「FA宣言」の必要性について、僕は考える
案の定、不安だった様だ。鉄格子を隔てた幼竜用ケージからは甲高い鳴き声が聞こえてくる。小鳥の警戒音を少し太くした、金属的で恐怖を煽る様な声。
「おい、大丈夫か!」
「グゥ……」
直ぐに駆け寄りサラへ呼びかけた。俺の存在に気付いたサラは、一応の落ち着きを取り戻した様だ。
鉄格子の隙間から出した鼻先を撫でると、サラは鼻を鳴らす。とりあえずサラの方はOKと……コイツはあんまり物怖じしない性格のはずだったんだけどな。どうしたんだ?
「キョオォォオオ! キョオォォォオ!」
サラの隣のケージに居るレモンは未だ叫び続けている。確かにレモンはサラに比べて繊細な性格だったな。先に不安を感じて声を上げだしたレモンに不安を煽られ、サラも声を上げ始めたってところか……。
「おい、レモン」
「キョオォォ……」
少しは落ち着いた様だけど、やっぱり〝育ての親〟である修大が居ないと不安な様だ。仕方ない、アイツにも連絡を……って、アレ? 携帯ないぞ? 携帯忘れるとか、今時の若者としてどうなんでしょうね。まぁあんまり鳴らないし……って、そんな事はないぞ!
「仕方ない……ちょっと待ってろ」
――まずは家から持ってきた水筒の水を口に含み、軽く咳払いをする。
〝水筒は持ってくるのに、携帯は忘れるんですか?〟だって? 別にいいだろ、誰の迷惑にもならないんだし。そう、俺と連絡がとれなくてたって誰も……ヤダ、涙が出ちゃう。男の子だもん!(篭目希人、現在二十一歳です)
――取り敢えず、潤いを得た咽喉の調子は悪くなさそうだ。
私生活の方の潤い? その点は個人情報なのでお答えしかねますね。
まぁ『砂漠の植物は乾燥に強い』とだけお答えしましょうか。
――最後にみぞおちを握り拳で軽く叩く。
なんだか某ロボコップ力士みたいですね。俺はあそこまで顔を歪ませて泣きませんが。
そもそも篭目盛はいつも独り相撲なので勝敗がつきません。……うわぁ、寂しい。
……さて、雑念は払い終わりました。
あとは肺に溜めこんだ空気を吐き出すだけだ。明確な願いと意志、愛情をこめて……自分で言っててちょっと恥ずかしいね、これ。
♪
眠れ仔竜よ 大地に抱かれ
風も光も やさしく過ぎて
明日の太陽 今日の星空
君を照らすよ 眠れ仔竜よ
眠れよ 眠れよ
♪
……おやおや。
レモンもサラもすっかり落ち着きを取り戻してくれた様ですね。今はもう夢の中かな?
取り合えず良かったよ。しかし今日は朝と合わせて2ステージですか……こんなサービス、滅多にしないんだからね!
だけどこんな大荒れの夜に〝風も光も やさしく過ぎて〟とか〝今日の星空〟とかないわ~我ながらないわ~……ちょっと違う歌詞も考えないとかな。
例えばそうだ……〝風も光も〟じゃなくて……
「〝空や大地も〟……って、これだと直前の歌詞とダブるなぁ。じゃあ前の方の大地を――」
「希人って歌上手かったんだな」
「うあぎゃあがややがががぎゃあああ!!」
……ついでに〝んぐぎょちっしぅ〟とか、発音不可な声も出してしまった気がする。いきなり後ろから声掛けるとか、もうそれ事案ですよ? 「お菓子あげるから道を教えてくれないかな?」的なアレ。
「えっ……ちょっとお前、いくらなんでもビビり過ぎじゃない?」
「はぁ? いきなり後ろから話しかけるお前の方がどう考えても悪いんですけど?」
振り返るとそこには上下ジャージ姿の修大が居た。俺は目を細め、思い切り修大を睨む。キヒト の にらみつける! シュウダイ の ぼうぎょりょくがさがっ……て、あんまり効いてないぞ!? さてはコイツ『はとむね』だな! それとも『クリアボディ』か? (大穴:しろいけむり)
「一応携帯に連絡入れようとしたんだけどさ、お前出ないんだもん。で、仕方ないから一人で来たら『篭目希人 オンステージ』ですよ。ビビったのはこっちだっつうの」
……あぁ、それは失礼しましたね。ってか俺の携帯に電話かけたんだ。俺と連絡が取れなくて困る人もいたんですね。『第一村人発見!』みたいな気分です。
「取り合えずレモンもサラも落ち着いてるみたいだな」
「レモンの方は最初不安がってたけどな」
「そっか……ありがと! レモンも今は眠ってるし、助かったよ」
「そ、そりゃどうも……」
なんかむず痒いぞ……。別に修大とはそんな気恥ずかしがる様な関係じゃないのに、どうしたんだ俺?
まぁ答えは言うまでもなく「歌っているところを見られてしまったから」でFAなんだけどね。ファーストアタックでもファンアートでもなく、ファイナルアンサーの略で。
どうでもいいけど、時々ニュースでサッカー選手が『FA宣言』ってしてるけどアレ何? 「次の試合では僕が第一撃(ファーストアタック)を加えます!」って事を宣言してるの? でもそんなの試合の流れによるから完遂できるか分からないよね……そもそも宣言する事に意味はあるの? 「お前なんか1ラウンドでKOしてやる!」的なノリなんだろうか。ようわからん世界だ。
「あれ? お二人も来ていたんですか?」
FA宣言の必要性について考えていたら、後ろから鈴の音の様に美しい声が聞こえた。良かった……先に来たのが彼女じゃなくて。