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プール(前半)

「もう少しで夏休みですが、プールの授業は明けまで続きます。だから水泳道具は忘れずに、体育着も準備はしておいてくださいね。はい――それじゃあストレッチから」

 スクール水着に着替えた1年A組の生徒たちは、体育教師の後藤正勝先生の指示で動き始めた。皆互いにお喋りをしながら楽しそうな表情をしている。


(見学かぁ……見るより実際に泳ぎたいのに)


 私はがっかりしていた。大好きな体育の授業を休むというのは苦痛だ。苦手な数学や英語の授業を休めるのなら別なのだが。

「あれ? 菊地さんも見学?」

 日よけのあるベンチに座っていると、体育着姿の菊池がやってきた。私に気がついた菊地は「うん」と返して隣に座った。


「鳥井さんも? やっぱり鼻血止まらないんだ?」

「うーん……止まったんだけど、保健の先生が安静にしてろってさ」

 つまらなそうな口調で隣の菊地に話しかけると、微笑してくれた。

「鳥井さん運動得意そうだもんね?」

「そんなことないよ。菊地さんは、今日は何で見学なの?」

 何気なく尋ねると、菊地は風邪気味なのだと答えた。私はふうん、とだけ言った。言われてみれば、どことなく顔色が悪そうだ。


 夏の日差しで水面は煌びやかに光り輝く。今日の水質は良さそうで、その透明度は傍から見てもわかる。水飛沫をあげ、早くも泳ぎだしたのは男子たちだった。蓬田と佐々木は競い合うようにしてクロールを始め、女子はまだキャーキャー騒いでいる。

 羨ましそうに楽しむ皆を見ていると、プールサイドに一足遅れてやって来た木村の姿があった。黒い水着を着て、入念にストレッチを行っている。この前は5時間目の授業をサボったと言っていたが、今日は遅れたものの授業に参加している。


 いつの間にか怪訝な顔をしていた私に、水しぶきがかかってきた。思わず「プッ!」とのけ反ると、水面から歌子と希が現れた。まるでカッパみたいだ。


「やっほー、トマト!」希は元気そうに水中でジャンプした。

「いいなぁ~私も泳ぎたいよ!」

 裸足のままプールサイドに近寄り、腰をおろした。

「冷たくて気持ちいいよ!」

「ねぇねぇトマト、私たち泳ぐから見ててね!」

歌子は意気込みを示しながらガッツポーズして見せた。私は「はいはーい」と気の抜けた声で返事した。

「じゃあ私の泳ぎも見ててよ?」


 歌子と希はそれだけ言いに来たのか、言い終わるとこの場を離れて行った。ポツンと残された私は、プールサイドに座って足を水に入れた。水は確かに冷たくて気持ちが良かった。


(なんだか暇だなぁ)


 泳ぎ始めた歌子と希を目で追いかけながら、私は退屈そうに足をバタバタさせた。泳ぎを見ているようにと言われたのだが、気がつけば視線は違うところにいってしまっていた。

(後藤先生って意外と帽子似合うじゃん)

 生徒たちを見守る後藤先生は、日差しよけの白い帽子をかぶっていた。

「ん?」


「リレーしようぜ」

「おう! じゃあ2グループに別れようぜ」


 私の耳に入って来たのは近くで泳いでいた男子たちの会話だった。どうやらこれからリレーを始めるらしく、盛り上がっている。

 蓬田のリレー提案に賛同した男子たちは、皆一ヶ所にプールの端に集まった。一方でクラスの女子たちは呑気にボール遊びしていた。山上高校の水泳は割と自由で気ままなのだ。


 しばらくして男子リレーのグループがまとまったらしく、4人と5人の2つのグループがそれぞれの位置についた。転校生の木村は4人の方のグループにいた。


「アンカーどうする?」

「ジャンケンでいいだろ?」


 4人グループではジャンケンが始まり、結果的にアンカーとなったのは木村だった。木村は嫌とも嬉しいとも読み取れない顔でそのことを承諾した。「よーい、始め!」の掛け声と共に2人が一斉にクロールで泳ぎ始めた。男子のリレーにボール遊びをしていた女子たちが釘付けになっていた。男子たちはいたって真剣である。


「蓬田速い! おぉ!」

内村が待機場所で拳をあげながら蓬田を応援する。

「……」

 幸人は一往復して帰って来る2人の姿をじっと見つめていた。その目は盛り上がる男子たちのなかでも一際冷静だった。最初は距離をきり離した蓬田だったが、中盤相手の田中に追い越されてしまった。メンバーからは「あぁぁ」と残念がる声が上がった。


 次に二番目の男子2人が泳ぎ出す。3番目には、2グループの距離は離れてしまっていた。4人グループの方が明らかに遅れ、5人グループの方が先制している。

「あちゃー……こりゃあマズイよな。木村! お前最後ガンバ!」

「いつっ!?」

 蓬田にバチンと背中を叩かれた木村は驚いた声をあげた。幸人は背中をさすりながら自分の番を待った。


(こりゃあ逆転は難しいよね……)


 リレーの邪魔にならないよう足を引っこめながら、私はリレーの行方を目で追った。皆の能力が同等なら4人の方が不利であるし、なにせアンカーを任されたのが謎の多き木村なのである――運動が得意だとは言っていたものの、それがどの程度なのかはわからなかった。




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