絶対絶命魔剣 ティルフィング
二刀流の剣士は、今追いかけている少女がチーターである可能性が高まったことを確認すると、その足の回転数を3倍にした。
まるで肉食獣のような速度で獲物を追いつめる男は、尋常じゃない脚力で跳躍。木々に飛び移り、やまなりの軌道で少女の前へ降り立った。
「だれ?なんで追いかけてくるの?ちょーキモイ」
ゴシックでフリルがふんだんにあしらわれたドレスを着た少女は、虚空から巨大な剣を取り出す。不気味な程眩い、金色で豪華絢爛な装飾を施された柄と鍔に、身の毛がよだつくらい禍々しく黒光りする刀身。
「亡霊だ。アカウントを変えているんだろうが、ラウンズの闇だな」
対してキリュウは一刀を抜いて構えた。
拳全体を覆うような、盾に似た鍔が備え付けられた青銅色の剣を右手に握り、これから倒す敵へと向ける。
「そうだけど。だからなに?」
「お前を切り倒す」
「そう。『血を見せて、ティルフィング』」
戦いの火ぶたは切られる。
黒い剣はその名を呼ばれて、辺りに呪いを振り撒き始めた。
『絶対絶命魔剣 ティルフィング』
この世界に元々存在していた絶大な力を持つ5つの武装、『神話級武装』。
華美な装飾に込められた禍々しい呪いは、手にする者を『絶対の勝利』に導く。
彼女が大剣をゆっくりと、空に掲げる。
「よいしょぉ!!!!」
掛け声と同時に、呪いの奔流が天に昇った。
この大剣の本質は宿された『呪い』にある。
その呪いは敵性個体排除のために蠢く、新たな手足となる。
「範囲が広すぎるな。チートだな?」
ただ、それにしても、呪いの量が法外であった。いくらこのゲームにおける特別な装備、『神話武装』であっても、天に昇るほどの呪いは持っていない。だからこそ、これはチートの仕業である。
超常的な現象を目の前にしても、男は一切動じずにその原理を解明していた。
「だからって、勝てないでしょ」
少女は開き直りながら、呪いを振り下ろす。
元の十倍は増殖された呪いは、人一人を覆うには十分すぎる範囲を飲み込んだ。
解放されたダムの水のように、呪いは彼女から見て扇型に雪崩れていく。
辺り一面は呪いの海に変貌し、狙われた男はキルされた。ハズだった。
「流星剣戟」
黒い海の中で一筋の流星が走る。
「まさか、相殺したの……!?あの一撃を?」
未だ、キリュウは健在。
呪いが漂う中、敵を視野に入れながら歩いていた。
その理由を、闇はすぐさま看破する。
「ああ、その通り、あまりにも遅かったから、何度か切らせてもらった」
このゲームには三つ。敵の攻撃を防ぐ手段がある。
武器や盾を使って受け止める『防御』。
相手の攻撃を丁度良いタイミングで弾く『パリィ』。
そして相手の攻撃に同じ威力の攻撃をぶつけることで消滅させる『相殺』。
彼は振り下ろされる呪いに、三度スキルを浴びせて攻撃から逃れていた。
「……次はその首を切ってやる」
挑発と共に、剣士は走り出した。
「はやっ……!」
疾走する黒い剣士。
その速さに、彼女は反応できなかった。
だからすぐに、目に追えていなくてもできる対処をする。
今度は大剣を横なぎに振るうことで、どこに移動していても何かしらの行動を迫られる超範囲攻撃を行った。
キリュウはその広範囲な攻撃を、スライディングのように滑り込んで回避する。しかしその先には呪いの波があった。
(追い込まれたな……!)
怒涛の範囲攻撃2連撃。
男はそれを高跳びの要領で、波より高く飛び上がることで回避した。
しかし、まだ闇の攻撃は止まらない。
戦闘の組み立てにおいて、闇はキリュウを大きく上回っている。
「これでおしまい」
彼女は、飛び上がるキリュウの懐に潜り込んでいた。
「ティルフィング。カース・ドライブ」
空中にいるキリュウに対して呪いを纏った大剣の切り上げが迫る。
「流星剣戟」
そんな状況でも反応できている彼は、すぐさま呪いの大剣に一撃浴びせた。
しかし、相殺しきることは出来ずに、そのまま攻撃を喰らい、空中に吹き飛ばされる。
「くっ───────!」
キリュウは身動きできぬ空中で、敵の姿を目に入れながら、先程の移動の原理を解明していた。体力は残り7割、今の一撃は無暗には受けられない。
(大剣であの動きは不可能だ。恐らく、呪いを上手く使ったな)
ティルフィングの特長として、呪いを自分の手足のように使えるというものがある。
彼は呪いを弾けさせて高速で移動したことを瞬時に推察していた。
(強いな。彼女。流石、チートを使用したラウンズの一員、といったところだな。まさにハイ・チーターだ)
上空から、強者の次の行動を観察する。地上で地面に大剣を突き立てて、鍔と柄に捕まってから、刀身に呪いが集まり始めた。
(なるほど、空中で戦うつもりか)
先ほど放たれた二つの呪いが再び一つの刀身に集まっていく。あまりにも膨大な呪いは一点に集められた瞬間、ビームのように放出されて持ち主を空へと押し上げた。
(諦めようか…………?)
男の心には諦観が滲んでいた。
人間は絶望に押し潰された時、完全にへし折れる。
俺にとっての絶望は、あのデスゲームだった。
恋人が死んだ。
友人たちを殺した。
親友が死んだ。
みんな殺した。
あの時、全てを失った。
ただ、首謀者は殺せなかった。
そして、俺だけが生き残った。
そのことが悔しくて、悔しくて、悔しくてたまらなかった。
カウンセラーと話し合ったり、薬を飲んだりしたが、どれも気休めにしかならない。
いつも、俺の頭の片隅に怨嗟が残っている。
何をしようにも語り掛けてくるのだ。
「お前には不可能だ」と。
「失敗するのだ」と。
ここ最近、時間が経ったからか、その怨嗟が薄くなってきた。
ただ、それでも脳に残っている。
そんな俺が、どうしてこの場に立っているのか。
「それは────」
『キリュウさん、大丈夫ですか?』
『桐生、頼みがある』
視界の端にサムとオータムからのメッセージの通知が来る。
(彼らは俺に期待してくれている)
それを糧にして、震える手で黒い剣を掴んだ。
(くっ────────────)
バチリ、と扁桃体が弾ける。
溢れるのは苦くて苦しい感情たち。
ドロドロした絶望は。じわじわと脳、神経を通して体を蝕んでいく。
「それを抜いていいのか?」
トラウマが語り掛けている。
「お前には無理だ。だから諦めろ」
神経が沈殿する。
「本気など、出すな。待っているのは失敗だ。どうしようもない絶望だ」
筋肉が脱力する。
「成功の要因は、努力じゃない。才能じゃない。運だ。ただの成り行きだ。いくら足掻いても無駄なんだよ。あの時、思い知っただろ」
(そうだな。思い知った。それでも)
あの光景が忘れられない。
だから俺は、ゲームをし続ける。
男は決意した。
遥かな空。
青い空。
眼前には魔剣を持つ少女が迫っている。
自由落下する男は、心の傷から溢れる血を押し込めて重い剣を抜く。
男はVRゲームにて死地を駆け抜けた。
あの世界において20日間、極限環境下で生き残った者は彼ただ一人。
故に、VRが専門の脳科学研究者は彼をこう表現する。
『最もVRに適応したヒト』だと。
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