけることにしよう。

 この店のごぼ天は百点満点で言えば2万点だった。おそらくは素材が良いのだろう、薄く斜め切りにされたごぼうは食感を残しながらも柔らかい。汁を吸った部分は衣が柔らかく、口の中でほぐれていく。汁につけてない部分も口の中に投入するとぱりぱりとした食感が心地よい。これはけしからん。いいぞもっとやれ。

 ここでようやく見えてきた汁の水面からうどんをお救い申し上げる。まだごぼうが口の中に残っているが構うものか。ごぼうのうま味とうどんを同時に味わう幸せ!汁のうま味も……あれ?これは昆布だしのうま味だけではない?ああ、そういえばそぼろも入っていたんだっけ。何の気なしにレンゲでうどんの汁を掬い、口に運ぶ。そのときめぐみに電流走る。

 これはそぼろではない。いや、これまで食べたそぼろとは違う何かだ。だってそぼろってもっとこうミンチを炒めてほぐした的な?肉の粒はもっと細かいはずだ。ところがここに出されたそぼろは肉の形が残っている。これは機械にかけてミンチにはせずに、わざわざ刻んでいるのか。噛めば肉の食感がぐっと返ってくる。肉汁が口の中に広がる。憎憎しい、肉肉しい肉だ。うまい。うまあじ。


 ごぼう、うどん、そぼろの三重奏が心地よい。半分ほど食べたところで、一旦お冷やでリセット。私としたことがごぼ天うどんで我を失いそうになるとは。うどん侮るべからずなのだわ。そういえば一味唐辛子を入れ忘れていた。あれは味のアクセントになっていい。暑い時の唐辛子もまた乙なものなのだわと調味料立てを見て、めぐみは今日何度目かの驚きに見舞われた。

 「柚子胡椒……ですって……!?」

 一味唐辛子の瓶の横に柚子胡椒の瓶が立っていた。あれはおでんに入れるものではないのか、柚子胡椒って。ただのカラシより風味がいいのは認めるが。この店のメニューにもおでんは無かったはずだ。これをうどんに入れろということか。こんなのはじめてなのだわ。目標変更。一味唐辛子に伸ばしていたはずのめぐみの手がつかんだのは柚子胡椒。

 中身は結構細かい粉末状だった。ペースト状の柚子胡椒よりもまんべん無く溶けそうだ。迷うことなく振り掛ける。どんな味わいに変わっているだろうか。まずは汁を一掬い口に運ぶ。

 さわやかな辛味とうま味が口の中を塗り替えていく。柚子の香りが鼻から抜けていく幸せ。これをうどんで味わうことになるとは!柚子胡椒を知っていながらこの組み合わせに気付かなかった過去の自分を呪いたくなる。いや、前向きに考えよう。今度からはうどんに柚子胡椒を使うことができるのだ。こんなに嬉しい事は無い!残りのうどん・ごぼ天・そぼろも一気にやっつけていく。


 気がつけば丼は汁も残さずからっぽになっていた。

 会計の際にご馳走様でしたと声をかけると、元気のいい店員氏もにっこりと微笑んでいた。

 暑い夏の日差しの下に出ると、先ほどと変わらず吹いていた暑い風が心地よい。うどんでかいた汗のおかげだ。


 暑い時に涼やかな料理もいいけれど、熱い料理でしっかり汗かくのも悪くないのだわ。

 明日はしんかいといっしょにここのを羨ましがらせよう。そう思いながら家路につくめぐみだった。

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