特別な特訓
チートハンターズの決起会の夜、俺と葵は明日に備えるためにレベル上げを行うことにした。
集合場所は中級者が集まる港『ゲート』の近くにある草原。
海の向こうの水平線が見える場所で、景色はかなり良い場所だ。
「よし、レベル上げよか。という訳で、今日は頼れる人たちを呼んでるから」
「頼れる人って、誰なんだ?」
「ラウンズの人」
「は!?!?!?!?!?!?!?」
あまりにも唐突すぎて大声で叫んでしまった。
いや、冷静に考えれば理にかなっている。彼女はラウンズに所属しているのだから、その仲間を俺の教師役として呼ぶことは出来る。
秋ヶ原さんが言うには、ラウンズの中にチーターもしくは関係者がいるらしい。警戒をしなくてはならない。
突如、ビュン、という轟音と共に一人の男が現れた。
「どーも!!!!スピードです!!!!」
黒色に白いラインが入った、腰マントを付けた全身タイツの男が俺たちの前に現れた。
頭部には黒のヘルメットを被っており、素顔を伺うことは出来ない。だがその太い声から俺は彼が男であると推察した。
「誰!?!?!?!?……あぁ、スピードさんですか。……いや、呼んでないんですけど……」
彼女はあまりにも唐突なこと驚いた後、これまた衝撃的なことを言い放った。この人、呼んでないのに来たらしい。
そんなことより、驚くべきことは彼がファーストトラベルでここに来てないということだ。
「ああ、呼ばれてないけど来たぜ。なんせ、あのシックスが彼氏連れてきたんだって言うんだから、そりゃあ一目見たいって思うもんだ」
それを聞いた葵は大変気まずそうな顔をしていた。
本日二回目の質問に飽き飽きとしているのだろう。
「カレシジャナイデス」
「あららこれは悪いことしちゃったな。悪い」
あまりにも不機嫌な葵を見て、スピードは不味いことをしてしまったと察知して謝った。
「いえいえ、男女が一緒だと誤解しますしね」
険悪なムードになりそうだったので彼らの間に入り、間を取り持つ。ここでギスギスして欲しくない。
「それにしても、問題は本来教える側の奴らがまだ来てないことだな。今、8時30分だろ?もう、予定の時間だ。社会人だろ、アイツら、時間は守ろうぜ」
確かに、彼と会話をしている間に予定の時間になっている。
「まぁ、いいか。改めて自己紹介だ。はじめまして、サム君。オレはスピード。ラウンズの三位だ。育成はスピード特化でやってる。よろしくな」
「よろしくお願いします。そういえば、今走って来たんですか?」
まだ教師役の方々は来なさそうなので、彼について色々と聞くことにした。
「おお!そうなんだよ!見えてたのか?」
すると彼はどこか嬉しそうにビュン、ビュンと一瞬で豆粒程に見えるくらい遠い場所に行って手を振ってから、こちらに戻ってきた。
「いえ、流石に。見えないです。推理しました。それにしてもすごいですね。これじゃあ、ほとんどの人は目で追えないでしょう」
「その通りだ。俺ぐらいのスピード特化になると、俺でも追えてない時がある」
(それは大丈夫なのだろうか?)
「だが、乗りこなした時は最高に気持ちいぜ、調子いいとラウンズ全員、タイマンで勝てる」
「本当ですか!?」
それは耳寄りな情報だ。
このゲームに無数にある、『正解の強さ』の一つを知れるのだ。
かなり興味がそそられる話だ。
「その通り、まぁ、ぶっちゃけ、ラウンズの数字って前シーズンのランクマ順位の高い順だからな。数字が小さいからって絶対的な差はないぞ」
「そう、だから私、結構スピードに勝ったことあるよ?」
急に葵が会話に割り込んで彼女自身の強さを誇示し始めた。
「どうやったんだ?骨喰の蛇を振り回したりとか」
数字にあまり差はないということは葵がスピードに勝てているということだ。今まで見てきた彼女の戦い方から有効そうな戦略を考えて口にしてみた。
「そう、それで誘い込んで貫いてって感じ、脆いんだよね。この人」
「でも俺のスピードに翻弄されるホリーハックは中々面白かったぜ」
すると、スピードさんは彼女に対抗して彼女を笑いものにし始めた。
流れ始めた不穏な空気。ラウンズ同士の目つきは鋭いものに変わり、ピリリと頭の後ろに悪寒が走った。今すぐにその空気を晴らすための話題を頭の中で探し始める。
それと同時に、葵が彼女の両親と俺以外の相手と親しげにしている様子を見たことがなかったからか、心の奥底に陰りが漂い始めていた。
「それじゃあ、今、白黒はっきりつける?」
「いいだろう。リアル友達の前で見え張ってるようだが、手加減ナシでやってやる」
いきなり葵とスピードがヒートアップし始めた。まずい。彼らは思っていたより喧嘩するらしい。
「おーい、ホリー!!」
すると、こちらへと呼びかける女性の声が聞こえた。
そちらの方へ向くと二人のプレイヤーが俺たちの方へ駆け寄って来ていた。
片や、女性で身長が190cmはある筋骨隆々の女性。ビキニスタイルに長い腰巻をした露出度の高い服装で、褐色の肌に赤く長い髪をポニーテールにまとめており、背中にはその身の丈以上の斧を背負っている。
もう一人はオフィシャルな格好をした男だ。目つきは非常に悪く、両手はポケットの中に入れている。白いワイシャツ、灰色のベスト、灰色のズボンを着用しており、ファンタジーなこの世界には不釣り合いな姿はかなり異常さを引きだしていた。
「あ、紹介するね。背高い女の人がシロップ。ベストの人がロード。私がお願いした今日の教育係」
「歩くのはこの上なく面倒くさいな。全てのスポットへのファストトラベル、欲しいよなぁ」
ロードさんはここに着くなりネガティブな言葉を吐きだし始めた。
「今日はありがとうございます。こんな初心者に、ご指導いただけるなんてありがたいです」
「違うよ~。初心者だからこそ丁重にもてなすのさ」
今日時間をもらえた礼を言っていると、シロップさんが俺にとって想定外の言葉が返ってきた。上級者の人々が初心者に直接指導するという光景をあまり見たことなかったからだ。
「何で?って顔だな。それは、新規が入らないコンテンツは滅亡するからだ。新規がいなければ界隈に流動が起きない。それは面倒くさがらずに防がなければならないからな」
ロードさんの答えにどことない嬉しさを感じていると、彼は突如四角く開いた虚空から、杖を取り始めた。その杖は銀のような材質でできており、その先端にはルービックキューブのような物体が浮遊していて、常に模様が変わっている。
「そして、話は聞いた。中距離で戦う高機動の魔術士をやりたいんだったな。結論から言うと、無理だ」
「うん、初心者に優しくする流れあったよね?」
突然の宣告にシロップさんが突っ込みを入れる。
彼の無理だ、という言葉はあまりにも冷たく、この戦略が彼から見て到底不可能であるということを思い知らされた。
「いや、現実を教えるべきだろう。これには2つ問題がある。ステ振りの問題だな。ホリーハックから聞いたぞ。対人を想定しているんだろ?なら、中距離かつ高機動ウィザードではタイマンでの近距離に対応できない」
ロードさんは極めて冷静にその根拠を語り始めた。
「ステータスポイントは全プレイヤーに対して、平等に有限だ。殆どの場合、やりたい戦い方に合わせてステータスを特化させる。高機動のウィザードをするなら「MP」「魔法攻撃力」「素早さ」の三項目に特化させることになる。だが、近距離アタッカーは「攻撃力「素早さ」の2点のみ特化させる。つまり、どういうことか分かるな?」
「配分にもよりますけど素早さで負けるってことですね」
「その通り。良い勝負勘をしているな、サム。ソロで近距離の敵と戦うなら引き撃ちで戦うことになる。その際に素早さは重要な要素になるが、ウィザードの方がより多くのステータスに特化していることから素早さで負けることが多くなってしまう。素早さ特化に育成するなら話は別だがな。だがそちらに特化すると十分な魔法攻撃力とMPを確保できない」
彼の言うことは真実だ。
いくら俺が策を弄そうとも、接近されてしまったらかなり不利になってしまう。
「でも、大丈夫です。そのための戦い方はもう生み出してます」
だが自信を持って言える。俺はそのための対策をしっかり作ってきた。
「ほう?」
ロードさんは試すような目つきをしてから、隣の女性の背中を思い切り叩いた。
「分かった。面倒だが試してみよう、シロップ、相手になれ。もし彼女に勝てたら戦い方を提案しよう」
「痛った!!!はぁ!?なんでだよ?お前がやれよ!」
「俺は動かない魔法特化ビルドだ。先ほど言った懸念点に対して遠い育成をしている。それに、今からステータスを振り直すのは面倒くさい。加えて、この場でお前は仮想敵として申し分ない。ホリーハック?奴は特殊だ。スピード?例外だ。そして、お前はある程度ステータスを素早さに振ったマイセットがある。よってサムの戦術を試すにはお前が一番丁度いい」
「断る余地ないのがイラつくぅ……!」
シロップさんは青筋を立てながらも、彼の言う理由には納得していた。
「ただ、まぁ、そうだね。やれやれ、やるしかないね!いいかな?サム。私としてもそこのえらそーっな奴の言われるがままってのは気に食わない。手加減ナシの私を倒してみろ」
「はい勿論です」
心に火が点く。
好奇心は最高地点へ昇りつめる。
(さぁ、やってやろうか……!)
俺は彼らの会話を聞きながら、周りには察知されないように興奮していた。
今の俺がラウンズ相手にどれだけ通じるのか試してみる絶好の機会だ。
全てを出し切ってやろうと、ほのかに頬が緩む。
「それでは、決闘の準備をしてくれ、制限時間は5分。一本先取。特別ルールとして、シロップの敗北条件は体力の3割が減らされるということにしよう。それぐらいがいいハンデだ」
言っていることは正しいことなのだろうが、一々言い方が癪に障る。
「すまねぇな。アイツ、口悪いんだ。でも、相手のことを想っているからこその言葉だからあまり怒らないでくれよ」
スピードさんはいつの間にか俺の隣に立って肩に腕を乗せて、彼の擁護をし始めた。
「取り敢えず、目にものを見せます。そんでもって、このゲームについて色々教えてもらいましょう」
「おお!その意気だ!やってやろうか!」
彼は俺を励ましてから瞬きする間に離れた場所に立っていた。
シロップさんからの決闘の申し出を受けて迎撃態勢を整える。頭の中は高揚感で一杯だ。この煮えたぎる戦意を眼前の敵にどのようにぶつけることしか頭にない。
『シロップさんは攻撃力極振りのスタイル。スピードさんの攻撃版だと思って。今回は多少素早さに振ったステ振りとはいえ、めちゃくちゃ脅威だから注意して』
『ありがとう。愛してる。この戦いに勝ったら結婚しよう』
『は?何言ってんの?』
葵がチャットから彼女について最低限の情報を教えてくれた。
ジョークを言ってから息を吸って吐いて敵を見据えた。俺は今からラウンズに一泡吹かせる。
『あれでしょ』
『ジョークでしょ?』
少し時間が経ってから、彼女から確認のメッセージが飛んでくる。
『ああ、そうだ』
(滑ったな……)
流石に勢いで発信してしまったことを後悔しながら、思考を切り替えて、シロップに対して有効な策を練る。
勝負のカウントダウンが始まる。鼓動は変わらず、焦りはない。
シロップさんは斧を両手に持って肩に乗せ、低い姿勢になっていた。
恐らく、このまま一直線に飛び出すつもりだろう。
「来いよ」
左手を構え、敵へと狙いを定める。戦術はもう決まった。あとは実行するだけだ。




