走れサラ!
障害物走の方も、なんとか切り抜ける事ができた。別に大していい成績ではないが完走もしたし、ビリでもない。本当、普段のトレーニングにアドバイスをくれる修大君様々です。ありがとうございます。
「おっ! 希人の弁当うまそうだな!」
人の弁当を見て何がそんなに嬉しいのか? と言いたくなる様な笑顔で修大が俺の弁当を覗き込んでくる。俺とサラのペアが障害物走を終えたところで午前中の種目は終わり、今は昼休憩の時間だ。
「何これ? 自分で作ったの?」
「うん、まぁ」
すげー!! とか言ってくるけど、そんなに凄くもないよ? ドライカレーとか、電子レンジでパパッと作れるし。だけど売店で買った弁当を食っている修大からしたら俺は凄いのかな? たまには自炊もしなよ。お兄ちゃん心配です(一ヶ月くらいしか違わないタメだけどね!)
「……一口」
「いいよ、ホラ」
そんな風に両手を合わされたら、やらない訳にいかんだろうが……。しかしウィンクはやめろ。気持ち悪い。もっと言えば、あざとい。
「マジ!? ありがとう! おぉ! 結構うまいじゃん!!」
台詞に感嘆符の多い奴だなぁ……まぁ『うまい』って言われて嫌な気はしないけどね。そんな騒がしい主人達を尻目に、恐竜さん達はペレットフードをボリボリと貪っております。悪いね、こんな日も既製品の飼料で。でも栄養効率はいいんだから我慢してちょ。
「なんかさ、こう言うのいいよな。小学校の時にやってたクラブ活動とか思い出すわ」
「ん? 修大は何やってたの?」
「まぁ器械体操とか色々」
「へぇ……俺には経験無いや。だからよく分かんない」
やっぱりそう言う健やかな少年期があったから、内面から爽やかさが滲み出るんだろうな。残念ながら、俺にそう言う引き出しは無いな……そこんとこ、プチ後悔です。
小学校の時とか、ぶふぉ太……あぁ、『ぶふぉ太』って俺の飼っているヒキガエルね。ぶふぉ太の餌代が足りなくなりそうな時は、必死に昆虫採集とかしていました。もちろん、特定の場所で乱獲する様な事はしません。渡りを行う鳥が如く、日々様々な場所で狩りを行っていました。
それこそ、同級生が昆虫採集なんかしなくなっても、ずっとね。住んでいた空き地に団地が建つ事になり、生き場を失くしたぶふぉ太を連れ帰った訳です。だからもう元の生息地に返す事もできなかったし、終生飼育する義務があったんだよ。よって途中で投げ出すわけにはいかないのです(ちなみに今でもぶふぉ太は現役です!)。
……でも、やっぱり爽やかなスポーツ少年の方が世間受けはいいし、格好いいよな。当時はもちろん、今でもそれは思うわ。
「どうした? そんなボーッとして」
「いや、ちょっと考え事してただけだよ。なんでもない!」
まぁぶふぉ太と一緒で楽しかったし、俺はそれでいいんだけどね。
* * * * *
障害物レースも全員のタイムを計り終え、ついにフリスビーキャッチの時間が来た。うわぁ、嫌だなぁ……。体育で苦手な種目をする日の心境です。しかもこれは授業じゃないから、仮病を使って逃げる訳にもいかない……嫌だなぁ。
「おう! 次、希人の番だぜ!」
えっ? もう修大君終わったの? 早くな~い? あやくな~い? あじゃくな~い?? にゃにゃにゃーい!!!! もう少しゆっくりやればいいのに……。
「大丈夫だ! サラはしっかり出来るんだし、後はお前がしっかり投げればいいだけだ!」
満面の笑みでそう言う修大。君、デリカシーないって言われない?
「よし、行くぞサラ……」
サラのリードを引きながら試験へと向う。これはサラの試験であると同時に、俺が受けるフリスビーの試験でもある。いや、ちが……違わないね。まさにその通りだ。
緊張しながらも所定の位置につく。幅二メートル程の円の中にブリーダーと幼体の恐竜は待機し、ブリーダーが投げたフリスビーを恐竜は走ってキャッチする。まぁ改めて説明するほど難しい競技ではない。難しいのは、きちんとフリスビーを投げる事だ。いや、それも大体の人は難なく出来るんですけどね。あっしはそうもいかないんでやんす。
「(手首のスナップを利かすんでしたっけ? あとは腕を斜め上方に切るように……よし! なんとか出来そうだぞ!)」
意識を集中し、フリスビーを思いっきり投げる。
おぉ~! 俺、やれば出来るじゃん! フリスビーはピアノ線で吊られている訳でもないのにしっかりと宙に浮き、高く昇っていく。
見ろよ、サラ! 俺ちゃんと…………って、サラが俺の隣に居たらマズイじゃん!!
「サ、サラ! 行け!」
俺の指示を受け、サラはようやく走り出す。フリスビーを投げる事に集中し過ぎて、相竜に指示を出すのを忘れていました……面目ない。
だが、そんな俺の不手際など大して問題にするでもなく、矢の様に駆けだしたサラはグングン距離を詰めていく。既に十メートル程離れていたのに、ものの二、三秒で並んでいた。
緋色の体色のせいもあってか、まるで火の玉みたいだ。ヒュ~ドロドロとか言う効果音付きで浮いているだけのじゃなく、某亀型の大怪獣が吐き出すプラズマ火球みたいな高速で飛ぶやつね。
「あのアルバートサウルスも早い!」
「マジかよ、ドンドン距離が詰められていくぜ」
「遅れて指示を出したのも余裕の表れか?」
そうだよ! 遅れて指示を出したのは君たちへのハンデキャップだよ! ごめんなさい、嘘です……。
まぁ実際、ギャラリーが沸くくらいにサラのスピードは速い。もっと言えばスピードだけでなくパワーやスタミナもしっかりあるし、健康優良児そのものである。
これでも、爬虫類や両生類なんかの動物を飼育してきた経験はそれなりにあるつもりだ。もっと言えば、前職はそう言った類の動物を専門的に扱うペットショップで店員をやっていた。ベースの恐竜に様々な脊椎動物の採用部分がごっそり詰め込まれた人造恐竜だが、その分、今まで勉強してきた知識だが応用できる部分は沢山ある。
それでも自分にとっては初めて飼育する動物だ。だから勿論、新しく知識を得る為の勉強だってした。仮にこれが長年飼い続けたぶふぉ太でも、そうしている様にね。
飼養技術の世界は日進月歩。日々これ勉強だね。新しく判明した知識や発見、各社から発売される新しい飼育用品。こう言ったものを上手く取り入れ、より良い環境づくりや生体の健康促進に役立てる。人造恐竜だって現生動物だって、飼育にあたる上での心構えと言うのは共通だ。修大の様に高いトレーニング技術はないけど、お勉強なら俺のほうが得意と言っていいはずだろう。
これは『努力』と誇れる程の事でもないが、健全かつ順調に成長させる義務をしっかり果たす為に必要な事ではある。まぁそれ位しか、俺ら人間から与えられる物はないからね。
「うおぉ~! はえーな、サラ!」
遠くで修大が目を丸くしてサラを見ている。そりゃあビックリするか、いつもはどちらかと言うとのんびりしているからな、サラ。
ただ、個体の性格上のんびりしていると言っても、サラはアルバートサウルスだ。
【竜盤目 獣脚亜目 ティラノサウルス科 アルバートサウルス】
成体の体長は8~9メートルに達するが、発達した後ろ脚を持ち、また近縁のティラノサウルスよりも細身であること等から、かなりの速さで走れたと言われている。その速度は時速30キロに達し、この大きさの動物の中では最も速く走れたらしい。……と、ウィキペディア先生からの受け売りおしまい。
そんな恐竜をベースに遺伝子改造を施したのである。足が遅い訳がない。と言うか速い。現に今、もう既に放物線を描くフリスビーの落下地点へ先回りしているまでだ。落ちてくる円盤に、「待ってました!」と言わんばかりの勢いでサラは食いついた。当事者は子犬的な振舞いをしているつもりなのだろうが、鋸歯状の牙がびっしりと生えた口腔で咥える様は、吊るされた肉に飛びかかるイリエワニである。
そんな愛らしいハンターは、円盤を咥えたままこちらへ走り寄って来る。紅白のコントラストが美しい体色に添えられたエメラルドグリーンの瞳は、あまりにも綺麗だ。駆け寄ってきたサラは、その宝石みたいな目で俺を真っすぐに見つめてくる。
「お疲れさま。よくやったな、サラ」
クウゥ~♪と、鼻を鳴らしながら目を細める姿はなんと愛らしい事か。本当、よく頑張ったよ。