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人と剣と甲冑と  作者: matelight
今、ここにいる世界
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#00 - 1

 ようこそいらっしゃいませ。

 現状では不定期更新ですが、よろしくお願いします。

 春うららかな新緑の季節、そんな日の出来事である。



 ようやく蒼天に昇りはじめた朝日が降りそそぐと、神社の周りを囲んだ雑木林が目覚めたようにさわさわと鳴り出した。

 とても気持ちのよい風だ。


 がらんとした境内の石畳には、すらりと佇んだ少年が一人。

 鬼気迫ったような真剣な表情を作り、愛刀を真っ直ぐ正眼に構える。



 人々に忘れられた小さな神社は今、決闘の場に変貌していた。



 敵は三人。

 いずれの男も武骨な太刀を携えた浪人の風体をしている。まるで時代劇に登場する悪役のような面構えと物腰だ。へらへらとした笑みを張りつけて少年を見下していた。

 どうやら真正面に立つ二人は下っ端のようだ。付け入る隙が多いように感じる。

 少年の目からは『三対一』という明らかな数の優位が彼らに油断を与えているように見えた。

 その下っ端二人を盾にして、一歩後方に下がっている格上の浪人にいたっては不敵に腕組みをしたままで抜刀すらしていない。


 つまり、まず下っ端二人から倒せということなのだろう。


 その下っ端の二人はほぼ横一列に並んでいる。たった一人では真正面から強引に崩せない。

 だが(けん)に回るのは悪手だ。こちらから攻めあぐねて、相手の動きを見ようとしても状況は悪化するだけだ。このまま三人に囲まれてしまっては勝ち目を完全に失ってしまう。


 ふと、右の浪人が片腕だけで太刀をぶら下げていることが目についた。


「――」


 少年は口を開こうとして、やめた。

 すでに言葉を交わす段階ではない。

 あちらに数の優位があるのなら、こちらもその数を利用させてもらおうじゃないか。

 少年は決意の表情を浮かべた。



 先手必勝。


 少年は鋭く前へ踏み出す。

 狙うは右の浪人の頸部(くび)

 踏み込みと同時に剣筋をひねる。

 剣はわずかに軌道を変えた。

 敵の左肩から右腹へと袈裟斬りをする。

 浪人たちはみな、少年の突進に驚いた。

 だがさすがに防御は間に合った。

 右の浪人は反射的に刀身で頸を守る。

 それは少年の狙い通りだった。

 少年の振るった刃はあっさりと受け止められた。

 だが少年は止まらない。

 そのまま刀身を滑らせて浪人の左脇へすり抜ける。



 しゃりん、と離れた太刀が鳴った。



 その音を合図に剣刃をひらめかせる。

 少年は右の浪人の背中をばっさりと斬りつけた。


 少年の強襲に対してとっさに防御したが、握りが甘くその受け方が不完全だったのだろう。右の浪人は刀身を滑らせる時にはすでに体勢が大きく崩れていた。

 大きな隙とその背中を見せた浪人はあっさりと斬り伏せられた。

 まずは一人目。残るは二人。



 ――――ひと呼吸。


 少年は見事に機先を制する。

 驚愕に目を見開き、ゆっくりと崩れ落ちる一人目の浪人を壁にした少年。危険を顧みない突然の強襲に驚き慌てている敵、その残る二人との位置を確認する。

 そこは左の下っ端浪人の目の前というちょうどいい位置だ。

 それは事実上の『一対一』。

 一歩下がった位置にいた格上の浪人が咄嗟に反応して、さらに後ろに下がったからだ。ようやく太刀に手をかけるが、もう遅い。

 まだ場が襲撃に動揺している今こそ最大の好機だ。

 格上の浪人が動く前に、先に下っ端を片付ける。



「せぃぃいいやッッ!」


 少年は大げさなほど思いきり振りかぶる。

 素人にもわかる大上段、兜割り。

 だが動揺したままの下っ端はその斬撃を避けられない。

 少年の大振りの一撃を防御しようとしてと刃を振るう。

 浪人の斬り上げと少年の斬り下ろし。

 十文字に打ち鳴らされる刃と刃。

 火花が散る。

 だが受け止めた衝撃は下っ端の予想よりはるかに小さかったはずだ。


 なぜならば、それは『剛』と見せかけた『柔』の太刀。


 ふたたび刀身を滑らせる少年。

 同時に持ち上がった浪人の前腕を浅く斬りつける。

 一人目の時と似た軌道。

 狙い通り大きく開いた脇をすり抜ける。

 そして振り向きざまの斬撃。

 二人目の浪人の脇腹をざっくりと斬り裂いた。



 ――――まだだッ(・・・・)



 そのまま止まらない。

 強引に刀身をひるがえして剣撃を受け止める。

 鋼と鋼がぶつかり合う。

 間隙をぬって斬りかかってきたのは三人目、格上の浪人だった。

 少年は歯を食いしばった。

 残る力を振り絞り、なんとか鍔迫り合いに持ち込む。

 牽制、攻撃、そして防御。三の太刀まで繰り出してなんとか命拾いする。多人数との乱戦はこれだから油断ならない。

 今度は少年が呼吸と体勢を整える番だった。



 ――――ひと呼吸。


 あの時、二人目の浪人は後ろに下がれずにいた。当初、浪人たちは一か所に固まっていたからだ。格上の浪人が一歩下がっていたが、剣を振れば仲間にも当たってしまう距離だ。

 少年はそこに勝機を見い出した。


 乱戦の時にはお互いを邪魔してしまうことを利用した。攻撃する時も、避ける時も周囲の位置に気を配らねばならない。二人目の浪人は後ろにぶつかることを警戒したため、避けることを選択しなかった。

 さらに動揺を突いて大振りをすることで防御を誘う。敵の足を殺すためだ。

 狙いが的中して二人目の浪人はしっかりと踏み止まり防御の構えをした。あとは持ち上がった防御の隙を突いて中・下段を攻撃するだけだった。

 攻撃する際にわずかながら位置移動も同時にしておく。三人目の攻撃に備えてのことだが、保険を懸けて正解だったようだ。



 じりじりと鍔迫り合う二人の剣士。

 格上の浪人にはもう精神的な動揺は見られなかった。

 少年が下っ端二人を倒して壁がなくなったため、ようやく攻勢に転じたようだ。

 完全に立ち直っているどころか、形勢を逆転されたことに憤怒の表情を浮かべている。

 最後の一人は下っ端と違い、屈強な肉体を駆使して力押しで攻めてくる。


 ならばこちらも小細工は捨てて、攻めるのみ!



「うおおおおおッッ!」


 少年は押し返すように力を込めた。

 しかし浪人は抵抗してその場から動かない。

 むしろ体格差があって力負けしてしまう。

 少年はその反動を利用して後ろに飛び退いた。


 一気に距離を取った少年と浪人は真正面から睨み合う。

 ふと少年は口の端を持ち上げて笑みを浮かべた。

 浪人もまた応じるように獰猛な笑みを刻む。


 少年の手に馴染んだ愛刀は、自然と基本である中段・正眼の構えになる。

 相対する浪人も正眼の構え。その姿はまるで鏡写しのように同じだ。



 両者ともこの一合で決着をつける気であった。



 睨み合いは短かった。



「ぃぃぃいやぁッッ!」

『――――――ッッ!』



 一つ太刀に己のすべて(・・・)を賭ける。



 より速く。


 より鋭く。


 より強く――――




 ――――――――――――――――――――




「――――あ、シロー。足元注意」



 横合いから声がした。


 だがしかし、

 全身全霊で愛刀を振るう少年は、足元に注意するだけの余裕を持たなかった。

 全身全霊で思いっきり踏み込んだ右足の先には、ひとつの空き缶。

 全身全霊で踏み潰した空き缶。勢いそのままにバランスが崩れて、少年はきれいに宙を舞った。


 そして少年は思う。

 足元の空き缶に気付かないとは、ああ、私はなんと愚かなのだろうか……、と。



「ごふぅ――ッッ!!」


 受け身に失敗して盛大に腰を、背中を、そして頭を強く打ちつけた。


 息が、出来ない。


 少年は口をパクパクさせるだけで何も訴えることができなかった。

 頭が、ケツが、首が、腕が……体中あちこち痛いのに、ほんのちょっとの身動ぎさえできない。

 しかし彼の剣士としてのプライドだろうか、愛刀である本赤樫の木刀(・・)だけはぜったいに手離すことはなかった。


 嗚呼、このままでは三人目の浪人にとどめを刺されてしまう。


 目を回した少年にはゲームオーバーの幻聴が聞こえた。ざんねん、わたしのぼうけんはここでおわってしまった、と。

 相手は目の前で転んだマヌケな少年を嬉々として倒すだろう。

 いや、ほかのどの戦場だろうと、決闘の場だろうと、試合の場だろうと同じことだ。







 だが【ここ】はそのどこでもない、ただの古びた神社の境内だ。



 周囲の木々が爽やかな風でさわさわと鳴り、目覚めた小鳥がちゅんちゅんとさえずる。遠くでは新聞配達のバイクのエンジン音が響いていた。

 腹を出して倒れる潰れカエルのようなポーズの少年を、木漏れ日はやさしく包み込んでいた。さながらスポットライトのように恥ずかしい恰好が照らし出されている。

 マンガならば「ズコーッ!」という擬音語で表現するだろうか、その光景はあまりにもシュールだ。



 静かな朝の神社に、少女の大きな笑い声が響き渡る。


 少年は恥ずかしさのあまり顔を隠す。もちろんその顔は真っ赤だった。




 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

 感想・推敲・指摘・意見・批判・罵倒などなど、随時お待ちしています。

 更新情報やその他詳細は「活動報告」に書かせていただきます。

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