試験開始
窓から見える空は灰色。本日は曇天、明日か明後日には荒れた空模様になるらしい。世間様はGWみたいですが、ご愁傷様ですね。去年も今も土日祝日関係ない仕事に就いていますので、寧ろメシウマとか思っちゃいます。……わぁ、俺ってゲスい。
「い゛、いよいよだなぁ……や゛っぱり希人も緊張ずる゛?」
「ん? ……まぁね」
モノレールの車内も確かに振動はしているが、今修大を震わせているのは緊張とか武者震いとか、そう言う類の心理的なものだろう。ってか、乗客が歯をガクガク言わせる理由が乗り物にあったら色々とマズイ。
俺と修大は島内を走るモノレールに乗り、サラとレモンの習熟度を見る試験の会場に向かっている。試験と言ってもそれほどシビアなものではなく、今現在の仕上がり具合を確かめるくらいの簡単な試験だ。関東近辺の他支部からも幼体の人造恐竜とブリーダーが集まり、基本動作などの指示に迅速に反応できるか等を確かめる。
評定は高評価から順に【A・B・C・D】で下される。まぁ要約するとこうだ。
【A】……規定以上の非常に高い水準に達している。
(訳:ふむふむ……この人造恐竜はすばらしい能力を持っている! ブリーダーさんも優秀なんでしょうな!)
【B】……規定より高い水準に達している。
(ふむふむ……この人造恐竜はそうとう優秀な能力を持っている。ブリーダーはこの調子を維持するように)
【C】……規定の水準を満たしている。
(この人造恐竜は平均以上の能力を持っている。まぁ今のところ問題はないが、ブリーダーはもっと頑張るように)
【D】……規定の水準を下回っている。
(この人造恐竜はまずまずの能力……もねぇよ! 飼い主は何やってんだ! 訓練内容とか諸々見直せ!!)
どうでもいいけど、個体ごとの能力値の差がランダムで32段階って鬼畜だと思うんだ(しかも6つの能力値全部)。どのゲームがとは言わないけどさ、一緒に旅した仲間が「まずまず」で「まぁまぁ」とか言われると辛いよ……。
「大丈夫かぁ~レモン」
〝お前が大丈夫ですか?〟と突っ込みたくなる程に修大は震えている。レモンを擦る手もブルブルですよ? リードに繋がれたレモンの方も、ジッと固まったまま動こうとしない。多分、主人の緊張とか伝わるんだろうな。流石は人間と連携して戦う事を前提として生み出された人造恐竜だ。
かくいう俺だって緊張はしているんだ。よく「篭目君は顔に出ないよねぇ~」とか言われるけど、実は腋汗とかヤバイ。地味にヤバイ。俺も修大も今日は作業用のツナギだが、パンゲアのこれ、色がモスグリーンなんだよ……。汗染み目立ちそうで辛い。
脇の下の汗染みをチェックするついでに(幸いまだ染みはない)、サラの様子を確認してみる…………お前なに座席の上で寛いでいんだよ。
人間様が座る為のシートに陣取り、サラはコタツの中の猫みたく丸くなっている。白亜紀のアメリカ大陸で幅を利かせたアルバートサウルスは、尻尾と頭をくっつけて脚を畳み、フカフカのクッションに伏せていた。いいなぁ~♪ 気持ちよさそう。じゃあ俺も……ってねぇよ!
先ほどは「主人の緊張が伝わる」と言ったかもしれない。残念ながらあれは嘘だ。体格だけは、カルノタウルスのレモンよりも立派なんですけどねぇ……。
* * * *
今日の試験が行なわれる屋内の運動場。床は芝生だが、それ以外は広い体育館と言ったところだろう。まぁ人間が運動する訳じゃないから、バスケットゴールとかそう言うのはないんだけどね。
ただその代わりに広い。本当に広い。なんたって恐竜が飛んだり跳ねたりする場所だからね。まぁ、今回の試験は小さな幼体が動くだけではあるが。
既に今回の習熟度試験の為に集まった他支部の恐竜たちとブリーダーは集まっていた。ざっと見て十頭ちょっとか……まぁ成体まで成長した時の飼育スペースを考えるとそんなに量産できる代物でもないし、当然と言えば当然か。
なんて考えていたら扉が開き、偉そうなオジサンが四人入ってきた。恐らくパンゲアの重役さんだろうな。今回の試験監督を務めるって聞いてたし。どうでもいいけど、二十一歳にもなって、相手を『偉そうなオジサン』としか表現できない自分の将来に不安を感じます……。だってホラ、それほど面識のない人を「はげ散らかした」とか「脂ぎった」とか言えないじゃん?
そんな頭部の風通しが良さそうだったり、栄養状態が良さそうだったりする中年男性の中に、一人だけ異質な存在が居る。
「本日はご足労いただきありがとうございます」
そう言って青年は四人のオジサマ方に軽く頭を下げていた。礼儀正しく丁寧で、それでいて力強さや頼もしさを感じさせる立ち姿。
このパンゲア日本支部の関東本隊で、DFの実動部隊を指揮する勇部亘さんだ。180センチをと超える長身にはほど良く筋肉がついていて均整が取れており、首の上には涼しげな瞳をした甘いマスクがある。髪なんかサラサラで綺麗な黒髪だ。
多分、これが本当の〝クールジャパン〟ですね。品行方正、質実剛健、池面無罪、これぞ日本男児って感じです。……えっ? 何か四字熟語じゃないのが混じってる? 気のせいですよ~。
「よし! ここまで来たら腹くくるぞ! いいなレモン!」
「ガウ!」
隣にいた修大が、パンパンと急に自分の顔を平手で叩き出した。一瞬何事かと思いましたが、本人の顔は至って晴れやかだ。そして彼の呼びかけや心境に呼応する様に、相棒であるカルノタウルスのレモンもやる気を漲らせている。
しっかりと目を開いた修大は、綺麗な二重瞼と丸くて可愛いおでこが印象的な顔立ちだ。勇部さんが【ザ・ハンサム系日本男児】なら、修大は【ザ・ベビーフェイス系イケメン】だろう。いやはや、ここの支部でDFに携わる男子二人はイケメンですね。俺、ちょっと居づらいです……。
因みにワタクシもありがたい事に、他人様からは「上品な顔立ち」とか「品が良さそう」と言う第一印象をいただきます。しかーし! いざ私生活や趣味の話になると、「思っていたのと違った」「趣味が合わない」「なんかキモイ」と言われてしまいます。
なせでしょうね? ペットにヒキガエルやヘビを飼っているのが、そんなにいけませんか? ほんの数ヶ月前までそう言った動物の専門店で働いておりましたが、女性もたまにいらっしゃいましたよ? ……まぁ苦手なものを無理強いはしませんけど。でも人間をクーリング・オフするのはやめてよね! 男子は繊細、傷つくのよ!
* * * * *
「4番、木野修大。カルノタウルス、レモン行きます!」
そうこうしている内に始まった試験も、ついに修大とレモンの番まで回ってきていた。
「レモン、伏せろ」
修大の指示を受け、レモンは床に腹をつけて伏す。今回の試験で最初に見るのは、後退、前進、走れ、旋回、跳べの基本動作を理解し、指示に従えるかどうかと言う点だ。
これに翼竜なら飛べ、イグアノドン等の手が器用に動かせる種類ならお手等の様に、種類毎の特性に合わせた指示が追加される。俺と修大が受け持つ肉食恐竜なら、噛みつけなんかだ。。
まぁ元ドッグトレーナーと言うだけあり、修大は指示を出す姿も様になっている。なんの危なげもなく、全ての基本動作を完璧にこなした。相竜であるレモンとの息もピッタリだ。
先ほどまでの緊張はどこへやら。ひょっとしてコイツは「全然勉強していない」とか言っていい点とっちゃう奴か? まぁ学生時代の俺、そんな感じでしたけどね。実際、家庭学習とかあんまりしてなかったし。あっ、こう言う事言うから嫌味ったらしいって言われるんでした! 失礼しやした。
「よし、次は希人の番だ! がんばれよ~!」
「お、おう……」
そう言って修大は俺の横を通り抜けていった。去り際の笑顔が眩しいねぇ~。はぁ、俺もイケメンに成りたかった……。
「5番、篭目希人。アルバートサウルス、サラ行きます!」
…………凄く緊張しています。修大君が本番に強いタイプなら、俺はその逆ですね。お恥ずかしい話ですが。
「サラ、らいでゅ……伏せろ」
会場に湧き起きる笑い声。そんなに笑わなくてもいいじゃなイカ! 俺だって傷つくんだよ?
しかしサラの方はきちんと指示を理解してくれたらしく、他の基本動作も合わせて問題なく試技が終わった。ふぅ~、背中が冷たいぜ(多分汗だな)。
俺達の後に続いて7ペア程の試技が終わり、次は障害物走に入る。障害物走と言ってもそれほど大掛かりなものではなく、前半はスラロームを潜り抜け、後半は平均台の上を走ってゴールすると言う単純なものだ。とは言っても今回は大型の首長竜も参加する為、スラロームのポールは2メートル近い大型のものである。
ここからはあくまで努力目標の範囲内であり、できないからと言ってマイナス査定になる事はない。しかしまぁ、A評定が欲しいのなら落とせない種目になる。……ちなみにフリスビーのキャッチも実は努力目標だ。本当、良かったです。
「レモン行け!」
修大の指示を受け、レモンは走り出す。赤いゴム製ポールが乱立したスラロームをすいすいと潜り抜けていく。そして平均台の上を器用に歩き、あっという間に修大の元へと辿り着いた。
「よくやったぞ~レモン!」
自分の元へ戻ってきたレモンの喉元を擦り、労を労う修大。それにはレモンの方も目を細め応えている。なんか気持ち良さそうだね~。鮮やかな黄色の体色は、明るい性格してる君のブリーダーさんとお似合いだよ。
「すげー、新記録だ!」
「あのカルノタウルス、速い」
周りが騒がしくなるのも無理はない。何たって修大&レモンペアのタイムは、この障害物走でぶっちぎりの一位なのだから。いやぁ凄いですねぇ。
「おめでとう、修大」
「おう! 俺も応援してるぜ!」
そうでしたね、次は俺の番でした。この順番、逆なら良かったのにな……。