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人と剣と甲冑と  作者: matelight
どこか
4/9

#01 - 2

 ――――突然、周りの空気が変わった。


 シロウはとっさに顔を上げて耳を澄ませた。そして反射的に息を潜める。


 静かすぎる。

 いつの間にやら、周りのあらゆる音が消えていく。

 今までずっと耳の端にかかっていた微かな雑音が――小動物や虫の鳴き声、枝葉の鳴る音や風の吹く音さえも聞こえなくなっている。

 目覚める直前の夢幻(ゆめまぼろし)のようにスーッと音が消えていく。


 代わりに周囲の森には弓弦のようなギリギリの緊張感が張り詰めていた。


 シロウは木刀を強く握り締めた。

 視線をゆっくり左右に巡らせる。だが視界が悪くて先まで見通すことが出来ない。見上げるとわずかに覗く太陽はまだ高いのだが、青い空は半分以上も枝葉のカーテンで隠れて薄暗いままだ。


「…………今度はなんだ?」


 思わず声を出していた。そうでもしないと静寂の緊張に圧し潰されそうだったからだ。

 突然の異変に怯える頭の一方では、ぽつりと漏らした自分の言葉で警戒心を呼び起こそうとする。警戒レベルをひとつ上げた。


 シロウにはこの静寂がなにか良くないことの前兆に思えてしかたなかった。いつもの彼とは思えぬ過剰な反応だ。自他ともに認めるほどのん気な性格だったはずなのに。

 だがシロウの本能の部分が警鐘を鳴らし続けている。平穏な日本での生活では久しくなかったことだ。


「…………ここはもう日本じゃないかもな」


 ずっと認めたくなかったことだ。

 ではどこなのかと考えても答えは出ない。ならばもうそのことは思考の外に置いておくべきだ。

 警戒レベルをもうひとつ上げる。


 ふと、シロウの脳裏に『常在戦場』という言葉が浮かんだ。

 いやだが、

 例えこの場所が日本のとある森であったとしても、野生のイノシシや凶暴なクマに襲われたらケガだけでは済まないかもしれない。特に後者の大型動物など真っ向から立ち向かえる相手なわけがないし、ましてや今のシロウは気力も体力も疲弊しきっている。


「ならば、どうする?」


 ゆっくりと立ち上がりながら考え続ける。寄りかかっていた樹木のおかげで背後からの不意打ちは避けられるはずだ。得体の知れない気配の居場所はまだわからない。

 シロウの選択肢はそう多くない。『逃げる』か、『隠れる』か、あるいは『戦う』か。



 その時、恐ろしい怪物の咆哮が響き渡った。

 警戒レベルが一気に最高まで上がった。



 ――――嗚呼、これは無理だ。



 即断即決。『逃げる』を選択。

 あれは(・・・)たぶん(・・)無理だ(・・・)

 シロウはそう直感する。


 初めて聞いた怪物の咆哮。

 地響きにも似たその轟咆は、いともたやすくシロウの戦意を倒壊させた。

 その咆哮は、なぜかシロウには聞き覚えがある(・・・・・・・)

 それは――――そう、映画やゲームで聞いたことがあるような、そんな非現実的な――――。



 その時、凄まじい地響きが聞こえた。



 今度は地響きのような咆哮ではなく、文字通り本物の地響きだ。

 シロウの足元が確かに揺れた。


「――――う、あ」


 まずい。

 思った以上に近い。

 そして次は信じられないものを見た。


 上空に吹き飛んだ幾本かの樹木の枝や、大樹の幹だったもの。

 吹き飛んだ岩石やむき出しの地面の一部分だったもの。

 信じられない。

 だがその異常事態は、すぐそこ(・・・・)で起きている。



「――――ッッッ」


 ――――走れっ!



 悪路を構うことなく全力で走り出す。

 鳴り響く危険信号に従って駆け出す。

 とにかく怪物の逆方向へと逃げ出す。


 あれは間違いなく【怪物】だ。

 映画やゲームの中に登場するような【怪獣】であり【モンスター】だ。

 とても恐ろしくて、とても強くて、とても巨大で、なにより無慈悲な最悪の【バケモノ】だ。


「――ふっっっざけんな!! こんなッ、こんなぁッ!!」


 追い着かれたらたぶん死ぬ。

 いや、絶対に、殺される。

 全力で走っているのに振り切れない。

 後ろを見なくてもわかる。

 圧倒的な質量の『死の気配』がこちらへ向かって来る。


 いつの間にかシロウは拓けた獣道を走っていた。

 そこだけ視界が良くて、足場が踏み固められているので少しだけ走りやすい。

 しかしまるでレールに嵌まって走行するジャットコースターのように抜け出せなくなってしまう。

 心理的な効果だろうが、とにかくこれでは脇道や草むらに緊急回避することができない。


「やばいやばい、やばいッ!」


 シロウの後方から咆哮が轟く。

 樹木をなぎ倒す音や重量感のある足音まで聞こえてきた。

 反射的にそちらを見てしまう。

 そしてシロウは後悔した。


「やばいぃぃ! でかいぃぃ! こわいぃぃぃぃ!!」


 その四本脚の【怪物】はやはり巨大だった。

 太く大きな二本角と巨躯にびっしりと生える黒っぽい体毛は野牛(バイソン)にも似ている。

 オスの野牛は体重一トンを優に超える巨体を誇るそうだが、しかしあの怪物はそれよりもっとずっと、バカみたいにでかい。

 一瞬見ただけでわかる。あれにひき潰されれば、シロウの肉体などバラバラにはじけ飛んだ挙げ句、無惨にもぺしゃんこの肉塊にされるだろう。

 大きな頭を支えるぶっとい首。肩と背中の筋肉の盛り上がりは頑強な鎧や盾のようであり、一撃で城門を破壊する黒い破城鎚のようでもあった。

 さらに怪物のその顔面は想像以上に凶悪だ。


「あいつぜっっっったいに肉食だよ! 草食うヤツにあんなキバ必要ねーよ!」



 またもや怒号のような咆哮。

 シロウが背中に爆風を受けたと錯覚するほど近い。



 しかし気のせいか、その咆哮が直接シロウに向けられていないように感じた。

 気のせいか、ほんのわずかだが怪物との距離が少し開いたようにも……。

 全力で走りながらもシロウはふたたび怪物の方をちらりと見た。

 が、正確には怪物を見たのではない。視界をかすめた何かを追う。



「――――違う、上か!」


 右ななめ上方向、大樹の上。

 そこには人影があった。




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