親友
「お前らってさ、ほんと仲いいよな」
クラスの誰かがそう言って、笑った。
その瞬間、僕の心臓は少しだけ跳ねる。
期待してしまうからだ。
もしかして、と。
ほんの一瞬だけ。
でも、君は迷いなく言う。
「こいつは親友だから」
——親友。
教室のざわめきに紛れて、胸の奥が静かにひび割れた。
僕も笑う。
「そうそう、腐れ縁」
うまく言えたと思う。
声は震えていなかったはずだ。
親友。
それはきっと、最高の称号だ。
誰よりも近くて、誰よりも信頼されていて、
秘密も弱音も共有できる。
でも。
“好き”とは、違う。
放課後、いつものように一緒に帰る。
君は無防備だ。
隣を歩きながら、当たり前みたいに僕の肩を叩く。
「今日の数学やばくね?」
「やばいのは君の点数でしょ」
「うるせ」
笑い合う。
この距離感が、心地いい。
苦しいけど、離れたくない。
信号待ちで、君がふと真面目な顔をした。
「俺さ」
「ん?」
「お前いなかったら、たぶん高校つまんなかった」
胸が止まる。
期待してしまう。
もしかして。
もしかして。
でも。
「彼女できても、ちゃんと遊ぼうな」
世界が、すっと色を失う。
……ああ、そうか。
そこに、僕はいない。
“彼女”と並ぶことはできない。
親友だから。
「当たり前じゃん」
笑うのは得意だ。
君が嬉しそうにしてるなら、それでいい。
本当はよくないけど。
ある日、君に好きな人ができた。
放課後の教室で、真剣な顔で相談してくる。
「どう思う?」
どう思う?
好きな人の好きな人の話を、どう思えばいいんだろう。
喉が痛い。
「……いいと思うよ」
ちゃんと背中を押せた。
完璧な親友だ。
君は照れくさそうに笑う。
「ありがとな。やっぱお前に相談して正解だわ」
——正解。
僕はいつも、正解でいる。
間違えない。
告白もしない。
期待もしない。
君の隣にいられるなら、それでいい。
そう思っていたのに。
君が彼女と並んで歩く姿を見た日、
初めて、足が止まった。
こんなにも苦しいなら。
親友なんて、なりたくなかった。
放課後、呼び出される。
「彼女とさ、うまくいった」
嬉しそうな顔。
胸が軋む。
「よかったね」
本心だ。
本心なのに、痛い。
そのとき、君が少しだけ真面目な目をした。
「でもさ」
「?」
「なんか変なんだよな」
風が吹く。
「一番に話したいの、やっぱお前だし」
やめて。
「嬉しいのも、不安なのも、最初に顔浮かぶの、お前だし」
やめて。
そんなこと言われたら。
「これって、なんなんだろな」
僕は、笑った。
「親友だからでしょ」
それが、いちばん安全な答え。
君はしばらく黙って、それから小さく笑った。
「……だよな」
夕焼けが、長い影を伸ばす。
僕たちは並んで歩く。
距離は変わらない。
関係も変わらない。
きっとこれからも。
君は僕を“親友”と呼ぶ。
そして僕は、その言葉に救われながら、少しずつ削れていく。
好きだよ。
言わないけど。
だって、親友だから。
それがいちばん近くて、いちばん遠い。




