理由
放課後の1年A組はいつもより賑やかだった。部活に行く生徒も足を止め、誰もが後ろの黒板に貼られた一枚のポスターをながめていた。
「三座者祭り」の見出しと同じく、場所や日時が記された宣伝ポスターだ。
「三座者だって、行きたいねー」
「うん、今年はどんな屋台でるかなぁ~」
「浴衣なに着て行く?」
ポスターを囲んで高い声をあげる女子をかき分け、私は首を突っ込んだ。
「なんの話?」
すると既にポスターを見ていた歌子と希が目を輝かせながら言う。
「ほら、三座者だよぉ。トマトも行くでしょ?」歌子が微笑む。
「そうだね、中学の時も一緒に行ったし――また3人で行こうよ」
「うん、そうしよ!」希が頷く。
(やったぁ! 楽しみだなー)
私はウキウキしながら心のなかでガッツポーズをした。友人2人が一緒なら屋台を梯子するのも恥ずかしくなく、あまり気を遣わなくてよかった。
ちなみに三座者祭りとは、山上市内で根付いた五穀豊穣を祈る祭りのことで、特に周辺村落の住民は親しみをもって祭りに参加する。私は幼少期に家族と何度も訪れたことがあり、学生の友だちができてからは友人と祭りに参加することが多くなった。五穀豊穣を祈る――とは言っても、私にとっては華やかな浴衣姿で歩き回ることよりも、屋台めぐりの方が重要だった。
「トマトはまた食べることばかり考えてるんでしょ?」
「……へっ? そんなことないって!」
希の指摘に図星だったが、私はあくまで否定した。それを見透かしたように笑う歌子に、私は唇を尖らせて「もー」と眉をひそめた。
「そういえばさ、隣のクラスの子で今年屋台やる人いるんだってさ」
「え、ほんと? 羨ましい」希の言葉に歌子は目を瞬かせた。
「なに? 焼きトウモロコシでも出すの?」私はなんとなく尋ねた。
「うーん……詳しいことはわからないけど、トウモロコシはないでしょ。もう既に何件か出てたし」
私と歌子は「「そっかぁ」」と、かぶりを振った。
「皆も行くよね?」
私の問いに、周囲にいた女子たちはそれぞれ口を開く。
「うん、行くよ。B組の人たちも行くと思うよ」
「三座者って結構規模大きいし、それなりに盛大だよねぇ」
「うんうん……最後の花火なんてクライマックスは大分奮発してるって聞くよ? 見に行かないと勿体ない感じするわぁ」
クライマックスの花火――よく願いの叶う花火だとか言われているけれども、大半はそれを信じていた。もちろん私も、信じている。
「そういえば、歌子――部活は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。丁度お盆だし――休みだからね」
(そういえばそっか)
満足そうに頷く歌子を見て、私は苦笑いした。
「希たちも行くの?」
「祭りかぁー」
背後から蓬田と他の男子の声がした。見ると、蓬田たちは女子の見つめるポスターを指していた。
「あんたたちも行くんでしょ?」
希の逆質問に、蓬田は少し言葉をつまらせた。
「まぁ――行くけど」
(どうしたんだろ……変な顔して)私は頭をボリボリかく蓬田のことを不審に感じた。
「どうせなら俺と行かね? 三座者祭り」
「……」
蓬田のセリフにこの場にいた誰もが驚いた。これから告白でも始まりそうな、そんな雰囲気に希は居たたまれなくなってしまった。少し顔が赤い。
「あぁ、ごめん――今歌子とトマトと約束したばかりなん……」
「いやいやいや! 気にしなくていいよ、希は蓬田君と行っていいからさ」
咄嗟に希の言葉を遮ると、私は「あはは」と笑った。
「え? でもさ――」
「わ、私もいいよ? 毎年同じメンバーじゃつまらないしねぇ~??」なぜか歌子も協力的だ。
(……なんか少しわざとらしかったかな?)
内心無理強いしたかと思っていると、希が「じゃあ、いいよ」と蓬田の誘いにのった。
「ほんと? じゃあ後でメールするな! じゃあ」
「うん……」
実に嬉しそうな顔で手を振って去る蓬田に、女子一同は「はやかったねー、今の」と、わくわくした面持ちで希の方を見た。
「蓬田くん、完全に希に気があるんだよ!」
私は僅かに頬を赤らめる友人を見て、そう言った。
「希は蓬田君のことどう思ってるの?」
歌子の質問に、希は目を逸らしたまま歩き始めた。
「私、帰るね……」
「あぁっ! 希――」私は急に塩らしくなった希のことを追いかけようとした――が、誰かに体育着を引っ張られたので立ち止まった。
「追いかけなくてもいいの?」
「今は1人にしてあげよっか……とりあえず、祭りは希抜きになっちゃったけど」
「気になるなぁ……」
他人の恋沙汰に無関心ではなかった。むしろ気になったし、知りたいと思った。