ああ、生きてて良かったな
「キリュウさん、私イケます!!!!」
彼女は目を使わず聴覚だけで攻撃を防いで見せた。
「よくやったな。……正直驚いている。これほどのセンスの持ち主だとは……!」
才能の原石にキリュウは口にはしないものの驚きを飛び越えて少し狼狽していた。
彼女のゲームセンスは自身以上の者であると確信したからだ。
この技術はデスゲームの中で死に物狂いで戦っている最中に編み出したものだ。
それを彼女はものの数分で掴みかけている。
(ははは)
思わず胸の内で笑いが零れる。
この感情はなんだろう、と頭の中で整理した。
嫉妬。違う。
絶望。違う。
この感情はこれらと全く逆の──────
『希望』だ。
桐生ヒロト。29歳。
彼はデスゲームと言う悲惨な経験を積んでしまった。
現代に再現された極限空間。その中で殺意、嫉妬、狂気といった人間の発する全ての悪辣な感情に触れた彼は精神が極限にまで擦り減ってしまったため、社会に復帰するには大きな時間を要した。
時間は次第に体を稼働させるようになったが、一度擦り減った時間は戻らない。彼に残ったのはVRゲームの腕前のみ。社会復帰など遠くの存在になっていた。
そして、最後に残されたアイデンティティを崩し得る存在。
それを観測した彼は心の底から安堵した。
まるで背中から荷物が降りたような感覚。
(そうか────)
あんな地獄のような日々を過ごさずとも人はここまで到達できる。
出会った時から予感は感じていた。
(俺の代わりはいるのか……!)
「今理解した。お前になら、俺の全てを託すことが出来る」
疲れていたのだ。
アイデンティティにしがみつくのも。
あの悪夢にうなされるのも。
「本来、ここには違う目的で来ていた」
疲れていた。
彼は最後に残ったものさえ投げ捨てて、楽になりたかった。
「それでは次だ。今度は視覚でいつも通り情報を処理しながら耳での処理を行うんだ。俺のことは目で追っていい。振り向いたり視点を変えたり、その場から多少移動してもいい。だが基本カウンターに徹しろ。まだ攻めの段階じゃない」
彼らはすぐに次のトレーニングを開始した。
次の形式はより実戦に近づけられたもの。
勝利条件は変わらず、変わった点は彼女の視覚が解禁された程度である。
しかしその一点だけで剣姫の視点は大きく変わっていた。
「うわっ、ナニコレ?」
決闘当初の彼女は自身の感覚に驚いていた。
キリュウの言う殺気を探る二つの理論、「中心視と周辺視野の併用」、「聴覚による情報収集」、これら二つを同時併用することで処理しきれないほどの大量の情報が彼女の頭に襲来した。
ただしかし、情報に呑まれながらも理解できることがある。それは相手の動き、殺気がより理解できることだった。まさに掌の上で所有物を眺めているような感覚。
脳みそからは全能感がドーパミンのように溢れて今なら相手の全てを把握できるような錯覚がある。
「これなら……え──?」
だがその喜びも束の間、彼女はキリュウに斬られてしまった。
「そうだな。驚いただろう。最初は情報が処理しきれずにオーバーヒートする。しかし、それを使いこなせるようになれば新たな相手を圧倒できる。吞まれるな」
「そ、そうですね」
勝者は敗者に言葉をかけながら一度イメージを伝授するべきことにした。
「コツは一歩引いた場所を視点とイメージすることだ。そうだな。頭の中で位置関係をマッピングするといい」
「はい……はい……」
クレナータはその言葉に二回ほど頷いてから納得したようなそぶりを見せる。
どうやら、彼女は彼の言う理論を本当に理解したようだった。
「フ───────────────」
深呼吸をして空気と目つきが変わる。
その様子にキリュウは戦慄していた。
(流石だ。クレナータ。この境地にも手がかかっている)
「次をお願いします」
「いいだろう。かかってこい」
こうして再び決闘が始まる。
開始直後、彼女は捉えられないほどの勢いで飛び出した。
その殺意と錯覚する衝動は彼の胸に注がれている。
(狙いがまる分か……そう来たか!)
投射の真意を瞬時に理解したキリュウは喉に放たれた斬撃を弾き返した。
「何で弾けたんですか?」
「こればかりは経験だな」
すると彼は振り向きながらゆっくりと剣を抜く。これにより黒衣の剣士は二刀流に移行する。
「本領発揮という訳ですね」
言葉は返さず、ただ視線だけで男は少女にメッセージを伝える。
『お前を試す。全力で』
その言葉なき言葉に応えるように剣姫は飛び出した。
所属クランなし
ユーザー名 クレナータ
装備・スキル構成
ボルグのレイピア
セットスキル 王道軌跡
インペリアルステップ
素早さアップ×3
攻撃力アップ×3
「来い……!」
対するは最強の二刀の剣士。
二次関数的な成長曲線を描く彼女をより高みへ届けるために二刀を振るう。
所属クラン チートハンタ―ズ
ユーザー名 キリュウ
装備・スキル構成
黒式
セットスキル 流星剣戟
アロンダイト
セットスキル 流星剣戟
拳×2
セットスキル 彗星拳戟
攻撃速度アップ×2
攻撃力アップ×2
閃光が煌く。
初撃は鍔迫り合い。
共に最高速で放たれた一撃は互いの正面で衝突する。
ただし衝突したのは互いの一刀のみ。
キリュウにはもう一刀がある。
この勝負は先に相手を傷つけた者が勝利する。
故に装備面において手数があるキリュウの方が有利である。
しかし彼女には秘策があった。
(今なら、出来る……!)
新たな視野を獲得した彼女はアドリブで新たな戦法を確立する。
『王道軌跡』。片手剣最速スキル。
だがしかし、このゲームの最速程度では足りない。
キリュウならばその速度に対応してくるだろう。
『インペリアルステップ』。移動系スキル。発動すれば指定した座標へと回避行動を行う。
こちらもクールタイム、移動速度共に最速。
それでも、キリュウを傷つけるには足りない。
積み上げた能力強化系スキル。無駄を排して効率的に積んだものだがそれでも足りない。
それぞれ個々のままではキリュウに届くことなどない。
だから、組み合わせる。
攻撃と速度に特化させたステータスに最速の移動スキルと最速の剣技を掛け合わせる。
最適+最速+最速。
超常的な感覚の処理を獲得した今ならばそれを制御できる。
ただ突っ立って斬りかかるのではだめだ。
足を使え。
一方では足りない。四方八方から対応できない斬撃で奴を倒せ。
アドリブかつオリジナル。
黄色い閃光が、最上位に届く刃が、神速が最強に襲い掛かる。
しかしキリュウもおめおめと負けるわけにはいかない。
「流星剣戟・潮流」
彼自身の最強を以って新進気鋭を打ち砕く。
彼には見えている。
センスと経験が織り成す観察眼で全ての動きが視えている。
だからこそ理解した。
これより迫る嵐は己の体に牙を突き立てうることを。
だから探す。いや、切り開く。たった一つの隙を。
クレナータの黄色い閃光とキリュウの青い閃光が彼らの間で爆ぜ始める。
爆発が爆発を呼ぶ連鎖反応。
余人に立ち入る隙を与えないまさに台風。
その目はキリュウ。
彼は四方八方からの攻撃を捌ききっている。
彼女の攻撃速度はスピードに匹敵する。
右下。背後。頭上。股下。うなじ。左足。眉間、右足の裏。右脇。左手。心臓。
これらの部位を狙った攻撃が2秒で行われている。
(異次元……!)
それらを縫い放たれる青い閃光。彼女は驚きながらもソレを避けるかずらす、
この嵐は20秒続いた。
剣戟の回数は100を超える。
互いに傷はつけられず、ただMPは減り時間だけが過ぎていく。
この瞬間を、彼は待っていた。
「──────え?」
結末は唐突に訪れる。
彼女の胸が黒い剣により貫かれる。
しかし困惑を漏らしたのはキリュウだった。
彼の胸にもレイピアが突き刺さっている。
結果はLose。
「そうか、そうなのか」
キリュウは自身が先に貫かれたことに納得していた。
彼が狙っていたのは『飽き』だった。これは科学的でも何でもない彼の経験則。
人間はいつまでも極限状態ではいられない。
殺し合いの中でも人間はふとしたタイミングで隙が出る。
脳で考える時間。と言い換えてもいい。
願いのために反射のまま動くのではなく、『この行動は合っているのか』、と考えてしまう時間のことだ。
「張りつめすぎていたのか」
それがこの件にも適応されると勘違いをしていた。
この場はゲームだ。殺し合いの場じゃない。命は懸かっていない。
だから迷うことなんてほとんどない。
そんな重い重石などハナから天秤にかかっていない。
「どうですか?キリュウさん」
どや顔で成果を訪ねる彼女にキリュウは爽やかに笑いながら応えた。
「最高だ!」
その言葉にクレナータは華々しく笑う。
(ああ、そうか)
景色が変わる。
薄暗かった照明が明るさを増している。
ようやく、彼の視界は輝きを取り戻した。




