遭遇
そして俺たちは本来の始まりの場所であるに辿り着いて一通りのチュートリアルを終わらせた。
この町はまさにRPGに出てくるような町で、大通りに並ぶレンガ造りの家々に貧しいが活気のある服装のNPCと色とりどりな個性を光らせた姿のプレイヤーたちで溢れていた。
ここに来た理由は二つ。
一つ目はチュートリアルを終えること。
これは完了した。
そして本命の二つ目。
それは親友と会うことだ。
俺たちはこのゲームを始める前に待ち合わせをこの場所に設定していた。
「さっきはごめんね。あの人、メンタルに波があるんだ」
オータムさんはキリュウという人の発言の擁護をしていた。
「構いませんよ」
正直展開に置いてきぼりだったので、怒りも呆れも感じる暇がなかったのだ。
「一つ提案させてもらってもいいですか?」
「ん?なぁんだい?」
「新しい仲間です。俺の親友がこのゲームをやっているんです。生粋のゲーマーなので、きっとこの戦いにも貢献できる」
「そうだね。安定して戦えるのが私と君だけでは少々心もとない。まずは会わせてもらおうか」
「了解です」
少し歩いて町の中央部に到着すると、大きな噴水の近くに人だかりができていた。
「あれ、有名人がいるね」
オータムさんがその人だかりの中心にいる人物に反応していた。
その人物とは全身が女性的な曲線美を持つ、スタイリッシュで細身な青い鎧で覆われて、花形の兜を被っているプレイヤーのことだった。
彼女の周りには少し距離を開けたところで囲うように人々が集まっている。
身に纏う鎧は明るい青、兜は身長は大体150cm後半辺りだろう。
頭上に表示されるプレイヤー名は『ホリーハック』。レベルは100だった。
「ん、噴水前にいる人のことですよね?ユーチューバ―?」
「ユーチューバ―とかじゃないけど、有名な人だよ。このゲームにはクランっていうチームを作る機能があってね。その中でもトッププレイヤー8人が集まるクラン、『ラウンズ』っていうクランがあるんだけど、そこのメンバーの一人が、あのホリーハックだ」
「へー、そんな人がここにいるのって珍しいんですか?」
「珍しい、かな?別に不自然ではないけどね。ラウンズって初心者の手伝いをよくやっているようだし。でもやっぱり、この町にいるのはやや珍しいね」
なるほどな、などと思いながらこのゲームでの葵を探す。
ここで重大なミスに気付いた。彼女の姿を聞いておくのを忘れたのだ。
「さて、ここで問題があってね。ラウンズに、チーターがいるって噂がある」
そんな後悔をよそにオータムさんがとんでもないことを口走った。
「トップクランにチーターがいるってことですか?」
「しかも、チート販売業社にも通じてるって噂だ」
更に明かされる重大な真実。
そこにワクワクがなかったと言えばウソになる。
この世界には俺が倒すべき敵がいる。それは嬉しくてたまらない。
「今はあまり関わりたくないですね」
だが、今の俺には実力がない。オータムさんのようにチーターを凌駕できるPSが欲しい。出来ればそれは卓越したものであるべきだ。これから相対する理不尽に対抗できるほどの強烈な武器が欲しい。
「そうだね。とっととその親友と合流して別のところで話し合おうか」
すると視界の端っこ電話のアイコンが出現した。これは葵からの通話だ。
もう約束の時間を過ぎている。
「電話来ました。失礼しますね」
一瞬、電話機能はミュートにして、オータムさんへと一旦会話が出来ないことを報告してから彼女との通話を繋げた。
「もしもし?そっちはどこ?」
「お疲れ、今、町に着いたところだ。そっちはどこいる?」
「こっち?こっちは町の噴水のとこにいるよ」
奇しくもラウンズと同じ場所で待っているらしい。
「へー」
たまたまだろうと結論付けて、彼女を探す作業に入る。
しかし、こちらから彼女は見つけられない。何か目立つことをしてもらおう。
「人だかり多くてさ誰だか分からないから、手振ってくれないか?」
「うん、わかった」
するとラウンズの女性が大きく手を振っていた。
「……」
俺は動きを止めた。
「ねー、分かった?」
対して葵はそんなこともつゆ知らず確認を取ってくる。
すぐさま通話をミュートにしてゲームのボイスチャットに戻ってきた。
「オータムさん、まずいっす!協力者、ラウンズでした!」
「ねぇ、慶。聞こえてるの?」
葵はリアルでの俺の名前を呼んでおり、ラウンズの女性は手を振りながら辺りを見回すそぶりを見せる。
どうやら、葵がラウンズの一員である可能性は限りなく高いようだ。
「嘘でしょ……」
彼女のアバターは目玉をひん剥いて驚愕している。
「大丈夫うん。大丈夫。振り返して」
独り言を呟いてから、言い聞かせるようななそぶりを見せて俺にオーケーを出した。
恐る恐る手を振りかえすと、葵はすぐに俺を見つけた。見つけた途端、手を振りながらこちらに走り始める。
彼女を注目する大衆の視線がそのままこちらに向いている。どうしてか、こみあげてくるような恥ずかしさがあった。
「チーター打倒の目的は絶対に話さないで」
「もちろんです。とりあえず普通に話します」
俺たちは最後に一言だけ方針を確認してラウンズとの接触を始めることとなった。
葵がチートを使っているとはい思いにくいが、知らずにチーターと繋がっている可能性はある。そのチーターに俺たちの存在がバレないように話さなくてはならない。
「本当に来てくれたんだ。嬉しい」
彼女は兜を外して、その鋭い目つきを柔和にして、上目遣いでこちらに話しかけてくる。
肌は心なしか紅潮していてこの機会を心の底から楽しんでいる様子だ。
「そりゃあ、お前との約束だからな。必ず守るに決まってる」
彼女のアバターは現実での自分をモデルにした上で髪の色を白一色に変えているようだ。
やはり彼女の顔は整っている。ドキッとしてしまうものだ。
「なーんだ嬉しいこと言ってくれるじゃん。それで隣の人は?一緒にやろうって『約束』じゃなかったっけ?」
すると彼女は顔色をころりと変えて不機嫌になり始めた。
どうやら、オータムさんのことが気に入らないらしい。
「序盤、助けてもらったんだ。色々と。その流れでね」
彼女は嫉妬深い節がある。そこは彼女の個性として上手く付き合っていかなければならない。
「そうですか。それはどーも、サムがおせわになりました」
彼女は張り付いた笑顔でオータムさんにペコリ、と頭を下げた。
「やきもち焼いてどうする?これから遊ぶんだろ?」
彼女の隣へ立って肩を叩き説得を試みた。
「……」
彼女の隣に立ち、彼女の目を見て話しかける。真剣に話しかければ彼女は納得してくれるはずだ。
「……うん。そうだね」
今この場で怪しい動きをする必要はない。それにチート対策の話し合いはいつでもできる。
『後で、もしくは明日、詳しいことは話しましょう』
俺はフレンド専用チャットを使い、オータムさんと意思疎通を図ることにした。
『そうだね
焦りすぎるのも良くない
また後で』
予想外の事態により、俺たちチートハンターズは一旦解散することとなった。
「さて、ケイってどんな感じにこのゲームを楽しみたいの?」
俺たちは待ちから出て歩いて少しの場所にあるだだっ広い草原へとやってきた
そこで彼女は俺のこのゲームの楽しみ方について聞いてきた。それに沿って色々とアドバイスをしてくれるらしい。
大きく分けて二つの楽しみ方がある。
一つ目はストーリーを楽しむもの。
もう一つは対人戦、ランクマッチを楽しむものだ。
このゲームは定期的に新たなマップとシナリオが解放されてより遊びが増えていくタイプのゲームだ。だが今の俺の目的はチーターを排除することだ。なので────
「対人系で。俺に合いそうなスタイル、分かるか?」
ストーリーは勿論楽しむつもりだが、キャラクターの育成はそちらに寄ったものにしたい。
「ええ?そう。んーどうだろうな。結構その人の性質によるからわからないな~」
チーターと戦うためには圧倒的な力が欲しい。
相手は理不尽だ。その理不尽に対抗するためには確固としたある意味暴力的な力を身に付けなくてはならない。
「……fpsっぽく戦えるスタイルはないか?」
今から新しい戦い方を身に着けるのは効率が悪い。だからこそ、俺が今まで積み上げてきた戦い方を生かせるものがいい。
「近距離は他の人と比べて不得意だろうから、中遠距離で一方的にするような戦い方をしたいな」
「なるほど、高機動ビルドでメイン攻撃は魔法って感じだから、高機動ウィザードビルドっぽくなるね……」
すると彼女はそれっぽい単語を発した後、黙ってしまった。
「難しいか?」
「ぶっちゃけ。分かんない。サンプルが少ないんだよね。固定砲台みたいな人か、一芸特化の人なら知ってるけど。Fpsみたいな戦い方をしている人は見たことない」
「へぇ~~~~」
その真意を聞くと、この戦い方に俄然興味が湧いてきた。
つまり、この戦い方は誰も試したことのないものである、ということだ。
知られていない手札は有効なモノであれば必ず刺さる。対人では大きなアドバンテージになるはずだ。
「……でも大丈夫だと思う。かなり強そうだし。このゲーム、結構育成の幅が広いんだ。ケイの要望にもある程度応えたキャラが出来ると思う」
「そうか!よろしく頼むよ。こういったことはお前にしか頼めないからな。嬉しいよ」
「……それは、どうも。それじゃあ、このゲームの育成についてレクチャーするね」
笑顔で返した俺に目を逸らしながら葵は返答して、そのままこのゲームのキャラクターの育成に関する説明が始まった。
「このゲームのステータスのあげ方は二つ。一つ目はレベル上げ。このゲームはレベルが上がる度に基礎ステータスが上がって、さらに『ステータスポイント』が付与されるの。で、それをHP、MP、攻撃力、防御力、素早さ、魔法攻撃力、のどれかに振り分けて成長させるんだ。あぁ、あと、このポイントはメニューでいつでもふり直しができるから覚えておいて」
「次にスキル。ダンジョン攻略とか条件を達成するとゲットできるやつね。攻撃力アップとか、防御力アップとか、着けてるだけでステータスが上がるの。しかも伸ばせるステの幅が広いから、基本的なものはレベルで上げて、あとはスキルで特化させていくって人が多いよ」
「んで。補足。特に条件付きスキルっていう、条件を満たすとバフがかかるスキルがあるんだけど、それには強力な効果のものが多いんだよね。アタシので言うと、攻撃速度アップ(連撃)とかね。これは攻撃を何度も当てると段階的に攻撃速度が上がっていくスキル」
「まずは、ジョブを決めてレベルを上げて、ステの土台を作る感じで行こう。初心者用のレベル上げスポットしってるからそこ行こ」
「ああ、それも頼んだ」
数時間後、俺のレベル30になった。
俺の今のジョブとスキルセットはこんな感じだ。
ジョブ魔術士
ファイアショット
ヒートマグナム
魔法攻撃力アップ×2
素早さアップ×2
MPアップ×2
ステータスは魔法攻撃力、素早さ、MPの3つに重く振っている。
「ある程度の雛形はつくれたね。こっから伸ばしていこうか」
ここは最初の町から少し離れた岩場で、少し強いが経験値がたくさんもらえるモンスターが湧く場所だった。
「よう、『ラウンズ』、シックス。ホリーハックだな?」
突然、背後からオープンチャットで話しかけられた。
振り返ると二人組のプレイヤーが岩場の上に立っていた。片方は禍々しい本を持ったドクロ型の兜を被り黒いローブを着用している男。話しかけてきたのはこっちだ。その隣には銀色の甲冑を装着した爽やかな金髪の男がいる。こっちは眉間に皺を寄せながら俺たちのことを睨んでいる。
「そうだけど?なに?勧誘?生憎間に合ってるけど」
兜を出現させた葵は彼らの方へ向き直して警戒態勢に入った。
「ああ、勧誘だ。ただ、楽しいパーティじゃなくて『一方的な虐殺の』」
さらにドクロ兜の男は両手を広げて挑発をしてくる。
「一々セリフがクサいぞ。そんな、仰々しいなりしてケツは青いままなのか?」
なんだか失礼な奴なので棘のある言葉を使うことにした。
すると葵の目になにかが表示された画面が現れる。
「決闘?」
そこには決闘同意書と書かれており、その下にはルールが記載されていた。
確かこれは『決闘』というシステムで、プレイヤー同士が合意したルールの上で実力を競い合うことが出来るシステムだ。
「いいでしょう受けて立つ」
彼女の隣に立ち、相手が提示したルールを覗き見る。
人数 2対1
勝利条件 2本先取
場外アリ
制限時間 一試合当たり5分。
時間切れの場合は残り体力が高い方が勝利となる。
「俺も参加させてくれホリーハック。2対1だろう。頭数は揃えた方がいい」
それを見るとすぐさま参加を申し出た。この状況はいかにも怪しい。指を咥えて眺めているのはダメだと直感が言っている。
「我々は別に構わないぞ。なぁ?」
「知るか」
ドクロ兜の言葉に、男は冷淡に返している。どうやら仲は良くないらしい。
レベルは両方50前後、葵と上手く連携を取れば倒せる相手だ。
「それじゃあよろしく」
ルールは変更され、俺たちは一緒に決闘の条件を受け入れた。
「作戦」
「ん?」
すると葵が兜を外して話しかけてきた。
「5、4」
カウントダウンが始まる。
このゲームにおける初のチーム戦。
緊張はない。
だって彼女がいるから。
「アタシがケイを守って」
「3、2」
「ケイが私を守る」
作戦はそれだけ。異論はない。
「1」
「らじゃー」
『バトル、スタート』
葵は兜を被って武器を持ち、俺は魔法を発動させようと手をかざした時、信じられない光景を目にしたのだ。




