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レジェール・ソレット  作者: 伯修佳
第3章 水上の貴婦人
12/18

船上にて火に油

‡原初の言葉に関する記述 3‡


 空と大地と海を創り上げた時に、彼は『言葉』が『足りない』事に気付いた。


――この世界を繁栄させる為に用意した、『生命』の言葉が必要だ。


 彼が言葉を紡ぐと、大地には始祖なる獣が、海にはひれを持つ者が現れた。


 それでも男は『足りない』と感じた。




――どこかに『逃げてしまった』生命の言葉がある気がする。


【初代図書館長レジェールの手記・『創世』の章より】


※※※※


 お師様、お元気ですか? 今はどちらにいらっしゃるのでしょうか。

 考え事のし過ぎで崖から落ちたりしていませんか?ここと違って探しに行く者がいないので、独りどこかの山中で干からびていないか心配です。

 こちらプレアタジネールは不穏な気配がどしどし強くなっています。今日も何人かが城に連れて行かれたきり帰って来ません。

 内容はやはり老若男女問わずです。城も遠くから調べましたが、お師様の見立て通り、何か実験をされているのは間違いないとは思います。

 これは街の薬局からバジ=ストフコが消えた事と何か関係があるのではないでしょうか。引き続き調査致します。

 その他の近況ですが、そうそう、今日マルスブルグからエンディがやって来ました。今実は、グリュエルからプレアタジネールに向かう船の中です。

 リケ鳥の手紙にもあった様に、王命でマルティエグに行くとかでエンディは他に三人ほど仲間を連れています。

 うち二人は騎士なのですが、これがまたいけ好かない野郎どもです。こんな二人と長旅をするなど、ヴァルカの群れにか弱い子リルムを投げ入れる様なものだと案じられます。

 一人はヴェンツェルとかいう派手な外見の無愛想な輩で、もう一人はウィリアードなんて王族臭い名前の軽薄そうな奴です。

 後一人女性がいるのですが、この人はとにかくうるさくてよくわかりません。口には出しませんが、エンディはさぞかし心細い思いをしているでしょう。


 やはりここは僕が彼女を護らなくてはと思います──


※※※※


「誰が軽薄そうな奴だって?」

 いきなり目の前から消えた皮紙に、ソルファはぎょっとして背後を振り返った。

 蒼鋼色の髪をした方の『いけ好かない野郎ども』の一人が、早くも戻って来たらしい。面白そうにこちらを見下ろしている。

 狭い船室のしかも三人部屋、すぐ脇には寝台が三段と壁を埋めていて狭い。一人に中々なれずにいたのだが、同室二人が潮風に当たってくると出て行った。これ幸いと、彼は一つだけの机で手紙を書いていたのだった。

「『か弱い子リルム』って、もしかしてあの傲岸不遜なお嬢さんの事か? お前本当に彼女の友人なのかよ。節穴よりも観察力ないぜ」

「か、返せ!」

 少年は慌てて取り返そうと背伸びしつつ飛び上がったが、弱冠12歳の彼は青年とは頭2つ程背丈が違う。ましてや相手が面白がって長い腕を高く挙げているから、尚更だ。

「気遣っているつもりか知らんが、こんなん書いているのが本人に知れたら斬られるぜ。エンディは女扱いされるのが嫌いだろ」

「私がどうかしましたか、ウィリアード卿」

 青年の背後から扉を開けて、話題の主の登場に何故か彼の方が慌てた。

「い、いやあ。何でもないさ。こいつにそろそろ港に着くって言いに来ただけで」

「ならば早く荷物をまとめてお出になって下さい。直に着岸する様です。ソルファ、貴方もね」

「あ、ああ」

「わかったよ」

 怪訝そうな顔のままエンディが扉を閉めると、少年──ソルファは思い切り飛び上がった。

「あ、こいつ」

 一瞬の隙をついて手紙を取り戻されたウィリアードはだが、すぐさまにやにや笑いを浮かべた。

「な、何だよ」

「別にぃー」

「じゃあそのにやけ顔を何とかしろ。そもそも他人の手紙を覗き見るなんて、お前それでも王の騎士か」

 ソルファは怒り心頭だった。

 実際彼はそれでなくともこの男には最初から良い印象を持っていなかったのだ。愛想が良くて女性に人気があるのを自分でわかっている振舞いも、エンディに構って常に斬られそうになっているのも。

 知ってか知らずか、向こうは今の様にやたらとからかって来るのだが。

「いやあ、やけに真剣に書いているからさ。これでも扉も叩いたし何回か声を掛けたんだけどね」

「だからって、背後で見ているか普通!」

「まあそれはさておき、お前の師匠って旅でもしてんの?」

「あっさりとまとめるな。お師様は修行と見聞の旅に出ておられる。各地を放浪なさっているから、手紙は定期的に来るこいつに預けるんだ」

 彼は机の縁に停まって首を傾げる蒼い鳥に顔を寄せ、その脚に手紙を結び付けた。

「リケ鳥か。ここまで蒼いのは珍しいな」

「お師様の鳥だ。そこらのと違って飛ぶのも早いし、どこにいても必ず手紙を届ける」

 ソルファは机の上のものを寝台に置いてあった袋に突っ込み、紐を締めて肩に担ぎ上げた。

「こい、アーネスト」

 猛禽ならではの金の鱗足をひらめかせて、鳥は軽く羽ばたいて少年の肩に乗った。

「大層な名前だな。人間みたいだ」

 ウィリアードはしげしげと鳥を眺める。

「どこぞの気障野郎よりも多分賢い」

「……俺は子供と女性は殴らない主義だが、例外を作りたくなって来たよ」

 拳を握る彼を丸無視して少年が扉を開けるとそこは──宵闇の中灯火に照らされた、何とも幻想的な白き石の都だった。


※※※※


 事の始まりは昨日の夜、

「エンディの友人がグリュエルまで迎えに来るって?」

 グリュエル行きの船の中、昼食時のこのウィリアードの一言からだった。

 サーシェからグリュエルまでは内海を半日掛けて向かう為、朝に出発した彼らは船の中で食事を摂らねばならなくなった。とはいえそう立派ではない船の事、乗船前に買い込んだ干し肉にパゲッタ──穀物を練って火を通した携帯用の主食で、ブーゲルよりも固い──それに水という、内容は質素極まりないものである。

「はい。ソルファといって、賢者見習いをしている少年です。プレアタジネールに住んでいまして、ここに来る前に手紙を出したら迎えに来てくれると」

「え? 手紙なんていつお受け取りになったのですか?」

 アーティルダの疑問に、彼女は「先ほどリケ鳥が運んで来まして」と皺だらけの紙を掌に示した。

「確かにリケ鳥は伝令をよくしますけど。船上にいる人間にどうやって……」

「彼が遣うのは特に不思議な鳥なのです。手紙を渡す相手がどこにいるか必ずわかるとか──まあとにかく、そんなわけでグリュエルまで来てくれる事になりました」

「ちょっと待てよ。グリュエルから大水路イアナクートに入るんだろ? また船に乗り換えだってのに、プレアタジネールで出迎えてくれりゃ済む話だと思うが。そんなに入国しにくい所だったか」

 乗船券が四人部屋しか取れず、サーシェでのヴェンツェルの気遣いも水の泡となった狭い部屋である。ウィリアードは言いながら窮屈そうに背後を振り返り、上体をよじって自分の荷物の中身を漁った。二つ目の干し肉を取り出す。

「あそこは時間によっても制約がありますし、何か良からぬ気配がするとこの手紙にありました。道案内が必要になったのかもしれませんね。確かに以前私は直接プレアタジネールに行っていましたから」

「へえ……」

 一体何の用事かと、ウィリアードは疎かそれまで黙っていたヴェンツェルさえも思わず怪訝そうな顔をしたが、賢明にも言葉にはしなかった。

 話の流れでいくと、少年に会いに行っていた様に聞こえるが──大体が、「友達」などという単語をこの娘から聞けるとは驚きである。

「エンデゲルド様は、どういったきっかけでその少年とお友達になったのですか?」

 突如流れた奇妙な沈黙を、ものともせず破ったのはアーティルダだった。

「失礼ながら、ご学友というわけでもないでしょう? 賢者見習いと申せば特殊な環境にいらっしゃると思うのですが」

 男二人は固まった。グンターベルトと対峙した時とはまた別種の緊迫した面持ちで、二人を見守る。確かにマルスブルグの貴族の男子は図書に行って勉学に勤しむのが慣例だ。だが女子にはそれは許されない風土があり、代わりに家庭教師などから学ぶのである。エンディが差別的発言と怒り出してしまうのではと気が気ではない。

 驚いた事に、彼女の顔色は特に変わらなかった。

「彼が正にその賢者見習いだから、ですね。今は一時的にプレアタジネールにおりますが、以前はあちこちを旅して知識を深めていたそうです。マルスブルグにも来たのですよ。その折に知り合いまして」

 山で鍛錬をしている時、同じく瞑想をしていた少年を見つけたのが始まりだった、と説明する。その時を思い出したのか、彼女は笑った。

「瞑想に耽るあまり、ライガスクに忍び寄られているのに全く気づいていなかったものですから」

「エンディが笑ってる……」

「ああ、こいつは嫌な予感がするな」

 ウィリアードとヴェンツェルは眉をひそめて囁きあった。

「すごく聞こえてます。お二人とも、今日を人生最後の日にしますか?」

 エンディの顔は笑みを形作ったままなので、否が応でも見る者の恐怖は倍増した。

「で、そこから仲良くなったというわけなのですか? ──何という好機でしょう、エンデゲルド様」

 アーティルダだけが相変わらず平然としている。目を輝かせてさえいた。

「え、何故ですか?」

 つい氷の様な笑みをそのまま向ける。

「森羅万象を掌握するのが賢者の仕事です。もしかしたらそのウンガ様は、改造のバージについてもご存知かもしれません」

「ソルファです」

「頼むから普通の顔に戻してくれ──そう言えばエンディは図書について、予め友人に聞いて知っていたと話していたな。もしかしてそいつから?」

 ようやく真顔に戻ると、彼女はウィリアードに頷いた。

「ですがバージについては知りませんでしたし、ましてや改造などという上級な業を知っているかどうか」

「せっかくの機会だ。一応エンデゲルド嬢の方から折を見て聞いておいてもらえるか。我々は初対面だからな」

「はあ……そうですね」

 ヴェンツェルを見るエンディの蒼氷色の瞳の温度が下がった。原因は会話の内容ではなく、彼が荷物から鋼で出来た水筒を取り出したからだ。

「もしかしてそれは、ヴィエールではありませんか? まだ昼なのですが」

「いや、生命の水だが。何か問題でも?」

「……特には」

 時を同じくしてウィリアードも似たような水筒を持っているのに彼女は気づいたが、もう何も言わなかった。今もしこの二人が泥酔したとしても、魔物に襲撃されたら置いて行こう──不穏な考えが頭をよぎる。

「ちなみにエンディ、君の友人って歳は幾つなんだい」

「歳ですか? 確か12歳になると思いましたが」

「何だそりゃ! 出迎えの方が護衛が必要じゃないのか? 俺はてっきり、君とせめて同じ位かもう少し下位かと──」

 その後グリュエルの港で彼等を待っていたのは、海と同じ色の長衣を着た、褐色の髪の華奢な白皙の少年だった。

「ウィリアードか。僕はソルファだ。よろしく」

 友人と久しぶりの挨拶をした後、まず少年が目を向けたのが彼だったのが原因かもしれない。ちなみに同じ言葉でもヴェンツェルは苦笑しただけ、アーティルダに至っては「子供のくせに、随分重そうな服を着ていますのね」で済んでしまった。

 しかしこの一言でウィリアードの中のソルファの扱いは決定した──以来、今に至るまで隙あらば二人は小競り合いを繰り返す、何とも鬱陶しい仲になってしまったのである。


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