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人と剣と甲冑と  作者: matelight
どこか
9/9

#01 - 7

 シロウは応えた。



「――」


『承認した。緊急プログラムに従い、召喚主(あるじ)の肉体の主導権を掌握する』



 一度だけ心臓が跳ねた。

 鼓動を合図に激痛が消え去る。

 それだけではない。

 視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚、すべての感覚が一斉に遮断される。


 シロウがゆらりと立ち上がった。


 彼の意思ではない。勝手に動いているのだ。

 不思議な感覚だった。すでに遮断されていた五感は戻っているが、そのすべてが遠い世界の自分が感じたことのように思える。自分以外の別な魂が肉体に乗り込んでいて、自分はそのわずかなフィードバックをぼんやりと感じているように思える。


 二本角の怪物が突進してきた。

 シロウは脱走しようとするが自由に動かない。

 意思とは裏腹に、シロウの体は木刀を大上段に構えた。


 木刀をかるく振り下ろす。



 コォーンと、快い音が響いた。



 頭を打ちすえられた怪物がたたらを踏む。

 赤目の剣士があれほど攻撃してもビクともしなかった怪物が、かるく振るった木刀の一撃で怯んでいる。ふらついている。目を回している。

 信じられない光景だった。

 そしてなによりも信じられないのが、手応えが伝えてきた『かるく(・・・)叩いただけ(・・・・・)』という真実だ。


 ふらりと木刀を正面に構えた。

 どこからともなく声が聞こえる。


 シロウの口が言葉を紡ぐ。



『【其の太刀は汝の躰 其の太刀は汝の誇り】』

「【そのたちはなんじのからだ そのたちはなんじのほこり】」


『【其の鎧は汝の躰 其の鎧は汝の加護】』

「【そのよろいはなんじのからだ そのよろいはなんじのかご】」



 なぞるように言葉を紡ぐ。



『【緑深き処の主よ】』

「【りょくふかきところのあるじよ】」


『【静寂を纏いし霊樹の境界より】』

「【せいじゃくをまといしれいじゅのさかいより】」


『【獣魔討つ武力を我に託さん】』

「【じゅうまうつちからをわれにたくさん】」



 シロウの口は言葉を結ぶ。



「鳴り響け――――木刀【カンダタ】!!」



 木刀の切っ先を地面に突き立てる。

 シロウの足元に巨大な魔法陣――――いや、【召喚陣】が描かれた。


 開放される召喚の光輝に包み込まれた。

 円陣から召喚されたのは樹木の根だ。おびただしいまでの木の根っこが肉体に絡みつき、集合して太い幹のように堅牢に固まる。太い幹からはさらにいくつも枝分かれする。

 シロウの全身は樹木の根に、樹木の幹に、樹木の枝に封印されるように閉じられた。


 そして一本の樫の大樹が出現する。


 ――――強く、心の臓腑が鼓動した。


 樹の中で眠るように目を閉じていたシロウ。

 彼はやがて覚醒の時を迎えた。



「――――ァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアッッッ!!」



 めりめりと、シロウが大樹の中から姿を現す。

 産声を上げたのは大鎧に身を固めた武者だった。


『当世具足』――――すなわち全身フル装備の鎧武者だ。胴鎧、兜、(たれ)当世袖(とうせいそで)襟廻(えりまわし)、籠手、佩楯(はいだて)臑当(すねあて)、そして面頬(めんぽお)。わずかな隙間、わずかな露出もない完全武装だ。

 もっとも奇妙に映るのは、その全身の鎧兜が『樹木』で創られていることだ。『木彫りの鎧武者』という表現が一番ぴったり当てはまる異様だ。


 枝を伸ばす大樹のように兜の角飾りが広がっていく。

 立派な大鹿の角を想起させるその威容は【太古の森の主】【森羅万象の王君】のようだ。



完全鎧甲召喚フル・メタル・ジャケット



 シロウが召喚を終えたとほぼ同時に大角の怪物が立ち直った。

 怪物は装甲したシロウを睨みつけて唸り声を上げる。一方的に殺意を向けていた先刻までとは違う。たやすく嬲り殺せる獲物ではなく、『敵』として認識を改めてこちらを警戒していた。


 シロウは木刀【カンダタ】を構える。

 大鎧を身に着けて巨大化した彼と等しく、その愛刀もまた刀身五尺(約一五〇センチ)を超える大太刀に変じている。木刀とはいえ、もはや常人ではまともに扱えない領域だ。

 睨む怪物と超然としたシロウの視線が絡み合った。



 開戦。



 怪物が一気に詰め寄る。

 シロウの体は愛刀を肩に担いで迎え撃つ。

 だがシロウの心は絶叫する。真正面からぶつかることはシロウの意思ではない。肉体の主導権はまだ戻っていないままだ。


 怪物が大角を叩き付けてきた。

 シロウの体は避ける素振りさえ見せなかった。


 正面衝突。

 その激突音が辺りに鳴り響く。衝撃が辺りに響き渡った。

 シロウは驚きのあまり思考が停止した。本日いったい何度目の驚愕だろうか。


 まったくダメージが、ない。

 一歩たりとも後ろに下がっていない。その場で、そのままの姿勢で、大鎧を身に着けたシロウの体は吹き飛ばされることなく踏み止まっていた。

 それに驚いていたのはシロウだけではない。すさまじく重い一撃を加えてきた怪物もまた、信じられないといったように血走った眼球を見開き、その動きを止めていた。


 シロウの体が無造作に木刀を振り下ろす。



 カコォーンと、音と衝撃が鳴り響いた。



 怪物の頭蓋に命中した音だ。

 ゆっくりと、のっそりと怪物の巨体が崩れ落ちる。やがてシロウの足元を揺らし、地響きとともに怪物の巨体は倒れ込んだ。

 たったの一撃で戦闘が終了したのだ。




「……………………え? あ……えっ?」


 あっけにとられたシロウが思わず間の抜けた声を漏らす。

 彼の正面にはあの怪物の巨体が倒れている。目の前にあるのにもかかわらず、シロウにはそのことが信じられない。

 気が付けば、怪物が倒れている場所が大きく陥没していた。怪物が砕いたのではなく、打撃の余波だ。

 涼やかで軽やかな快音。シシオドシのような風流な音色とは裏腹に、あの木刀の一打にはそれほどの威力が込められていたのだ。


「あれ? からだが、動いた」


 いつの間にか肉体の感覚がすべて戻っていた。


「いったい……なにが……?」


 シロウは自分の姿をまじまじと眺める。

 見たこともない鎧兜を装備したままだ。その意匠は日本の甲冑のように思える。だがそのすべて(・・・)が堅い木製で、鋼鉄のパーツだけでなく布地の部分までもが樹木に置き換わっていた。


「なんだ、この力は……っ!?」


 シロウは拳を握り締めた。

 内側からみなぎってくる圧倒的な『力』。これが人を超えたものだと直感した。握力だけでも数百キロをかるく超えそうな感覚だ。

 さらに握り締めたこの感覚が、人肌と違いがないことに気付く。木製の籠手でがっちりと覆われているはずなのに、素手とほとんど同じ感覚なのだ。籠手だけでなく、ほかの部位もそうだ。まるでこの大鎧がシロウの素肌そのものになってしまったかのように。



『――――制限時間を超過。【鎧甲】を強制返還する』


 戦闘中に聞こえていた無機質な声。

 その言葉通りに装備していた全身の鎧甲が次々にはがれて、光の粒となって消滅していった。

 元の姿に戻ったシロウの生身には虚脱感だけが残される。しかし肉体の主導権を取られる前に負ったダメージがすっかりとなくなっていた。小さな擦り傷さえも治っている。


『あるじ殿』

「……もしかして『あるじ』って、俺のこと?」

(イエス)。当方の消耗が激しく、一時的に休眠(スリープ)させてもらう』

「ちょっと待ってくれ! 今もう、この状況が、なにがなんだかわからなくて……教えてもらいたいことが、たくさん……」

(ノー)。まことに遺憾であるが、もう現状維持も難しいと判断する』

「そんな……」


 謎の声はシロウの疑問に答えてくれない。それどころかもう消えそうになっている。

 命の危機が一時的に去ったとはいえ、まだすべてが終わったとは言えない。それどころか、未だに『ここ』がどこなのかさえわからないままなのだ。


「頼むよっ! ここがどこなのか教えてくれ!? どうやって帰ればいいんだ!?」

『否、質問の意図が――不明である。

 ――あるじ、殿。それ――より、警――戒――、されたし。まダ――――擬獣、は――――生きテ――――――ッ――――――、ニゲ――――――――』

「おい! 待ってくれ! 頼む、待てーっ!!」



 謎の声は最後になんと言ったのか、よくわからなかった。なにかの警告のようだったが、日常に帰ることに必死だったシロウはそれに気付くことができなかった。

 声の気配が消えた。それだけはわかった。

 帰るための手掛かりと呼べそうな、そんなか細い望みの綱が絶たれた。いや、それが『希望』だったのかさえわからないが、また手掛かりもなにもない始まりの状況に戻されてしまったのだ。


「嗚呼、もう……」


 疲れ切った表情を浮かべたシロウは、地べたに大の字になって寝転がった。

 体の方はなんともない。むしろ【召喚】の影響で傷ひとつなく完治している。だが混乱と恐怖で疲弊しきった心までは回復していなかった。


「いったい、どうすりゃいいんだよ……」


 シロウは木刀を抱き寄せる。

 彼の心を支えるものは、やはり愛刀しか残されていなかった。




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