未完成の全VS究極の1
すぐに杖を取り出した。
「まずは、『全て』試す、全神話魔法 並列起動」
「おいおい、武器は使いようだぜ。雑にぶっぱしても意味はないぞ」
眼前に全ての神話魔法が展開される。
三匹の雷の竜が宙を舞う。奴の辺りには四つの黒い玉と三つの黒い銃が衛星のように周回し、奴は白いマントを羽織った。さらに辺りは氷の世界に変わっている。
発動されたのはアバター・ドリフトにおける頂点の魔法。その全て。計六種。万全。しかし恐れるに足らず。
「御体憑依 神霊回路接続」
杖が灰となって消えて、右腕には燃え盛る炎をモチーフにした白い文様が浮かんだ。
俺は杖にセットした神話魔法を発動する。
所属クラン『チートハンタ―ズ』
ユーザー名 サム
装備・スキル構成
ファイアショット
素早さアップ×2
魔法攻撃力アップ×2
MPアップ×2
ジェメトリースタッフ(杖)
セットスキル 煌塵→『────』
「延髄、神経を導火線に変換、着火」
文様は肘から灰色に変わり始める。
杖により強化された神話魔法の詠唱を確認した奴は数多の神話魔法を発動し始めた。
まず炸裂させたのは黒い球体。神話魔法、『ボイジャーの凶星』。
この魔法が炸裂した時に生じる衝撃波はステージの全てに届く。つまり射程無制限。無慈悲のスーパーノヴァ。
しかし、この魔法にも穴はある。
それは────
「ファイアショット 剣壁!!!」
軽減が可能であることだ。
目の前に炎の剣による壁を十重に展開した。
この魔法自体は攻撃力が高くはない。故に魔法をぶつけることでダメージを半減させることが出来る。
「まだですよ!!」
間髪入れず放たれる煌塵。
万物を貫く2本の光線は衝撃波が全ての剣の壁を破壊するよりも早く、射線上にいる敵を破壊する。
光線は着弾点から跡形もなく全てを消し飛ばした。
「ははは、どこ狙ってるんだ!!!!!チーターめ!!!!!!」
しかし俺は無傷。
剣壁を発動させたと同時に右手方向に飛び出していたので煌塵を回避できた。
奴は剣盾で隠れるより前に俺のいた場所に魔法を撃っていたのだ。
「ホーミングくらい使ったらどうだ!?!?!?!?!?」
奴がムキになり新たな凶星を炸裂させようとすると全方位からの剣が襲来する。
竜を操ろうとしてももう遅い。
「いくぞド下手!!!」
奴の体は剣の雨に貫かれた。
「そうやって驕っているから足元をすくわれるのです!!」
しかし奴は俺の攻撃を『受ける』という選択をしていた。
「足元をすくうのは俺だ!!!覚悟しろ!!!くだらないことで積み上げてきた自尊心を塵にしてやる!!!!」
俺はその場で立ち止まりながら男に極端に大きな声で挑発しながらとある場所めがけて走り出す。
対して奴は体力の2割を犠牲にして新たな一撃を放つ。
まず炸裂するのはボイジャーの凶星。
同時に奴は俺に向かって指を差していた。
「その手段か」
俺の周囲に水玉が六つ浮かんでいる。
チーターは全ての神話魔法は発動したと言った。ならばこの魔法を使ってくると予想出来る。
「アトランティック・ポイント」
水の神話魔法。
極限にまで圧縮された六つの水滴が槍状に解放される。その水滴全て、命中すれば確定でクリティカルとなる魔槍。
すぐさま立ち止まり対策を発動する。
「ファイアショット・焔ヶ原」
奴と俺の辺りに無造作に剣を突き刺した。
これが盾となり衝撃波を軽減してくれる。
「そして、邪魔だ!!!!!」
炸裂する水の神話魔法。これも全弾喰らうと負けてしまうのだろうが回避可能。
右手で目の前に在る水滴を迷うことなく掴むと、槍は手の甲を貫通した。
周囲に舞う残り5つの雨粒の内2つは命中。3つは回避できた。
「お返しだ」
槍に貫かれながらも左手を掬うように掲げると、再び奴の周囲に剣が現れる。
「残響麒麟!!私を守りなさい!!!」
すると奴は自身の周囲を竜にとぐろを巻かせることで守り始める。
俺の体力は残り5割、おめおめと攻撃を喰らってはいられない。
「忘れたのか?ここはもう死地だ」
奴は焔ヶ原に足を踏み入れている。
「良いことを教えてやろう。アトランティック・ポイントの利点は『どこにでも発生させられること』。例えば体内」
俺はチーターのすぐそば、竜がとぐろを巻いている内の領域にファイアショットを発生させてすぐさま射出する。
「魔法は使い方を覚えてから使え」
すると黒い衝撃波が再び発生した。炎の剣をかき消すために。
「………」
そして雷の竜たちは防御体勢をやめてその全ての視線を俺に向ける。
炎剣を盾のように配置して、衝撃波を軽減しながら詠唱を進める。
「右手人差し指を砲身に指定 余燼の皇 起動」
こうして強化された神話魔法の準備は完了した。
そのまま指でピストルの形を作り、チーターに向ける。
俺の体力は残り4割。
奴の体力は残り6割。
しかし体力差を心配する必要はない。
この指先にかかれば奴は消し飛ぶ。
腕に記されていた文様は消えて右手人差し指に白く小さな炎が灯る。
「おいおい、ビビるなよ。たったこれだけの火種なんだぜ?」
詠唱を完遂させてしまったチーターは一旦攻撃の手をやめて俺の指先を凝視する。
これより先の攻撃により勝敗は決することを確信しているのだろう。
表情は仮面で見えないものの、停滞してこちらを伺う雷の神話魔法たちが緊張を醸している。
「ちっぽけな火ではありませんよ。爆雹獄がかき消されている。知りませんでしたよ。そんな仕様があるだなんて」
「勉強不足だな。こんなもの調べればすぐわかる。余燼の皇の特殊効果だ」
この魔法は準備が完了したその時、あらゆるフィールド効果を塗り替える。
「……貴方に感謝を伝えたい」
すると奴は両手を広げて俺を称賛し始める。
「商品を作る時にはその商品を投じる市場を知らなければならないんです。どんなものが求められているのか、どうすれば購買意欲を刺激できるか。どうすれば良い体験を与えられるか。そういったことを考えなくてはならない。この戦いは私のコンセプトがいかに間違っていたのかを痛感させられました」
奴が意見を垂れ流している間に俺はチーターを仕留めるための作戦を決定した。
「今から貴方に煌塵を千発叩き込む。このゲームに必要なのは満遍なく強いことじゃない。突出した自己だ。だからチートもそれに合わせたものであるべきだ」
話がかみ合う気がしないが、作戦上彼と会話をする必要がある。
だから奴の欠点を指摘することにした。
「そうか。まぁ、的は得ているだろう。だが決定的な見落としがある」
確かにこのゲームは特化された育成の方が強いとされている。
「チートを使っている奴は弱いんだよ。弱い奴が外面を特化させたところで勝つことなんてできやしない。それをいまから指先一つで証明してやる」
そもそも奴には月皇布武という手札があるのにも関わらず、神話魔法の組み合わせを使用していない。そのような手段を思いつかない時点で奴は弱い。
恐らく奴は本当に千発の煌塵を放つつもりだろう。
そんな数の神話魔法を放たれてしまっては流石に負けてしまう。だから────。
「やって────」
放たせない。
チーターにとって予想していない事態が起こった。
腹には炎の刃が見えている。
背後にファイアショットを生成して放つことで、神話魔法の発射をワンテンポ遅らせたのだ。
既に奴は俺の間合いの中。あとは挑発して注意を引きつけば簡単に騙せる。
後は引き金を引けばいい。
指先から不可視、不可避の弾丸が放たれた。
『ゴ』
という音だけが全てを破壊した。
エフェクトもなく、ただ全てを滅する神話魔法は、眼前にある全てを灰にして消し飛ばした。
目の前には黒い灰の道が作られておりそこにポツン、と杖によって強化された神話魔法に晒され体力がゼロになったチーターが立っている。
そうして俺はチート販売業者に勝利した。
目の前に浮かぶ『victory』の文字。
俺はあんな奴にも勝利できるようになった。
『まだ、終わらない』
するとチートハンターズのアカウントにDMが届いた。
送り主は『Best Cheat .com』。恐らく、先程まで戦っていたチート販売業者だ。
奴は直接俺にコンタクトを取ってきた。しばらく俺に粘着するつもりだろう。
『かかって来い。何度でも折ってやる』
再びランクマッチに入るとすぐに対戦相手が決まる。
相手の名前は『Best Cheat .com』。
「また、会いましたね」
「最悪の気分だよ」
そしてカウントダウンが始まる。
再び現れるフクロウの仮面をかぶった男。
何度でも叩き潰すつもりの俺は戦意を維持したまま本を開く。
奴を潰す作戦はまだ何通りも残してある。このまま折れるまで勝ってやる。
意気込んだその瞬間、奴は目の前から消えてしまった。
「は……………?」
そして目の前に表示がされる。
『対戦相手がBanされたため対戦を強制終了いたします』
(banされたのかよ)
どうやら奴はチート行為でこのゲームから追放されたらしい。
「…………」
燃え滾る戦意が消えていった。
激情を向ける相手は消滅したのだ。
さて、爆発しかけた感情がどこへ向かうかと言うと…………
「ざまァないな。一生やるなよこのゲーム」
どうということはない。
感情はコントロールできる。俺の目的はチーターの殲滅だ。戦って勝つのはその手段。勝つことにこだわりはないのだ。むしろこれは喜ぶべきことだ。これでまたチーターがこのゲームから一人減ったのだから。
「さてと、次はどうしようか」
俺はチーターを減らすための策を考え始めることにした。
そう、難しいことは考えるな。
俺がすべきことはチーターを絶滅させることなのだから。
そのためだけに頭を回せばいい。
だから次に考えることは────
「俺に足りないモノ、考えるか」
一旦、VRゴーグルを取って現実に戻る。
ロードさんは俺に効率が足りないと言った。その言葉の真意について考えなくてはならない。
「でも、俺って…………自分で言うのもなんだけど、効率的だよな……?」
俺自身の戦い方を考えてみても非効率的な面は見られない。
つまり、俺と彼の言葉の意味が違うということではないだろうか。
「あの人は、どういう意味で言っていたのかな……?」
ゲーミングチェアを右へ左へと交互に揺らしながら『効率』の意味について考えることにした。
「今の環境の戦法のことを効率がいいって言ってたな」
現在のアバター・ドリフトで流行しているのは速攻型。スピードと攻撃力を重視したステータスに出が早い武器種を使用することで速度で圧倒する作戦だ。
彼はこれを効率がいいと言った。勝ち方が決まっているからこそ無駄な思考を排除できるのだろう。
「なるほど、俺にはこれと言った勝ち方を実践できていないのか」
俺は元々中距離からの殲滅をモットーに戦っていた。弱い相手にはそれは出来ていたがスピードさんには翻弄されるばかりでそのような戦い方は出来なかったように思える。
「そういうことか、今の俺には考えることが多すぎる……!」
今の俺はただ相手の動きを予測してそれにあった戦略を考え実行している。
つまり、常に後手なのだ。
こちらから脅威と感じられるような力を提示出来ればより効率的な戦い方が出来る。
じゃんけんで例えると分かりやすい。
こちらがグーを出すと言った時、相手は嘘をついているかどうかの思考をしなければならない。対してグーを出す提示をした側はそれを押し付けるだけでいい。自分で出す手はもう決まっている。
この程度の読み合いであれば宣言した側が負けることも往々としてあるが、戦いとは相性が複雑で手段がいくつもあるじゃんけんの連続だ。となるとこの『取り敢えず押し付けられる』ということは大きなアドバンテージだ。
「新たな手段がいるな」
そう、俺自身がこのゲームの上位勢に通じるような力を得る必要がある。
振り返ってみよう。今の俺には何が足りないだろうか。
「圧か?」
中距離戦法には相手を引きつけない圧が必要だ。素早さを上げるという方向はステータスの配分上難しい。ならば魔法の威力の底上げを行わなければならない。
「でもなぁ、そんな便利な魔法は…………」
俺が今欲しいのはファイアショット程の量を展開できるヒートマグナムだ。
そんなものは今のアバター・ドリフトに実装されていない。
杖を使う場合は手段が減ってしまうし恒常的にMPの消費量が増えてしまう。
「いや────」
だが他のアプローチがある。
それに気づけた途端、がば、と椅子から立ち上がった。
脳汁が、えぐい。
「『モード』か!!!!」
このゲームには『モード』というスキルがある。MPもしくはHPを継続的に消費する代わりに特定のステータスを伸ばすものだ。
圧倒出来ている際は体力が余っていることが多い。もし数秒モードを発動させて更なる圧を生み出せれば────
「それじゃあ行くか。イグドラシル遺跡へ!!!」
そのモードスキルはイグドラシル遺跡というダンジョンをクリアすると貰える。
「いいぞ。いいぞ」
やはり、新しい戦い方を思いついた時はワクワクが止まらない。
その期待感を胸に俺は遺跡へと向かうことにした。




