シーズン1 最終話 それぞれの道
「……黒、俺が代わりに説明していいか?」
「お願いします」
その様子を見たキリュウさんは代わりに説明をすると名乗り出て、黒と紹介された青年はすぐに了承した。
「彼は1人で二人のプレイヤーだ。まぁ、なんだ。一人で二つのキャラクターを操作している」
つまり、……どういうことだ?
その言葉も俺は素直に呑み込めなかった。そんなこと現実的に可能なのだろうか。
「いや、ホリーハックはそんなこと……」
葵からはそんな情報は貰っていない、はずだ。
「彼女には言ってないからな。このことを知っているのは、同じギルドの中でも限られたメンバー。そして、俺くらい。だな。黒」
キリュウが同意を求めると、黒は否定することなく頷いた。
「俺はカウンセリングの仕事を……回してもらっている。特にゲームが好きな奴らのな。そこで黒と出会った……。彼は妹と一緒に暮らしていた。事情は言わない。守秘義務がある。そして偶然俺が彼らを見つけ、チームを組んで生活の支援をしていたんだ。彼の妹を病気で亡くした後もな。最近ようやく、一人で働けるようになって、定期的な連絡をしていたんだがな……まさか、こうなっていたとは、な……」
「……悪い。俺は普通じゃなかった…………」
「安心しろ。法を犯したわけじゃない。これからゆっくり、やっていこう」
彼は黒の隣にしゃがんで励ますような言葉をかける。
「さて、一通り説明が終わったところで本題だ。誰からチートを貰った?」
そして次の言葉により、身震いするほど鋭い目つきに変わった。
「そうだな。ユーザーから貰ったな。とあるAIと共に」
黒がパソコンを操作し始めると画面に黒いゴスロリ風の衣装を着た少女が現れた。その顔はまさにアバタードリフトで出会った闇そのもの。そして、その顔は、あの写真とそっくりだ。
「……………なんだ。それは?」
「さぁ、対話に特化したAIだそうだ。その代わりにチートのデータ集めに手伝ってほしい、とのことだ。このAI、すごくてな。動きも言葉も、すごく闇に似ているんだ。だから嵌り込んじまったよ。喋る言葉も、闇みたいなんだ……。ゲームの腕はまだまだで、俺が操作しないといけないんだけどな」
「……別にそれは悪いことじゃないさ。それで、誰から貰ったんだ?ユーザー名は?」
「セカンドマキと名乗る男だな。ゲームしてるときに突然話しかけてきて、この二つを渡してきた」
その名前を聞いた途端、空気の重さがより鈍重になった。
まるで深海にでもいるような静寂と押しつぶされそうな重圧を、キリュウさんと秋ヶ原さんが放っていた。モニターの闇のAIをマウスのポインターで撫でている黒はそんな様子も知らずに語り続ける。
「最初はAIだけを使っていたんだがな。チートがこれまた、はまっちまって。なんだろうな。万能感?俺はこれだけのことが出来るんだっていう感覚。圧倒出来ている優越感が、罪悪感を呑み込んじまった」
秋ヶ原さんはすぐにその雰囲気を解いたが、キリュウさんはまるで人殺しでもするかのような目で俯きながら立ち上がった。
「……俺、何か不味いこと言ったかな?」
立ち上がったキリュウさんを見た黒は、ようやく重い空気になっていることに気付いて内省し始める。
「…………いや、言ってない。だが……だがっ……これ以上、ソイツ……と関わることはやめたほうが良い。そのAIとチートを渡した奴に」
キリュウさんは黒に視線を戻した瞬間、肩を強く掴んで嘆願するように声をかけた。
「そういうユーザーがいるというのを知れたのは大きな情報だ。ありがとう。これで検索がかけられる」
そして秋ヶ原さんは黒の傍まで移動ししゃがんで礼を言っていた。
(キリュウさんが取り乱している。ということは、都市伝説関連か?)
俺はこの場に流れた鈍重な空気の理由を考えていた。
やはり、この場に葵を連れて来なくて正解だった。
こんな場所に彼女は似合わない。
「そうか、チートハンターズ、アンタたちはチーターを撲滅するんだったな」
俺のことなどつゆ知らずに、会話は進行していく。
今はそれが有難い。聞きに徹することで情報を整理できる。
「そうだ。チートってのは遊びを壊す。これはあってはならないことだ。絶対に許さない」
キリュウさんは尋常じゃない雰囲気のまま、チート排除の意思を口にした。
「……そうか。なら応援してるよ。俺が言うのもなんだがな」
「…………任せてくれ。そうだ。この後、少しゲームをしよう。もちろん、チートはナシで」
「……ははは、冗談じゃないな」
その後、俺は彼らは他愛もない会話を30分ほど聞いてから帰ることとなった。
帰宅した後、俺は自室に戻り、すぐに葵に通話を繋げる。
『葵、今日はありがとうな』
『なに、あらたまって?ま、どんどん褒めて。嬉しいし』
俺はこの戦いをただの悪者退治だと考えていた。
いや、悪者退治ではある。『チートを使用すること』は悪いことだ。だから、チーターを倒す行為は、悪者退治である。ただ、違和感があった。彼はチート業者に利用されたのだ。
─────思考が混濁してくる。
アレはレアケースだ。それほど世の中は闇で満ちていない、筈だ。だが、いわば黒は利用された人間だ。弱みにつけ入り、利用された。だから────。
と、煩雑な思考を一旦、まっさらにした。
自分で自分の考えていることが分からなくなっている。この状況は複雑すぎる。この沼に嵌りすぎると、本来の目的を見失いそうだ。
俺のすべきことはチーターの排除だ。
誰かの過去とか、何かの都市伝説など、気にしなくていい。
俺はチーターを倒す。そしてチーターを減らす。それだけに集中すればいい。
今回の黒との会話で分かったことは、ラウンズにセカンドマキ本人、もしくは情報を流した奴がいる、ということだ。彼らはSNS等でチートを広めるのではなく、ゲーム内で他人を唆しチートを使わせている。
『一つ折り入って頼みがあるんだ』
『ん?何?』
俺は確信した。このゲームのチーター排除の鍵はラウンズにある。
『俺がラウンズに入るにはどうすればいい?』
『はい。進展がありました。はい、チートを配っている人物はセカンドマキと名乗っていたと』
『それは、本当か?偶然ではないな?』
黒の家から去った後、秋ヶ原は自室から自身の上司に報告を上げていた。
彼女の自室は都内にある小さいアパートで必要最低限の家具、ワーキングスペースとしての机と椅子。他は殆ど本棚となっており、ビジネス書がずらりと並んでいる。
電話の先の男、彼女の上司はその報告に驚いているようだった。
『はい。偶然にしてはやりすぎです。セカンドは2番目、マキというのはあのデスゲーム事件の首謀者の名前です。これで関連性がないとは言い切れません』
『まぁ、あからさますぎるがな。あの件はまだ終わってなかったということか。了解した。メッセージのログはそちらで探してくれ。こちらはデスゲーム以後の主催側の動きをもう一度洗い出す』
『分かりました。それではまた詳しいことが分かったら連絡します』
(私は間違ってた)
電話を切ってから、彼女は後悔し始めた。
この件において、彼女の行動は強引すぎた。
(そのおかげで捜査はかなり進んだけどね……)
気がかりなのは二つ。
キリュウにあのデスゲームの後始末の事件に関わらせてしまったこと。
もう一つは無関係の一般人、特に夏目慶にこの世界に踏み入れさせてしまったこと。
(まさか、あのタイミングで『マキ』を名乗る者の名前が出てくるなんて……)
(でも仕方ない。私の責任だ。今、彼をチートハンターズから外すと何をするか分からない。『セカンドマキ』の捜索は私個人でしながら、キリュウには核心に至らせないよう誘導しよう)
(さて、もう一つは慶君だね。彼には、恐らく察せられているだろう。詮索させないために都市伝説なんて教えるんじゃなかった……)
(彼も、上手く誘導しなきゃ。これ以上、こっちの世界に関わらせないために)
彼女は決意を新たに椅子に座って作業を始めた。
(目的のためなら何を利用してもいい。訳がなかった。これからは私がある程度盤面を動かしていく必要がある……)
(そうだ。どうして私がここにいるのか、考えろ)
彼女は初心に立ち戻る。
あのデスゲーム事件で彼女が無力感に苛まれたのは、周りとの差だけではない。
自身の実力不足に起因して、被害者を助けられないからという悔しさも理由である。
もうこれ以上、害を被る者たちを増やしてはならないという信条が、今の彼女のもう一つの源だ。
「いっちょ、やってやりますか……!」
彼女は小さな声で決意を漏らしていた。
(……まさか、生きていたのか?)
そしてキリュウは自室に戻ってもセカンドマキのことで頭が一杯になっていた。
(いいや違うな。『セカンド』ということは何者かが引き継いだのだろう)
(それにしても、サムを呼んでよかった。彼は聡い。そして、禁忌に突っ込みたがる節がある。あまりにも秘密にしているとよからぬ方向へ行きそうだからな)
(さて、────)
「許さない」
あんなものは引き継ぐべきものでは到底ない。
彼の脳裏にはまだ、あの時の地獄がこべりついている。
あの地獄をまた再現しようとしているカスがどこかにいるかと思うと、今にでも腸が煮えくりかえりそうだ。
「殺してやる」
キリュウは殺意をこめてゴーグルを被った。
プランはない。手がかりも薄い。
だが、セカンドマキは許さない。
もしあの馬鹿げた地獄を再現しようものなら、その計画を破壊し尽くしてやる。
「必ず、殺してやる」
彼は一人部屋で怨念を漏らしていた。
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【お知らせ】
これにてシーズン1『チュートリアル編』は終了です。
次回からはシーズン2『ランクマッチ編』が始まります。
また、これからは週1+α投稿になります。
毎週水曜日は必ず更新し、その他にも不定期に更新していきます。
次の更新は8/20になります。
よろしくー。




