友人と
実はさぁ、と口が開いた。その瞬間、私は自分がお喋り好きな女子であることを確信した。目の前には希と歌子がいる。授業前、先生がやって来る前にこうしていつも談笑をする。私は昨日の事件と、木村幸人に対する本音と、昨晩の決意とを順に彼女たちに打ち明けた。
一通りの話を聞き終えた2人は、何とも言えない表情でしばらく言葉を探していた。
「……そんなことがあったんだ。知らなかった」
希が眉をひそめて言う。次に歌子が「うんびっくり」と目を丸めた。
木村のことをカッコいいだの気になるようなことを言っていた2人にとっては、若干ショックな内容だったかもしれない。しかし、だからと言って木村を批判するような態度は見せなかった。
「あげたものを目の前で潰されるのは誰でも嫌だと思うよ。私だってきっと怒ってるもん!」
珍しく、歌子が少し真剣な眼差しで言う。
「野菜が嫌いだとか言っておきながら、説明できないのはおかしいよね?」
希は強気な姿勢で言う。思った以上に友人2人は真剣だった。
「んー、他に別の理由でもあるんじゃない?」
歌子の言葉に、希は頷いた。
「だよね……そうとしか考えられない!」
希の迫力ある言い方に、思わず私は身を引いた。
「でもさぁ、他に理由なんてあるのかなぁ。もしかして単純に私のこと嫌いだから……」
「トマトは嫌われるようなことでもしたの?」
「してないって」
反論すると、歌子はだよね、と笑った。
「でも、意外だよね。確かに怖いイメージはあったけど」
「んー」
それからしばらく3人の間には沈黙が流れた。
「でも、いいんじゃない?」口を開けたのは歌子だった。
「えっと、なにが?」
ボケる私に歌子は落ち着いた口調で続ける。
「ほら、トマトが言ってた野菜嫌いを野菜好きにさせる作戦」
私と希が同時に「あぁ」と言う。
「でも、具体的にどんなことするの? ただ単に野菜を食べろって言っても、素直に食べてくれるわけないじゃん」希が言う。
訊かれて一瞬言葉に詰まる。
「何かすっっごく簡単な方法があればいいんだけどなぁ~」
「簡単な方法かぁ……なんだろう」
「野菜を食べやすいように調理してみるとか?」
希のアイディアには賛同したかった。しかし私はあのトラウマが頭によぎり、なかなか大賛成とまではいかない。だいたいそんなことまでして理由を確かめなければならないことなのか? 決意が揺らぐ。
「そうだ、他の人にも相談してみよっか?」
身を乗り出した歌子を制するように私は手を振った。
「えー、だめだめ! 余計に面倒くさくなりそうだし……」
「そっか」
振りだしへと戻った頃、朝のチャイムが鳴った。数分後にショートホームルームをしに担任の先生がやって来た。
「まずさ、木村君と仲良くなるべきだよ!」
「……別に仲良くなりたいわけじゃないんだけどさ」
ふてくされる私を見た2人は、見かねたように眉を動かした。
「大丈夫だって。私たちだって木村君のこと全然知らないから」
「あっ、先生来た!」
もう時間? と言いながら私たちはそれぞれの席に着席した。
担任の原田は教室のドアを開けると、おはよう、とあいさつをした。教室の幾つかの席は空席だ。すると廊下の方からやたら騒がしい男子たちが遅れて入って来た。そのなかに木村もいたが、違和感はなかった。転校数日にしてここまでクラスの雰囲気に溶け込めるのは大したものだ。先生は「今日の連絡は……」と言いながら教壇に立った。
今日は特に変わり映えのない日程のようだ。先生の連絡を聞きながら、私は後ろ席の木村にノートを渡した。
「あぁ、そっか」
木村は忘れていたように手を出す。
「ノートありがとね」
ノートを受け取ろうとした木村は、何故か私の手をガン見していた。
(なに見てんだろう)
不思議に思って、私が木村の顔をじーっと見つめていると――
「字汚いんだね」
「……」
な、ななななな?
何を見てそれを思ったのかというと――昨夜忘れないようにと手の甲に書いた「ノート」という字だった。まさか、この字があだとなるなんて想像もしていなかった。即座に右手を引っこめたが、思いっきり見られた後だった。確かに我ながら汚いとは思っていたが、それを木村に指摘されるのは嫌だった。
あんたこそね、とは口が裂けても言えなかった。
「あははは……逆立ちしながら書いたからじゃない?」
「へぇ」
ここは適当なことでも言っておこう。私は前に向き直り、机の影で右手の甲に書いた文字を何度もこすって消そうとした。よりにもよって油性ペンだった。
(はぁ……意外に目ざとくてびっくり)
以前彼のことを鈍感だと思ったことがあるが、それは時と場合ということだろうか? どちらにしても、油断大敵であることはよく解った。
「……それじゃあ朝のショートホームを終わる」
先生の言葉とともに、1時間目の授業の準備をするために全員が立ち上がった。