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恐竜の飼育員、今日も奮闘する。  作者: 結日時生
「僕と仔恐竜の一日試験」
4/10

無理難題すぎて無理なんだい!

 全ての種目が終わり、総合での評定が一人一人に手渡される。紙にはそれぞれの種目での得点や完成度、現状から考えられる課題が記された用紙が渡される。……なんか変なとろがアナログなんだよな、パンゲア(ここ)

 もう既に今日の試験は閉会式を迎えている。まるで運動会だな、コレ。規格外に広いこの体育館で整列しているブリーダーと恐竜。ちなみに障害物走のコースはそのままになっている。確か俺達も含め、比較的近い支部の面々で閉会式の後に片付ける事になっていたな。なんか面倒くさいけど、仕方ないよね。

「希人はどうだった?」

「うんまぁ、お陰さまで」

「おっ! 希人もA評価か! やったな♪」

「ありがとさん」

 〝希人も〟ってことは、修大もA評価なんだろうな。まぁ当然と言えば当然か。レモンはすべての種目をほぼ完璧と言っていい基準でクリアしたし。本当、流石ですわ。

 今回は、恐竜の仕上がり具合〝だけ〟を見る試験で良かったです。フリスビーの時に俺の指示が遅れたのは、お咎めなしでした。篭目希人、少しホッとしております。

 そんな風に周囲が今回の試験を振り返っている中、DF実動部隊の隊長である勇部さんが壇上に現れた。遠くから見ても高身長のイケメンはイケメンである。世の中不公平だね、ホント。

「今日は皆、ご苦労だった。今回の試験結果を参考に、これからも優秀なDFの育成に尽力するように」

 「は~い」と、心の中だけで返事した俺とは対照的に、周囲の殆んどは声に出して返事していた。俺だけ声出してないの、バレてないよね?

「……よし。では、今回の評定でA評価が出た人造恐竜とブリーダーはそのまま待機。あとは各自解散」


「なんだろう? ご褒美とか貰えるのかな♪」

「さぁ……それはどうだろうね」

 まぁ少なくとも悪いものではないだろう。成績良かったんだからさ。








 ……つい数分前まで、そんな甘い考えを持っていた事が凄く恥ずかしい。舐めてましたね、俺。ここまで鬼畜だとは思いませんでしたよ、勇部さん。


 * * * * * 


「ではこれから最終試験を行う。各自、後方へ下がれ」

 壇上から勇部さんが、指示を出す。当然残っていた人造恐竜とブリーダーは、運動場の後方壁際まで下がる。残った人員は大体5ペアくらい。みんな優秀だねぇ。

 「一体なにをするんだ?」きっと誰もがそう思ったんだろう。その時だ――


 運動場の床が左右に開き、下から現れたのは2メートルくらいの自立行動式ロボット。

 〝ロボット〟と言っても、強化ゴム製の皮膚を纏った姿は生身の生物そのものだ。艶めいたヌメリのある質感。例えるなら両生類の皮膚を分厚くした感じと言っていいだろう。両生類が好きな人には、ウシガエルの皮膚を何重にも重ねて分厚くした感じと言うとわかりやすいかな? ……つまりは、頑丈そうで簡単には破れなさそうってこと。

「じゃ、邪竜!?」

 隣の修大が思わず声を上げる。無理もないな。なぜなら今目の前に現れたロボットの姿。それは、


 扁平でありながら、威圧感のある幅広な体。大型の蛇を訪仏とさせる長く逞しい尾と首。

 そして首の先にあるのは、西洋のドラゴンを思わせる凶悪そうな面構え。肩から伸びる腕は首よりも長く、鋭い爪が四本備えられている。

 鈍い灰色の表皮とは対照的に、怪しく輝く金色の瞳。金の瞳に虹彩はなく、殺気と狂気に満ちている。


 ……近い将来、サラやレモンが戦う事と宿命づけられた巨大生物――邪竜。

 思わず嫌悪感を抱いてしまいそうになる程、精巧に作られた邪竜ロボ。その姿を見せつけた勇部さんは、こう続けた。

「今残っている人造恐竜総出でかかっても構わん。なんとかしてこのロボットを撃破してみろ。これでもセーフティモードにしてある。恐竜が重傷を負うことはないから安心しろ。だが、本気で掛からなければ傷ひとつ付けられないと思え」


 * * * * *


 ……そんなやり取りがあったのは、もう何分前のことだろう?

 少なくとも十分は経ってないはずだ。それ位、わずかな時間。その間に邪竜を模したロボットは、実物と遜色ない動きとパワーで恐竜たちを蹂躙していった。


 長く逞しい尾の打撃は重量級の竜脚類さえも吹き飛ばし、圧倒する。よくしなる首は弓のように弾かれ、角竜が持つ間合いの外から首根っこへと伸ばされた口腔から牙が突き立てられる。俊敏に動けるはずの肉食恐竜勢も迂闊に近づいた為に迎撃されてしまい、今はもう戦線を離脱していた。一体何を以ってしてセーフティーなんでしょうか?

 みるみるうちに戦力は削がれ、いつの間にか残っているのは、我が相竜であるアルバートサウルスのサラと修大の相竜であるカルノタウルスのレモンだけになってしまった。

「おい、どうすんだよ!? やべぇ、アイツまじつぇーよ!」

 この『どうすんだよ!?』は俺に投げかけられたものなのか? だったら筋違いだ。俺にはそんな妙案、思い浮かばん。

 邪竜ロボが出てきた際、取りあえず様子を見る為に、俺と修大はサラとレモンへ距離を取るように指示を出していた。相手の出方をまず窺うのが、狩りの鉄則である。俺や修大だけでなく、他のブリーダー達もそこは共通していたようだが、甘かった。

 いきなり目にも止まらぬ速さで間合いを詰めてきた邪竜ロボは、次々と目標を変えて恐竜を捉えていく。本当、俺達は甘かった。

 そんな後悔の念に駆られていたからか、一瞬だけ反応が鈍ってしまった。

「いけない、サ――」

「レモン体当たり(Attack)!」

 サラに狙いを定めた邪竜ロボだったが、咄嗟に反応してくれた修大とレモンにより事なきを得た。レモンの体当たりをくらい、体勢を崩した邪竜の首はサラまで伸びなかった。

「スマン、修大」

「イイって! それより集中しろ……コイツ、レモンだけでどうにかできる相手じゃない」

 その通りだろうな。現に体重の軽いレモンから体当たりをもらっても、大して堪えている様には見えない。なんとか糸口が見えればいいんだが……んっ? あれは使えるな……よし!

「修大」

「んっ、どうした?」

 修大の元へ歩み寄り、耳打ちをする。取り合えず二頭には、自分たちの判断で逃げまわってもらっている現状だ。



「なるほど……」

「できるか?」

「おう、任せろ! 俺のレモンなら楽勝だぜ!」

 修大の返事は心強いな。サムズアップまでして、本当に熱血好青年って感じだ。でもウィンクは止めてよね。流石に寒いから。


「レモン、体当たり(Attack)!」

 修大の指示を受け、レモンは邪竜ロボに体当たりを繰り返す。執拗に何度でも。流石にそこまでされれば、ロボのAIもレモンに注意を向けない訳がない。

 今、邪竜ロボの目は完全にレモンしか見えていない様だ。

「よし……レモン、走れ(Dash)!」

 修大の指示を受け、レモンは走りだす。長い脚を持っているカルノタウルスも、アルバートサスルスに並ぶ俊足である。黄色い体は弾丸の様に駆けていく。

 その後を邪竜ロボも追いかける。だが足の短い邪竜では、圧倒的に不利だ。長い尾で地面を叩いて突っ込む突進もできるが、細かく左右に動くレモンにはその隙さえ与えない。そうこうしている間に、レモンは障害物走のコースまで辿り着いた。

 邪竜の存在を後ろに確認するレモン。しかし次の瞬間、

「ギャウ!」

 レモンは脚を滑らせ転倒してしまった。走っていた勢いのままに倒れた体は床上を滑り、平均台の下へと潜り込んでいく。

「レモン!」

 修大が叫ぶ。動きを止めたレモンを捉えんと、邪竜ロボは大きく首を反らし狙いを定め始めた。…………よし!





「今だ、サラ! 跳びかかって噛みつけ《Jumping Bite》!」

 俺の指示を受けて跳び出したのはサラ。高いポールが林立するスラロームを利用し、姿を隠しながら待機させていた。目立つ紅白模様も、赤いポールの中なら隠蔽色になる。

 鎌首をもたげ、狙いを定めていた邪竜ロボ。その顎をサラは思い切り噛みしめ、後ろに引き倒す。真っ向から勝負していたら、体重差もあって絶対に倒せないだろう。

 だが今、邪竜ロボの重心は後ろに下がっていた。そこにフィジカル面でレモンを上回るサラの体重でぶら下がられたら、倒れない訳にもいかないだろう。ドスンと鈍い音を立て、仰向けに倒れる邪竜ロボ。

 目標が倒れても尚、サラは咥えた頭部を離さない。丁度ロボの体と平行になる位置関係で相手を噛み締め、強固な顎は標的の首から自由を奪い続ける。しかし自由に動く尻尾を使い、邪竜ロボは立ち上がらんとする。

「させるかよ! レモン!」

 修大の指示を受け、レモンは邪竜ロボの尾を咥えた。具体的な指示もなく、有効な攻撃を行うレモン。普段の訓練の賜物ですね。

「よし、行くぞ修大!」

「おう!」

「サラ、」

「レモン、」

全速前進(Full Dash)!!」

後退(Back)!!」

 邪竜ロボの頭部を咥えたまま、全身全霊の力で駆けだすサラ。それとは反対に後退するレモン。寸分違わず、同時に動いた二頭。

 その圧力が一度に加われば、ただでは済まないだろう。全く異なる方向に掛けられた力は、ロボの首の骨をねじ切っていく。まるで生きた動物の骨が外れるような生々しく鈍い音と共に、邪竜ロボは活動を停止した。




「ほっ……」

 本当に疲れたよ。なんの準備も無しにいきなりこんな事をさせるとか、勇部さんマジ鬼畜。いや、勇部さんが発案したのか解らないけどさ。

「やったぜ、希人!」

 暑い。暑苦しい。そして近い。なんで抱きついてくるんだよ。修大はホの字なの?

「お前が居てくれて本当に助かった! ありがと、希人」

 いえいえ、こちらこそ。普段の躾けがよく出来ているから、レモンもあそこまで器用な演技ができた訳だし。なんにせよ、俺にも生かせる経験や知恵があって良かったよ。


 確かに俺はまともにスポーツなんかをしたこともないし、喧嘩だってあんまりしない。だから鈍く見られるし、実際に鈍い。

 だけど、飛び回る虫や泳ぎ回る魚はたくさん捕まえてきた。それができたのは、相手の習性を理解し、それに応じた作戦と罠を張ったからだ。

 

 動き回るのなら、誘い出せばいい。

 強力な武器があるなら、その力が及ばない場所を攻めればいい。


 カマキリを持つ時、掴むのは鎌が届かない胸の後ろからだ。そこから関節を押さえてしまえば鎌を突き立てることはできない。

 動きの早い魚だって、餌の匂いに釣られればある程度コントロールできる。それでかえしのついたビンドウの中に誘い込めば、簡単には逃げられらない。

 肉食動物だって、素早くて力強い奴ばかりじゃないだろ? だったら、鈍さや非力さをカバーする戦術や戦略を編み出せばいいんだ。


「ってか、そろそろ離れろよ」

「あっワリィ……って、うわぁ!」

 重い……重いぞ…………。修大ってこんなにおデブちゃんだったの? って、思ったけど違いましたね。

「ガウ~ン♪」

「バウ!」

 サラとレモンも乗っかっているんですか……冗談抜きで重いです。早く退いて下さい。


「ご苦労だった。これにて本日の試験は終了とする」

 えっ? 勇部さん行っちゃうの? せめて上の人達を退かして行ってよぉ~!!

 俺の叫びが木霊する中、俺とサラ、修大とレモンが初めて経験する試験は、こうして終わりを告げた。

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