僕は円盤が投げられない
『機甲猟竜DF』本編の時系列では、
第三話「“いただきます”の意味」〈3〉と、
第四話「そんなに泣かないで」〈1〉の間に入るエピソードとなっております。
今日という日はよく晴れている。小春日和……は、春の天気じゃありませんね。失礼しました。そもそも、小春日和って穏やかな天気の事を言うんだよな。だったら風が強い今日の天気は、初冬でも小春日和とは言わないか。
……そんなどうでもいい事を考えていたら、段々と眠くなってきた。腹八分目まで溜めた昼食をかき回す胃袋の運動を優先し、脳は眠りについてしまいたい。まぁ無理なんですけどね。
「よーし! いっけぇ、レモン!」
海風が吹くこの運動場では、俺の同僚・木野修大が勢いよくフリスビーを投げている。元気だねぇ、君は。クッキリ二重のベビーフェイスに浮かぶ眩しい笑顔は、春の日差しを受けて一層輝きを増しているようだ。……言っておきますが、俺は決してそっちの人じゃないですからね。誤解なきよう、よろしくお願いします。
修大が投げたフリスビーは空中高く弧を描き、地面へと落ちて行く。そのままでは地面に落下してしまうのだが、そうはいかない。
バウッと言う小さな鳴き声の後、宙に浮かんでいたフリスビーはガッシリと捕らえられていた。肉食動物特有の鋭い牙がぎっしりと生えた口は、本気で噛まれたらとても痛いのだろう。……いや、痛いでは済まないな。
ただ、今捕らえられたフリスビーは強化樹脂製である。だからナイフみたいに鋭い牙で噛まれても、傷が付くくらいで済むのだ。
「よし! よくやったな、レモン!」
「ガウゥン♪」
修大が労いの言葉を掛けながら頭を撫でると、〝レモン〟は鼻を鳴らした。決して豊かな表情のある動物ではないが、なんとなく嬉しそうにしているのは伝わってくる。
牙が密集した幅広の口の上に見えるのは、深い海の様に青くて綺麗な瞳。鮮やかなレモンイエローの体色も相まって、ますます綺麗に見える神秘的な美しさだ。
ただ、それ以上に印象的なのは、頭部の角だろう。学名は【肉食の雄牛】を意味しているが、牛に似ているかと言うとそうでもない。どちらかというと生き物の角と言うよりも、丸みを帯びた石ころと言ったところだろうか?
その肉食の雄牛――肉食恐竜【カルノタウルス】は、木野修大が受け持つ恐竜である。ティラノサウルスを小型にして細くした様な胴体とあまりに小さな前足、短い吻とよく目立つ角を持った顔が印象的な獣脚類だ。まだ中型犬ほどの大きさだが、その姿は立派なハンターと言って差し支えないだろう。
修大と俺は、東京湾に浮かぶ人工島・白海亀で、恐竜を育てる仕事をしている。修大がカルノタウルスを受け持っている様に、俺もまた、一頭の仔恐竜を担当している。
「お~い! 次は希人の番だぞぉ~!」
五十メートルくらい手前から、修大が俺に声をかけてくる。そろそろ俺と俺の育てる恐竜の出番だ。
「よし! サラ、俺がこの円盤を投げるから、お前は取ってくるんだぞ」
直後に聞こえる「アウッ!」と言う鳴き声。……それは了解ととって良いんだろうな?
サラの意識が前方に向いている事を確認し、思いっ切り円盤を空高く放り投げる!
……投げたよ? 俺、投げたんだよ?
なのに、なんで円盤は地面に突き刺さっているの?
突き刺さっている円盤の通った道筋そのままに抉れた地面の土。これはアレだ。小石で水面の水切りをする様なものだ。……違うか。うん、違うね。
遥か前方では、修大がガックリと肩を落としている。べ、別にいいだろ! 某宇宙忍者よろしく、20億3千万人の同胞が乗っている訳でもないんだし!
……いや、良くないか。だって俺の横に居る相方は、スゲー切なそうに見上げて来てるもん。表情筋がない顔でも、目は恐ろしいくらいに正直だなぁ。エメラルドみたいに綺麗な緑色の瞳は、確かに感情を含んでこちらを見ている。うん、何が言いたいかはなんとなく解るぞ!
物悲しそう……と言うよりも、不満そうな視線を送ってきているこの恐竜。
体の更紗模様から〝サラ〟と名付けた肉食恐竜【アルバートサウルス】――コイツが俺、篭目希人の育てる恐竜である。ティラノサウルスをそのまま細身にし、小型化した様な姿をしたのがこのアルバートサウルスだ。まぁ〝小型化した様な〟とか言っても、9メートルくらいまで成長しますが。
爬虫類を思わせる硬い質感の白い皮膚には、大小の赤い班が並んでいて、紅白の模様が映える流線形のボディラインが素晴らしい。大体白と赤の割合は、6:4と言ったところかな。鼻筋から首の上半分、背中から尾の先までは赤く染められているが、顔周りや腹は白い。腹側で赤が入るのは後ろ脚の腿と脛、のど元くらいだ。
ちなみに学名の意味は、化石が発見されたアルバータ州からつけられた【アルバータ州のトカゲ】である。「何それ、まんまやん!」とか言わないで! どうせなら「肉食の雄牛」みたいな二つ名っぽいのが良かったとか、何度考えたか覚えてない。
「おい希人、大丈夫か?」
「あ、うん……」
修大がこちらへ走り寄り、尋ねてくる。あまり大丈夫とは言えないのだが、どうずればいいのだろうか……。
どうでもいいけど、イケメンって走り姿も格好良いですよね。寧ろ、だからこそイケメンと呼ばれるのかもしれません。俺が〝見た目だけなら良いのに〟と残念がられる要因のひとつも、ここにあるのかな?
「なんつーか、サラもだけどフリスビーが可哀想だよな……」
「…………」
フリスビーが可可哀想ってなんだよ。生き物なのか? フリスビーは。「ボールは友達。恐くない!」的なアレですか。ぶっちゃけアイツ、ちょっと頭おかしいですよね。ボールとか、球技が苦手な人間からしたら悪魔だし、友達になれっこないです。悪魔と相乗りする勇気はございません。
……ってか、フリスビーが生き物だったらそれ、〝円盤生物〟じゃないか! 嫌だよ。俺、『パンゲア全滅! 円盤は生物だった!』みたいな展開は勘弁してほしい。
ちなみに今出てきた【パンゲア】と言うのが、俺たちの所属する組織である。
――対邪竜国際連合機構・パンゲア。
十五年前、突如出現した未知の巨大生物【邪竜】に対抗すべく組織された、超国家的組織である。その日本支部の要とでも言うべき人工島の基地が、俺たちの職場であり居住場所だ。
高い環境適応能力で分布を拡大した邪竜は、人類ひいては既存の生態系すべての脅威となる。一昔前まであった特撮映画の世界と、現実の世界の在り様は段々と似てきてしまった。
しかし、空想の特撮映画とは全く異なる点がある。
それは最前線で戦うものの存在だ。先頭に立って戦い、俺たちを守ってくれるのは、光の巨人でも、改造人間でもない。
……その役目を負うのは、生身の恐竜である。
遺伝子操作により生み出された人造恐竜。彼らは高い知能と人間への忠誠心を持ち、邪竜へと立ち向かう。邪竜と戦うため、機械仕掛けの鎧を纏ったその姿を人はこう呼ぶ……
『機械の装甲を纏い、邪を狩る猟竜』――機甲猟竜 ダイナソー・ファイター。通称・DF。
今、俺と修大が受け持っているサラやレモンも、DFとして戦うために生み出された人造恐竜だ。……それなのに、肝心の主人がこんな調子じゃダメだよな。本当、ゴメン。
「しゃあねぇなぁ……ホラ、〝フリスビーの投げ方〟教えてやるよ。だから一緒に頑張ろうぜ! もう試験まであんまり日にちないしよ」
「あ、ありがとう」
木野修大はいい奴である。こんな奴が同級生に居たら、俺も体育嫌いにならなかったんだろうか……。