表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

調教師とサル以下

P氏

「こんばんわ~、マスター、」


マスター

「いらっしゃいませ、……噂をすれば何とやら、ですね、」


P氏

「え? 僕の噂? 悪い噂じゃないだろうねぇ?」


 言いながらP氏はカウンターに腰掛け、隣のサラリーマンに軽い会釈を返し、さらに向こうに座るM女史に手を振った。


マスター

「Sさん、こちらはPさん。」


S氏

「ああ、拘置所の……?」


P氏

「ただの公務員ですよ、あまり公にする職業じゃないんで……。

 この前は、酔ってお喋りが過ぎたと反省してるんですよ、」


S氏

「秘守義務ってヤツですか?」


P氏

「そうそう。」


 マスターに出されたウイスキーをぐびり、と呑む。


S氏

「色々と興味深い話が聞けそうだと、期待してたんだけどなぁ……、」


P氏

「いやいや、……今夜の僕は貝ですよ、何も喋りません。」


 何かあったのか。S氏M女史は顔を見合わせ、マスターは新聞記事を思い返して納得の頷きを密かに重ねる。


M女史

「じゃあ、わたしは明日早いんでそろそろ……、」


S氏

「ああ、待てよ。……じゃあ、俺も。

 それじゃ、また今度ゆっくり。」


P氏

「ええ、ぜひ。」


 二人がそそくさと引き上げた店内はP氏とマスターの二人だけになった。


P氏

「……ねぇ、マスター。

 あの二人って、やっぱ、アレかな?」


マスター

「そのようですよ?」


P氏

「ふーん、けど、アレだ、尻に敷かれてるのはS氏の方だね。

 かなり気の利くタイプだと思うよ、頭も良さそうだし。紳士だ。」


マスター

「サディストだそうですよ、いつもMさんがボヤいてます。」


P氏

「そうかなぁ? ま、頭が良くなきゃ、相手の好みに合わせられないだろうから、そうなのかもね。

 マゾのして欲しい事を予測出来なきゃ、ただの嫌なオヤジだろうから?」


マスター

「……けっこう詳しいですね、」


P氏

「心理学はある程度、学ぶんだよ、職場でさ。」


マスター

「いいんですか? もうじき総選挙の季節ですよ?」


 死刑囚の刑執行が行われる機会が増える季節の到来だ。自然、公務員は口が固くなり、警察関係者は神経を研ぎ澄ませる。


P氏

「ヤな季節が来るよ~、ああ、やだやだ。

 そう言えば、SMの関係とはあまり関わりないかも知れないけど、面白い話を聞いたんだ。」


マスター

「ほお、」


P氏

「酒の上の話と思って聞き流してくれよ?

 間違っても、例のS氏には言わないって約束で。(笑 」


マスター

「はいはい、(笑 」


P氏

「脳の発達過程を研究した外国チームの報告からなんだが、人間の脳は、いわゆる、苦痛や苦悩を多く経験するほど、発達するんだそうだよ。

 逆に、逃避というんだが……快楽へと走るほどに、退行してゆくそうだ。

 超自我とも関係しているらしいんだけど、……超自我ってのは、要は道徳観念てもので……あ、難し過ぎる?」


マスター

「いえ、今のところはOK、」


P氏

「ごめん、俺もあんまり理解出来てないんだよ、本当はさ。(笑

 まあ、平たく言えば、脳みそ的な基準で言えば、サドよりマゾの方が発達していて賢い、って事らしいんだな。うん。」


マスター

「……先ほどの言葉と矛盾してませんか?」


P氏

「S氏? だから、彼は精神的にとても苦労してそうだなぁ、と思ったんだっていう、オチ。」


マスター

「はあ、オチ。……つまり前振りだったんですね。」


P氏

「うん。

 マゾに求められる……、つまりモテモテのサドってのはさ、きっと、相手の要求がすぐに察知出来て、それでいて全体をプロデュースする技量もあって、さらには、自分の欲をセーブして相手を優先してやれるだけの余裕がある人間なんだと思うよ。」


マスター

「ほぉぉ。それなら、マゾの方でなくともモテるでしょうね。」


P氏

「元はそうじゃなかったフツーの子が染められちゃう、ってのはそういうサドの人間なんだろうと思うよ。素質を見抜いて発掘しちゃうんだろう?

 人間関係、ソツなくコナしてるっぽいよね、羨ましい。(笑

 自分本位で突っ走って、相手の苦痛が本心からだと解からないようなのは、はっきり言って猿以下だろ。

 ウチにもそういう、人の道を外れた馬鹿なヤツがゴマンと居るからね、見慣れてくれば、違いが判るようになるさ。

 ……あんな賢そうな顔はしてないな、うん。(キッパリ 」


マスター

「利己的犯罪者か、SMの調教師か。雲泥の差ですね。」


 そうそう、と答えて、P氏はまたウイスキーのグラスを傾けた。


P氏

「残虐な事件を起こして、世間を騒がせた犯人ほど、壁の向こう(刑務所内)じゃ、借りて来た猫みたいに大人しいんだぜ?

 孤立無援、誰にも相手にされないもんだから、卑屈に縮こまってさ。

 同じような犯罪者ばかりでも、臭いで判るんだろうね、仲良くしてプラスになるヤツと、マイナスになるヤツの違いってのはさ。」


マスター

「残虐性をこっちに向けられちゃ、堪らないでしょうしね。」


P氏

「そういう意味じゃあないよ。

 ああいう、常識では考えられない事件を起こす犯人は、やっぱり、常識に欠けてる事が多い。しかも、自覚がないんだ。

 少しでも思い遣りとか優しさとかいう感情があるなら、そんな事件は起こさないし、そういう感情が欠落しているから、凶悪犯罪を犯してもケロリとしているわけだろ?

 だけど、優しさも思い遣りも持たない人間が、集団の中で……特に、刑務所という特殊な環境で、どれほどの価値がある?

 横一線に並んだ人間関係で、頼めるものは中身だけなんだ。

 猟奇的な犯罪を犯した人間は疎外されるんだよ。

 犯罪の内容なんか関係なく、滲み出るものがあるんだよ、……人間的な欠陥がさ。

 みんな、防衛本能でそいつ等を避けてるんだよ。

 孤独はツライからね、ヤツ等はヤツ等で必死に無害のフリをするけど、中のヤツ等はみんな人一倍敏感だからさ。

 ……嗅ぎ分けちゃうんだよね。」


マスター

「なんとも、憐れな情景ですねぇ……。」


P氏

「うん。見ないことにしてるけどね。」


 そう答えて、P氏はまたウイスキーのグラスを傾けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ