さよならへのリミット
私には彼氏がいる。
と言っても遠距離恋愛なんだけどね。
名前は黎汰。幼馴染だった人。
「僕が侑を守るよ。」
そう言ってくれた幼稚園の頃の約束。
でも私が引っ越すことになってしまって、そのまま連絡も途絶えてしまった。
それから9年。
私は黎汰が忘れられなかった。
さすがに幼稚園の頃の約束に縋っていた訳ではないが、黎汰くらい優しい人なんていなかった。
ある冬、私の携帯が鳴った。
差出人は知らないメアド。
普段なら開かないのに、無意識に開いてしまっていた。
黎汰から、だった。
『よっ!久しぶり。黎汰です。
俺のこと覚えてるかな?
年賀状にメアド書いてあったから、メールしてみた。届いてるといいんだけど。
返事、待ってる。』
そう書かれていた。
いつの間にか「僕」から「俺」に変わっていて、でも、優しい物言いは変わらなくって。
嬉しくなって、すぐ返事をした。
それ以来、毎日メールをしているうちに私は黎汰のことをまた好きになってしまった。
写真見せてもらったけど、黎汰はイケメンになってるし、彼女だっているはずなのに。
それでも好きでいることくらい、と開き直って諦めなかった。
いきなり、電話が鳴った。
「もしもし?」
『やっほ。話すのなんて何年ぶりかな?
メール打つの面倒くさくてさ。電話しちゃった。今、大丈夫?』
聞きなれない低い声。でも愛しい声。
「全然大丈夫!電話しよっ!」
一気にテンションが上がって、ついでに顔の熱も上がった。
『あのさ、本当にいきなりでごめんね。
もしかしたら引かれるかも。』
「何?いきなり。黎汰らしくない。」
『本当にね。俺らしくないや。
俺さ、侑のことが好きなんだ。
付き合って、とかは言えない。
距離が距離だもん。
でも、好きだよ。』
夢だと思った。
嬉しくて、泣いてしまったんだ。
電話の向こうで、戸惑ってる声が聞こえた。
私は泣きながら言った。
「私も、ずっと好きだった。
黎汰が誰よりも大切だった。
黎汰が言わないなら私が言うよ。
好きです。付き合って下さい。」
電話で、ってのが少し不服だったけど。
黎汰は少し照れたように唸って
『よろしくお願いします。』
と言った。
最高の夜だった。
あの日、私は黎汰の彼女になったんだ。
「最高に幸せだったなぁ」
私の声が漏れる。1人の部屋に響く。
幸せだったあの日の夢を見てしまった。
冬の夜に机に突っ伏して寝ていた。正直寒い。
フラフラとリビングに行く。
テーブルの上には3万円。
母親はいつの間にか帰ってきて、また何処かへ行ってしまう。
ここ数年ずっとそうだ。
父親はいない。
だから私は独り。家に、たった独り。
黎汰との電話が、黎汰とのメールが孤独を感じない唯一の時間だった。
学校にもどこか馴染めないから。
最後に会ったのは去年の冬休み。
それしか会ってない。
でも言ってくれた。
「俺はずっと侑といるから。」
独りじゃない。そんな気がして。
嬉しかった。縋ってしまった。
黎汰は受け入れてくれた。
離れないと言ってくれた。
愛しくて堪らない。この気持ちは変わることはないだろう。
それなのに、それなのに黎汰は。
…食欲がない。今日も夜ご飯は食べなくてもいいか。
私はフラフラと部屋に戻った。
勉強も終わったし、する事もない。
考えるのがもう嫌で、ベットに入った。
横になり、スマホのホーム画面を開く。
もう、ずっとメールが来ない黎汰のメアドを眺める。
一筋の涙が伝った。
この寒い夜に想うのは黎汰だけ。
黎汰の声が聞きたい。
抱き締めてくれた時の腕が恋しい。
今、ここで黎汰に抱き締めて欲しい。
本当に微かにでいいから。
独りじゃない、そんな証が欲しい。
それなら1人に耐えられる気がしたから。
でも、それはもう叶わないんだろう。
黎汰のプロフィールを消そうとした。
でも、出来ない。
まだ諦められないよ。
「別れくらい、ちゃんと言ってよ…」
黎汰に会いたいよ。
そのまま、眠りについた。
朝、アラームが鳴る。
…いや、違うな。
今日は土曜日だ。
土曜日には絶対にアラームセットはしない。
意識が覚醒していく。
そして気が付いた。これは、玄関チャイムの音だと。
うちの玄関チャイムは音楽のやつ。
だから聞き間違えたんだ。
…って、冷静に判断してる場合じゃない!
私はダッシュで着替えて、ドアを開けた。
開けたのを少し、後悔した。
だって、そこには。
私は涙が出てしまった。
目の前に立っていたのは、私が昨日会いたいと願った黎汰だったから。
「久しぶり。」
「な、んで…?」
なんで、だって、黎汰は。
「彼女に会いに来るのに理由は必要?」
そう言って黎汰が微笑む。
あり得ない、あり得ないけど、嬉しくて。
黎汰に飛びついた。
黎汰は少しバランスを崩したけど、そのまま私を抱き締めてくれた。
「うわ。黎汰冷たすぎ!」
「そりゃあ、冬の夜にこっちに向かったら冷たくなるよ」
そう言って笑った笑顔はどこか寂しげだった。
でも私はそれに気がつかないフリをした。
とりあえず、家に上がってもらい、お茶を出す。
そのあとは色んな話をした。
話してるこの時間が夢じゃないことがとても嬉しくて。
目の前に黎汰がいることが信じられなくて。
時間が止まればいいのに、って考える。
随分と話し込んでいたようで。
ふと外を見るとだいぶ暗くなっていた。
「黎汰いきなり来たけど、泊まるとこは?」
「ないよ」
やっぱりね。黎汰は思いつきでやるときがあるから準備が足りないときがある。
「どうするの?」
「野宿?」
そう言ってへら、と笑った。
シャレにならないからやめようか。
「うち泊まる?いつまででもいていいよ。」
「今回は、お言葉に甘えようかな。」
そう言って私に抱きついた。
いつに無く積極的な気がしたけれど、嬉しいから別に気にしなかった。
それから数ヶ月。
黎汰はずっと私の家にいた。
食事はもともと余っていたのがピッタリになっただけだったから、そんなに困らなかった。
それに、黎汰は私の部屋にいたり、昼間はこの辺りをブラブラとしてるから私の母には見つからないらしい。
まぁ、母は私のことなんか気にしないってのもあるんだろうけれど。
だからこそ黎汰の笑顔には何回も癒された。
嫌なことがあった時、息苦しくなった時、独りが悲しくなった時。
ずっとそばにいてくれた。
優しくて、暖かくて、黎汰が大好き。
だからこそ、かな。
黎汰がたまになる悲しげな瞳とか、震えている手。
全部気がついてしまうんだ。
「黎汰、大好き。」
「いきなりどうした?」
何故か急に寂しくなってしまい、思わず囁いてしまった。
黎汰は驚いて、そのあと真っ赤になって照れた。
照れ方が昔から変わらなくて、懐かしい気持ちになった。
私は何年この人を愛してきたのだろう。
もう10年は越えてしまう。
そう思うと、すごいなって思って。
「俺も、大好きだよ。」
黎汰はそう返してくれた。
笑みが溢れてしまう。
本当に幸せで、弾けてしまいそうだ。
ふと黎汰を見る。
その眼には涙が浮かんでいた、気がした。
浮かんでいなくても、とても寂しそうな、悲しそうな。
綺麗な瞳。でも今だけはとても暗い瞳に見えてしまう。
やめて。そんな瞳をしないで。
考えてしまうから。
「黎汰、どうしたの?」
黙っているのが辛くて、思わず聞いてしまった。
答えなど、わかっているくせに。
「何でもないよ。」
ほら。やっぱり。
そう言って黎汰は笑うんだ。
笑顔とは言えないくらい、悲しみに満ちた笑顔で。
私ね、本当はわかってるんだ。
黎汰の気持ちが痛いほどわかってしまう。
だからこそ、何も言えないの。
辛いの。苦しいの。
黎汰、置いていかないで。
会えないときは会う理由を手探りで探してた。
メールする口実を、電話してる口実を一生懸命探してた。
私は素直になれないから。
「黎汰の声が聞きたい」
「黎汰に会いたい」
なんて、可愛いことが言えない。
だから黎汰が会いに来てくれたとき、嬉しかった。
あり得ないことだと思った。
独りじゃない、って思った。
それなのにどうして考えてしまったのだろうか。
気がついてしまったのだろうか。
「終わり」というものに。
さよならなんてしたく無い。
ならこのまま…
「ねぇ、黎汰?」
「何?」
そう言って微笑みかける黎汰を見て私はハッとした。
自分が何を言おうとしているか、気がついたら。
そんなこと、言ってはいけないのに。
「何でもないよーっ!」
そう言って私は笑顔を作った。
「もー何だよっ!」
そう言って黎汰は私の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「ちょっと!髪崩れるじゃん!」
「侑が変なこと言うからだっ!」
そう言って、2人でじゃれあった。
飲み込めてよかった。
偽りの笑みがバレていたとしても、どうかこれだけは気づかないで。
ずっと、一緒にいて
って言う私の心の声には。
だってそんなこと言ったら黎汰を困らせてしまうから。
あの悲しげな瞳で私を見つめるから。
でも本当はもうわかってる、このままじゃいけないことくらい。
いつまでも黎汰に甘えてはいけないことくらい。
黎汰が寝たのを確認し、ベランダに出る。
私の家の付近は街灯も建物も少ないから、星がよく見える。
私は何かに悩んだときはここで、ずっと星を眺めるんだ。
黎汰が、星を大好きだったから。
黎汰も見てるかなって思えたから。
「あははっ…」
乾いた笑い声。ポタポタ目から溢れる雫。
本当に、私は黎汰で構成されてるんだなぁ。
そう思うと嬉しくて。
それなのに今はとても切なくて。
わかってる、わかってるよ。
もう、これ以上私の弱さで引き留めちゃ駄目だ。
あぁそういえば今日は。
「…侑?」
後ろから声が聞こえる。
「起こしちゃった?」
私は振り向いて、微笑む。
泣いていて、とても変な顔なんだろうな。
「どうした?なんで泣いてるの?」
心配してくれる黎汰の声が愛しくて。
大好きで。
「あのね、黎汰。」
そう言って私は黎汰の手を引いて家を出た。
「ちょ、侑!?」
後ろから黎汰の戸惑った声が聞こえる。
「ごめんね!ちょっと付き合って!」
そのまま、走った。
暗い夜道を2人で。
黎汰の手は冷たいままだった。
「着いっ…た」
息も途切れ途切れ。私は家の近くの丘に黎汰と2人で走ってきた。
「どうしたの?急に。
それに、泣いてたけど…」
黎汰は優しく問いかける。
私はちょっとね、と誤魔化して星を見る。
ほら、ちょうどいい時間だ。
「黎汰、覚えてる?
今日は黎汰が私には初めて教えてくれた流星群、おとめ座流星群のピークだよ」
そう言って空を指差す。
空からは星が降るように流星群が流れ落ちる。
「本当だ!侑、ありがとー!」
そう言って星を見上げる黎汰は私の愛しい黎汰。
幼い日からずっと、恋い焦がれた黎汰。
愛してる。
愛してるよ。
だからね。
「黎汰、さよなら、しよう?」
黎汰の瞳が見開かれるのがわかった。
「さよなら、って、別れるってこと?」
その表情は歪んでいて。
私は首を振った。
「違うよ。別れない。
大好きだよ。ずっと黎汰が大好き。
でもね、さよならしなくちゃ。」
私はボロボロ泣きながら言う。
黎汰の瞳にも水の膜がうっすらと張っていて。
「侑は、知ってたの?」
声は震えていて。
「知ってたよっ…。
でも、信じられなかった。認めたくなかった。
だって、だって、ずっと私といるって言ってくれたじゃん!」
黎汰は泣いていた。
「俺だって、ずっと一緒にいたかった。
侑と、笑いあっていたかった。
最期まで、侑のことを思ってた。
俺が守るって言ったのにっ…」
最後は言葉にもならなかった。
知ってた。
認めたくなかった。
黎汰はもうこの世にいないこと。
最初にそれを聞いたとき、私は何も見えなくなった。
悲しくて、認めたくなくて、いつまでも黎汰が忘れられなくて。
黎汰への愛しさは消せなくて。
ずっと、ずっと、欲していたんだ。
黎汰を。
黎汰が私の前に現れた時、幻覚だと思った。
でも、本物で。
黎汰とずっと一緒にいれると思った。
一緒にいようと思った。
でもね。
私が甘えてたらいつまでも止まったままでしょう?
黎汰は帰るべき場所に早く帰らなきゃ。
「侑…。」
黎汰が呼び掛ける。
「何?」
私が顔を上げる。
2人とも泣いていて。顔はぐしゃぐしゃで。
「侑は俺といて幸せだった?」
「当たり前じゃんっ!」
私は咄嗟に叫ぶ。
「私、黎汰がいなかったら、モノクロのままだった!
何も見えないままだった!
黎汰が光をくれたんだよ。
本当に、大好きなの…」
黎汰はそれを聞いて笑った。
「それは、俺もだよ。
侑が俺に幸せをくれた。俺はずっと侑しか想ってこなかった。
俺が死んで、侑が悲しんでる気がして、放って置けなかった。
俺がいたら、侑が笑えるって思ったらすっごい嬉しかった。
俺、侑の笑顔が大好きだから。
でも、死んでるってことを考えるたびに苦しくなった。
それでもずっと一緒にいようかと思った。
でも、それじゃあ駄目なんだよね。
侑に先に言われちゃうとはな。
ごめんね、侑。」
私はもう泣き止むことはできなかった。
「謝らないでよっ!
黎汰は何も悪くない。
私だって黎汰がいるだけでよかった。
ずっと一緒にいたかった。
でも、それじゃあ黎汰も私も前に、進めないでしょ?
だから、さよなら、しなきゃなの…」
泣き止まない私を黎汰はそっと抱き締めた。
「守るって約束。ずっと一緒にいるって約束。守れなくてごめんね。」
耳元で囁く。
私は首を振った。
「いいの。
黎汰がこうして会いに来てくれただけで」
そう言って笑った。
黎汰の体は透け始めている。
「そろそろ、時間かな。」
黎汰が悲し気に微笑んだ。
私は泣きながら、それでも笑って
「大好きだよ。」
って言った。
黎汰も笑って。
「俺も、大好き。」
って言ってくれた。
その笑顔は今までで最高に優しくて、穏やかで。
さぁ、さよならのキスをしよう。
おやすみなさいのキスをしよう。
私たちは唇をよせ、キスをした。
その時の黎汰はとても温かかった。
目を開けたら、黎汰は消えていた。
黎汰が大好きな流星群のなかに消えていった。
私は泣いた。
声が枯れるほどに泣いた。
そして、呟いた。
「今まで、ありがとう。」
黎汰、大好きだよ。
いつか、またどこかで会えるのならば。
その時こそ結ばれよう。
ちゃんと温もりを感じながら、愛してると言い合おう。
来世でもいい。結ばれよう。
私はそれまで、自分の道を歩むから。
次に黎汰に会った時には黎汰が大好きな最高の笑顔で居られるように。
約束するよ。
愛してる。これからも、ずっと。
切ないものにチャレンジしてみました。
読む人によってはバットエンドなのかもしれません。
でも本人達の意思だからハッピーエンドだと勝手に私は思ってます。笑
バットエンド風味の展開もあったのですが、私自身が心折れてしまいました…。
黎汰のanotherも書きたいのですがいつになることやら。
ここまで読んで下さった皆様ありがとうございます。