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テレビドラマ

作者: 竹仲法順

     *

 会社での仕事が終わって一人の部屋に帰り着くと、すぐにテレビを付ける。さすがに俺も一人暮らしに侘しさを感じているのだった。まあ、ずっと独身で来たので、これから先もそれでいいと思っていたのだが……。仕事帰りにスーパーのタイムセール時で値引きされて買った安いお弁当を袋から取り出し、一緒に買っていたアルコールフリーの缶ビールのプルトップを捻り開けて缶に口を付け、ゆっくりと呷る。社内ではずっとパソコンのキーを叩き続けていた。まだ二十代後半で出世していなくて平の身だが、そのうち上のポストに上がれるようになると思う。俺もサラリーマン生活に絶望しているわけじゃなかった。単に幾分疲労を感じていて、どうしようもない思いをしているだけだ。そんな俺にとって、パソコン以外の楽しみはテレビドラマだった。民放が放映するドラマを見続けている。特に深夜など遅い時間帯のドラマはDVDレコーダーに録り、休みの日などにまとめて見ていた。ずっと仕事ばかり続くので、倦怠感のようなものを覚えていたのである。食事などはなるだけ倹しくし、出費を減らすようにしていた。サラリーマンにとってこの秋から初冬に掛けての季節は何かと慌しい。すでに社内では先取りし、十二月に執り行われる企画などもあって、パソコンはどれもフル稼働だ。外出先にはタブレット式のパソコンとスマホを持っていく。外での仕事も欠かせない。直前までそういった機器を使って企画書などを打ち、先方に提示するのだ。とりわけ気に掛けることはなかった。単に企画書の一つや二つ打つのぐらい朝飯前だ。それだけ慣らしてきている。何かを考え付くのが、俺の仕事だからである。実際に作った物を画面上に映し出し、更に手を加えるのも業務の範囲内に入っていた。気に掛かることがあっても、一つ一つ仕事を片付けていく。その繰り返しだった。サラリーマン生活は実に地味だったのだが……。

     *

 フロア内で丸一日地道に作業していると、仕事後に自宅マンションに帰った後の時間がとても楽しみになる。ニュースや報道番組より、ドラマの方が好きだ。普段飽きるほどネットニュースを見ていたのだし、報道系の番組も幾分退屈気味である。現実逃避と言われればそれまでかもしれない。だが社であったいろんなことを考えるのを止めて、ドラマなどに没頭すれば気持ちが落ち着く。要は頭の切り替えなのだった。俺も企画を考え付くときは、いろんなものからヒントを得る。単なるネット上でのニュースやブログ、それにブックマークしていたサイトなどに加えて、ツイッターや動画サイトなども参考にしていた。俺もツイッターはやっていたのだが、単なる暇つぶしというよりもより業務に程近い。得られる情報量が実に莫大だからである。一日に二回とか三回はツイッターへの書き込みもしていた。同時に他のユーザーたちの動向も見る。毎日ネット社会は物凄いスピードで移り変わっていく。俺も情報では負けていられない。そういった意味ではオフィスでゆっくりする間はなかった。昼間かなりの量の仕事をこなし、夜帰ってきたら即テレビを見る。テレビドラマは格好の娯楽だった。付けっぱなしにしていて、見ているようで見ていないときもある。夜は夜で帰宅後の食事と入浴の後、ベッドに寝転がり寛ぎ続けた。ドラマはやはり面白い。俺もなるだけ気持ちを楽にしていた。一日働けば、その後の時間はリラックスに充てるつもりで。

     *

 秋の朝は寒い。肌寒さがあり、俺もベッドからなかなか出られなかった。それでも午前七時過ぎには起き出し、キッチンへと入っていって、薬缶にお湯を沸かしコーヒーを一杯ホットで淹れる。気付けにエスプレッソで淹れて飲むこともあった。起きてすぐは頭が眠っている。だがコーヒーを一杯飲み、洗面台で洗顔して電動ヒゲソリ機で髭を剃ると、気分が変わった。そしてカバンに仕事に必要な物を詰め込み、玄関の扉のキーを持って施錠する。俺もオフィスへ向かいながら、改めて季節の変わり目を感じていた。着実に秋冬へと気候が移り変わっていく。俺も普段ずっとオフィス内でパソコンを使いながら、いろんな企画を作る。特にこの季節から年末ぐらいまでは慌しい。働き詰めだった。まあ、それでも十分体が持つのだけれど……。通常通り出勤し、社の企画課のフロアに入っていくと、午前九時前なのに皆がもう仕事を始めている。さすがにこの課の人間たちは働き蜂だ。ずっと会社が休みの日以外は仕事ばかりしている。企画を作るのは大変だ。だが、それをしないと仕事にならない。俺も気に掛けているのだった。新しい物を作るのは実に大変だと。ずっと頑張っている。仕事は山積みだったが……。その日の昼に課長の栗原が誘ってきた。「飯でも食いに行かないか?」と。俺も「分かりました」と言って頷き、栗原と共にフロアを出て、歩き出す。栗原が部下にランチを奢るのは珍しい。歩きながらいろいろと想いを巡らせていた。食事時ぐらい仕事のことを忘れた方がいいのだが、さすがにずっと考える癖が付いている。まあ、仕事でフルに頭脳を使っているので仕方なかったのだが……。

     *

 会社近くのファミレスに入り、すぐに日替わりをオーダーして、飲み物はホットコーヒーにした。席上で栗原が、

「君のアイディアは悪くない。いつも上手く行ってる。だから一つ話がある」

 と言って、俺を来年度から課長代理に据えることを提案してきた。これは内々で取り決めていたことのようだ。ものの数分で食事が届くと、栗原と一緒に食べながら、話を続ける。別にいいのだった。こういった場でその手の話が出るのは極自然だからだ。別に珍しいことじゃない。大抵食事しながら、ビジネスの話が出ることは多いからである。時間の許す限り食事を取り続けながら、自分が立てた企画がヒットを出し続けていることを思い、リラックスしていた。こういったときは気を抜いていいのだ。課長である栗原もこういった席上が一番言いやすいらしい。俺も全く同感だった。

「課長代理になれば、給料や賞与はもちろん上がるよ。君も期待されてるんだ。頑張ってくれ」

「はい」

 その時点ではそう返すのが精一杯だったのである。サラリーマンはしがない職業だったが、出世の道が開かれるとあればそれに越したことはない。俺もそう思ってやっていた。新たなポストに就いたとしても、過剰な期待をするつもりはない。単に栗原と距離が近くなるだけで、それ以上はメリットもデメリットもなかった。それに課長代理になっても同じフロアで作業し続けることに変わりはない。パソコンやスマホなどを使いながら、仕事を続ける。特に変化はなかった。単に平の身から課長に次ぐポストへと上がっただけだ。仕事内容は同じである。ただ、今よりもより多くの業務が待ち受けている。覚悟は決まっていた。互いに食事を取り終えると、栗原が食事代を支払い、共に店を出る。そしてその日も仕事が終わればすぐに自宅へと戻り、夕食や入浴を済ませてテレビドラマを見ていた。トレンドを掴むのが早くないと、こういった企画を立てる仕事は出来ない。実際ボツになるものもあるのだし……。そのためテレビを見ながら、頭を柔軟にしていた。特にドラマを見ていると、そういったことは手に取るように分かる。俺も感じているのだった。一番手っ取り早い情報源としてテレビがあると。DVDレコーダーなどに録っていた分もあるので、そっちの方も折り入って見ていた。アルコールフリーのビールは酔わなかったのだが、その方がいい。下手にアルコール度数の強い酒に慣れてしまうとまずいからだ。アルコールは寿命を縮めるのだから……。テレビを見ながらいつの間にか眠ってしまっていることもあったのだが、テレビ本体に三時間のタイマーを付けていたので、自動で消えてしまう。来年度からはいきなり課長代理職に抜擢されたわけだが、別に気負う必要はないと思っていた。職場を移るわけじゃないのだし、地味に仕事をこなすことに変わりはない。そう思ってドラマが終わる午後十一時頃には大抵テレビを消し、ベッドに潜り込んで眠っていた。ゆっくりと快適な睡眠を取る。日々その繰り返しで時間が過ぎ去っていくのだが……。

                                (了)


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