切り札
「本当?」
ホリーハックは冷たく、彼の真意を問いただす。
「そうだよ。ほら、武装は解いた」
彼は弓をしまって両手を頭上に掲げ、攻撃の意志がないことを示した。
「そうだね。ごめん。警戒しちゃって」
「気にすることはないさ。怪しかったのは認める。念のため、攻撃態勢に入ってた俺が悪い」
すると彼は非武装のまま爽やかな笑顔でオータムさんの方へ歩いてきた。
「おまえたちが『チートハンターズ』だな?素晴らしい活動をありがとう!見たよあの動画」
どうやら俺たちのことを知っているような口ぶりだった。
「私たちの活動、知ってくれているんですか?」
「同じ同志として、な」
彼はオータムさんの前に立ち、手を差し出す。
「同志、ですか?」
「そうそうそうそう!」
オータムさんが右手で握り返すと彼はその手をぶんぶんと振った。
「俺たちラウンズはこのゲームが盛り上がって欲しい。チーターってのはその盛り上がりに水を差す奴らだろう?放っておけない、ということだ」
「なるほど、確かにチーターという存在は悪そのものですね」
『どう思う?ラウンズの人たちって正義感強い感じなのかな?』
オータムさんは黒と会話をしながら俺にプライベートチャットで確認を取ってきた。
『日常的に初心者に教えているみたいですし、クランの中で『このゲームを盛り上げたい』という方針はあるみたいです。ある程度信頼していいかと』
『ありがとう』
「ああ、悪そのものだ。だから、チーター討伐に協力して欲しい。ここにいるということは知っているだろうが、この場所にはチーターがいる。俺はそいつを倒して出鼻を挫くつもりだ」
「仲間と相談させていただきますね」
彼女はそう告げてから、俺にプライベートチャットで声をかけてきた。
『私は彼と組むつもり。実を言うとね。彼、怪しいと思ってるんだ。状況的に、ね。だからといって、疑念を完全に否定する根拠はない。取り敢えず近くにいてもらって静観しようと思う。どうかな?』
『そうですね。確かに今は何とも言えない状態です。そうするしかないすね』
『じゃぁ、けってー』
俺たちのプライベートチャットは終わり方針は決定された。
「私たちにとっても、ラウンズほどの実力者が味方でいてくれることは好都合です。協力しましょう」
オータムさんは左手で彼の手を包み込み笑顔で返した。
「よし、交渉成立だ。よろしくな!」
こうして俺たちは一緒に行動することになった。俺たち一行は、俺とワトソンを先頭にしてその後ろを黒、葵、オータムさんの三人が追従する形で進むことになる。
「妹さんはどうしたんですか?」
一緒に行動することになって一緒に歩き出すと、葵が彼に彼の妹について問い始めた。俺は背後で行われている会話に聞き耳を立てている。
ラウンズの7位は『黒』と『闇』の二人組である。これは葵とレベル上げを一緒にしていた際に教えてもらった情報だ。
コンビ名を『黒闇』。実の兄妹でそれぞれが卓越した実力を持ちながら、その圧倒的なコンビネーションでデュオランクマッチにおいて3シーズン連続一位を獲った最強のコンビだ。
「寝てる。アイツ、生活リズム、昼夜逆転してるからさ。夜からインするぞ」
「黒が一人でいるの、なんか物珍しいね」
「いつもなら、アイツと一緒じゃなきゃゲームはしない。でも、今回は事情が違う。『闇』と一緒にゲームを楽しめなくなる可能性があるんだ。リスクヘッジ、てヤツだ」
ラウンズ同士の会話を聞いていると、サブストーリーは再び動き始めた。
幽霊が目の前に再び現れたのだ。しかしそれは先程の白い幽霊でも黒い幽霊でもない。
やけに実体がハッキリとした、金髪碧眼で身なりがきちんとしている少年だった。
「ジャック……!」
まさに、それはワトソンの弟の形をしていた。
彼女はすぐさま走り出した。
失くしたおもちゃを、長い時間探してようやく見つけた子供のように目を輝かせていた。
「ワトソン!!待て!!!」
彼女はひとりでに走り出し、暗闇の中に消えていく。
ガイドが表示されるとはいえ、ここで彼女を見失うと、クエストクリアに時間がかかる。
「皆さん、走りますよ」
俺は後ろで控えていた強者三名に呼びかけた。
チーターとの戦闘と戦わなくてはならないため、サブスト―リーの進行をスムーズに行いたい。
そうして俺たちが彼女に追いついた頃には、彼女は既に辺りを捜索して弟がいないことを確認していた。
「ごめん。取り乱しちゃった」
俺たちと合流すると彼女は大変気まずそうな顔をしていた。
「気にしなくていい。あの大探偵が取り乱すということは、相当のことだろうしな」
「……助手候補クンは知っておくべきだね。私がどうしてこんな仕事をしているのか」
彼女は俺のジョークなど意に介さず、身の上について語り始めた。
「弟を探すためなんだ。ドリフト現象、知ってる?」
「ああ、俺たちがここに来た現象だろう?」
「そう。ドリフト現象は別々の世界の間でモノや人が移動する現象。例えば怪物。例えば貴方たち。ドリフト現象はこの世界に良いことも悪いことももたらしてきた。そして、そのドリフト現象は、ただこっちに来るだけじゃない。ごく稀にだけどどこかに行っちゃうこともある。私の弟はドリフト現象でどこかに行っちゃったんだ。だから、まだ解明できてないこの現象を探るのが私の目的」
彼女は弟を探すために『出ていくタイプのドリフト現象』を追っているというキャラクターだ。俺はまだそこまで進めていないが、メインストーリーでも重要な役割を果たすらしい。
「助手候補クンは何か失ったことはある?」
「……まだないな」
「結構堪えるよ。だって昨日まではそこにいたんだもん」
彼女は俺に笑顔を見せた。その笑顔は喜びではなく悲しみを隠すためのものだった。
すると再び俺たちは木の檻に包まれる。
「だから私は『失うことが大嫌い』。それを防ぐためにこんなことをしている」
目の前には新たなお題が提示される。
『軍荼利近衛兵を2分以内に倒せ』
ついにこのサブストーリーにおける中ボスが現れた。先程の軍荼利王兵がさらに凶悪になったような風貌だ。
牙はより長く強靭で、それぞれの腕には斧を持ち、腕は太く、体躯は巨大になっている。
そびえ立つ巨像に彼女は敵意を投射し武器を持つ。
得物は腰に差してあった短刀。
「助手君、さっきもいた軍荼利兵。彼らは私の調べではドリフト現象に関係しているんだ。だから──
「ちょっと待った」
俺より一歩前に踏み込むワトソンに対して、俺は横に並び立って言葉を遮る。
「探偵サマは下がっていてくれ」
本を取り出して脳みそで作戦を組み立て終えて、戦闘態勢に入った。
「俺は、その願いを尊敬する。抗う意思を尊重する。だから、」
すると後方から黒が声をかけてきた。
「おーい。俺の力を披露させてくれないかな?ここにいるみんなに俺の実力は見せておきたいんだ!」
どうやらこの戦いは黒が支援に入ってくれるらしい。この場では俺一人で準備体操をしたかったところだが仕方ない。彼の実戦もしっかりこの目で見ておきたかった。
「最後の一撃は俺が貰っていいですか?やりたいことがあるので」
「ああ、いいぞ!」
俺たちが会話をしている最中、カウントダウンは開始する。
巨像が動き出し、右上の腕で持つ斧で俺を叩き切ろうとすると、豪速の矢によって弾かれた。
「ただ、のんびりしてると俺一人でミリまで削るぞ」
「はは、冗談はよしてください。ファイアショット」
俺は辺りに炎の剣を20本出現させて、像の左足に直撃させた。
『軍荼利近衛兵』
無駄にHPと攻撃力が高い敵モンスター。
俺が新たに獲得した大技を試すには十分な相手だ。
体勢がよろめく奴を眺めながら右手で指を弾いた。
「神話魔法 起動」
これが俺の新たな切り札。
このゲームにおける最強の魔法、その一つを放つ。