標識
「「「「カンパーイ」」」」
俺がヒーローになった次の日、チートハンターズのみんなでビデオ通話を繋げてお祝いを行うことになった。
「流石私の幼馴染。さいこ~」
葵は俺の肩に体重を預けて雑に褒めたたえてくれている。
「最高だろう?お前の幼馴染。これでお前と同じ場所に立てた」
彼女は家が近いということで、俺の部屋で炭酸飲料を片手に椅子を並べて参加している。せっかくの祝う場なのに隣に誰もいないのは寂しいという理由で来てくれている。
元々、この会はどこかのレストランで行う予定だったらしいのだがキリュウさんと秋ヶ原さんに急遽予定が入ったためこういったオンラインでの開催となった。
「これで、グランドヒーローも圏内だ。ラウンズ、そして葵に追いついてみせるよ」
「そうだね。待ってる」
「君がラウンズに入りたいって言った時は流石に度肝を抜かれたけども、中々上手くいきそうじゃないか。お姉さんは嬉しいよ」
自らをお姉さんと自称する秋ヶ原さんもこの結果を喜んでくれているようだった。
「いえいえ、これでしっかり強くなって皆に貢献していきますよ」
「そうだね。これからグランドヒーロー目指して頑張って欲しい。何か困ったことがあったら言って、大人たちが協力するから」
という秋ヶ原さんのセリフから、数秒間沈黙が流れた。
俺たちのコミュニケーションはどこか上の空だったのだ。互いに暗黙の了解をつつかないような当たり障りのない会話はつまらないものだった。そうなってしまっている原因にはこの話し合いのもう一つの目的に起因する。
「……さて情報を共有しようか。まず、強制決闘モードに対するアンチチートについて。準備は完了したから近日実装されるそうだ。そして本題。キリュウの縁で得た情報、チートを取引している人物についてだ」
その微妙な雰囲気に耐えかねたのか、秋ヶ原さんはこの場における本題について語り始めた。
今回の会議の本来の目的はこのゲームでチートを配っている『セカンドマキ』についての調査結果の共有だ。その時期に丁度俺のヒーロー到達が重なったのだ。
彼女は解放されたダムの水のように情報を吐き続ける。
「チャットの特定は完了した。IDもね。これではっきりと言える。アバタードリフトのチーターは販売業者らしき人物と直接このゲーム内で取引している。簡単な流れはこうだ。まず、業者がチートを使いたがるプレイヤーに接触する。次に対象をディストートに案内してチートを配る。こうやってチートを広めていったわけだ」
「ただ悪いお知らせがある。そのID、使い捨てだったんだ。兄妹以外との接触は見られなかった。恐らく、プレイヤーと接触するごとにアカウントを変えているんだろうね。他のチーターを見つけることは出来なかったよ」
「そうか。でも、手段を知れたのは大きな手掛かりだな。同じような手段を取ってるアカウントはあったのか?」
溢れる情報に切りこみを入れたのはキリュウさんだった。
「結論から言うと、『あった』」
その言葉に秋ヶ原さん以外の全員が驚いた。
彼女はこの2週間でかなりの情報を集められている。
「私はこれからこの手段辺りを調べてチート販売業者についての情報を得ようと思う。そこで一つ。相談だ」
そして一つ提案をし始める。
「これから各々で行動していくことが多くなる。私の調べ事はどうしても現実世界でやらなくちゃいけないからね。定期的に情報共有をしないかな?そう、包み隠さず何もかも。これからは得られる情報の量が段違いだ。でも、それは一つのところに集めなくちゃ意味がない。違うかな?」
「そうですね。そうしましょう」
「は~い」
俺と葵は彼女の提案にすぐ同意した。
『アバター・ドリフト』におけるチーターを撲滅にはチート販売業者について深く知らなくてはならない。何故ならこのゲームのチート周りは他のゲームよりも特殊だからだ。SNSを用いず『個人営業』をしてくるチート販売業者はかなり珍しい。通常の対策だけではどこか心もとないのだ。
「…………」
「キリュウもいいかな~?」
提案に即答した俺達とは対照的に、キリュウさんは回答を渋っていた。
「目逸らさないで~」
そんな彼に秋ヶ原さんは気軽なトーンで催促する。
「おいおい。頼むよ。……いいかな?情報はただあるだけじゃ意味はないんだ。繋げることで見えてくることもある」
「…………!」
『繋げること』という言葉を聞いた途端、キリュウさんの目が変わった。それはまるで希望のような光を持っていた。彼も自主的に情報を集めるつもりなのだろうか。
「そうか。確かに、そうだな」
これでチートハンタ―ズ全員がそれぞれ動き、集めた情報を共有する法案が可決した。
「それじゃあ、私たちの方針を、つまりはどこをどう調べていくかを改めて共有しようか。まず私から、私はチート販売業者のことについて現実世界を中心に調べていくよ」
「私も周りの人たちからチーターについて調べてみます。ヒーローの人たちは情報交換が盛んなので結構色々集められるかと」
秋ヶ原さんが目標を言った後、葵も今後の目標を伝えてくれた。どうやら彼女も情報を集めるつもりであるらしい。
「俺は……チーターを狩り続けながら別の、ストーリー攻略組から情報を集めよう。まだ、強制決闘モード対策のチートはリリースされてない。最後までストーリーを妨害する奴は俺が倒す」
そしてキリュウさんも彼自身の今後の目的を表明してくれた。
「俺は二つ。先ずはグランドヒーローの到達。そして────────
最後に残った俺は躊躇することなく己の使命を口にする。
「ヒーローランクにいるチーターの討伐をします。
目標はDMにも来ていた5人。
クレナータを倒したルーキー狩りの「ニヴェーチェ」
埒外の異常状態、『ラルフ』
無限強化の『オワリ』
絶対パリィの『アゲサゲ』
そして最後に『スターエンペラー』
こいつらを全員倒します」
「よぉし、それぞれの目標は決まったね。まずは最初の情報共有だ」
(なんにも集めることはないだろ?)
すると秋ヶ原さんの発言によりこの場は情報共有をする流れになった。だが、俺にはその意図が理解できない。共有も何もまだ調査は始まったばかりだ。共有することなどないはずだ。
「どうしてキリュウはそんなに強いんだい?」
(ある意味禁句だろそれは……!?)
なるほど、と納得しながらノンデリカシ―さに驚いた。
彼がもし都市伝説通りの過去を過ごしていたならその辺りの、過去の話は語りたくないのではないのだろうか。
だがしかしそんな環境で生き残ってきた彼だからこそ語れる強さの要因があるかもしれない。それはどうしても知りたいものだ。
「これから、サム君はランクマッチで強者と戦っていくことになる。そして私も実戦経験をあまり積めなくなる。手っ取り早く強くなるための鍵が欲しいんだ」
「なるほどな……」
秋ヶ原さんの説得にキリュウさんは顔色を変えずに納得したような言葉を返す。
「それでは俺たちが立つべき視点の話をしよう。俺たちの敵は誰だ。という話だ。はいサム」
彼は教師のような態度ですんなりと話を始めた。
(あ、そこはいいんだ)
「……チーターですか?」
俺はこの一線は大丈夫なんだなと納得しながら自身の考えを述べる。
「違う。はいホリーハック」
バッサリと否定された。
あまりにもバッサリいかれたものだから少し傷つく。
だがそんな傷心などなんのその、といった様子で彼は回答権を葵へ移した。
「う~~~ん。人間……?」
「大正解だ。はなまる。NPCと戦う時以外の殆ど、俺達の相手は人間だ。経験やズルの差を埋めるにはここを利用するしかない」
「例えば、そうだな。相手は目を使って情報を処理する。故に目の錯覚、捉えにくい動きには一歩遅く反応する」
その言葉を聞いた時に彼の動きがまさに当てはまることに気がついた。
彼の走り出しや黒闇兄妹との戦いの際にみせた剣を手放すフェイントが、いわば知覚させないための動きだ。
「他にも情報の嵐は有効だな。これはサムもよく使っている。ファイアショットの3次元的な弾道、魔法の手数による択。これらは相手の思考の余裕をなくさせる良い手段だ。これに拘泥するのも良いものではないが、相手を崩す手段の一つとして覚えておけ。相手は何であれ人間だ。その性質を突けばいい。……お前たち、秋ヶ原も含めた全員だ。時間はあるか?」
『教えたい欲』がヒートアップしたキリュウさんはどんどん饒舌になっていく。
これから彼からの長い講義が始まりそうだった。
「「「ありますけど……?」」」
「ならば今すぐアバター・ドリフトにログインだ。新たな手段を伝授する」




