汗フェチな彼女に舐められる話
短編初投稿となります。よろしくお願いします。
教室の窓から差し込んでくる、昼下がりの太陽の光。窓際の席故に、自分に直撃してくるそれを少しうっとうしく思いつつ、僕は火照る脳を限界まで回して授業を受ける。
時刻は午後の15時40分頃。差し込む太陽の熱と、季節的に多い湿気と熱気により、誘ってくる眠気を強引に振り払って、目の前で黒板に書き込まれていく数式を只管にノートに写していく。
「あと五分・・あと五分で今日の授業が終わる・・・」
ボソリと、隣の席の友人が、気だるそうにそう呟いた。確かに、今は六限。この授業が終われば、今日一日の授業はすべて終了ということになり、特に部活などにも所属していない僕や、隣席の友人はそのまま帰宅することが可能となる。
まあ、帰ってもやることなんてあまりないのだが。テスト期間もついこの間に過ぎてしまったし。
「・・で、ここはこうで・・・おっと、もう時間ですか」
そんな益体もない、至極どうでもいいことを考えているうちに、五分経ってしまったらしい。祝砲を上げるかのような、甘美な音を鳴らして、授業終了のチャイムが学校中に響き渡る。
「キリがいいので、今日はここで終わりにしましょう。・・・号令、お願いします」
「起立!気を付け!ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました」」」
「はい、ありがとうございました」
恐らく、誰一人として感謝の念など持ち合わせていないだろう授業終わりの挨拶を行った後、帰宅部である僕は、部活に急ぐほかの生徒達とは違って、ゆっくりと流れるように帰りの支度をしつつ、周りの席の、同じ帰宅部の友人達と会話しながら教室を出る。
新しく発売されたゲームの話や、まだ帰ってきていないテストの手ごたえなど、話しているだけで楽しくなってくるような会話のラリーを幾人かと続けつつ、教室の外へ。
このまま、友人達と会話し続けながら帰ろうかと、足を玄関の方へ向けた所で・・・彼女がやって来た。
彼女の名前は『遠藤 望水』
僕と同じ、黒髪黒目の純日本人であり、超絶美少女でも、極度に頭がいいわけでもない、ただの普通の女子高生。
百人が百人とも、凡人だと胸を張って答える程の凡人。それが、彼女だ。
・・・が、僕は最近、そんな普通な彼女のことが少し気になり始めている。
「え~、それはさぁ・・・」
「いや、こいつは・・・」
「コレがホントにさぁ・・」
「聞いてよ望水ぃ~」
教室の反対側の扉から、僕と同じく、友人と。
気さくに、何気ない話をしながら、彼女と僕はすれ違う。
「ッ・・・!?」
瞬間、鼻腔を突くような芳香な匂いが、感覚神経を突き抜けて、脳天を震わせた。たまらず、手をついて倒れそうになるのを何とかこらえ、何気ない風を装って、僕は彼女から離れていく。
僕が、普通な彼女を気になる理由・・・それが『匂い』だ。
洗剤なのか、シャンプーなのか、はたまた体臭なのか。その匂いの発生源は不確かだが、とにかく彼女からは、百種以上の花々を完璧に混ぜ合わせ、一切の無駄を排除したかの様な、完璧な匂いがするのだ。
それはもう、言ってしまえば凶器そのもの。嗅いだら最後、脳内麻薬と快楽物質が異次元な量分泌されて、しまいには立っていられなくなるほどの匂いである。
さっきも本当に危なかった。もう少し・・あと数センチほど、僕と彼女の距離が近かったら、恐らく僕は異常な快楽にこの身を委ねて、その場で昏倒することになっていただろう。
間違いなく今日一・・・いや、ここ一週間で一番の匂いだった。
「ああ、恐ろしい・・本当に恐ろしいけど・・・」
また嗅ぎたい。そんな気持ちが、胸中で爆発し続けて収まらない。
今すぐにでも引き返して、彼女のあの体に顔をうずめ、魅力的で、狂気的な匂いを五感全てで感じたい。
そう思えてしまうほどに、彼女から溢れる香りは素晴らしかった。
結局、その衝動はとどまるところを知らず。放課後、しばらく友達と駄弁っていても、塾に行って勉強しても、収まることは無かった。
ーーしばらくして。
「ふー・・・今日の勉強終わり・・と」
午後18時頃。学校の課題と塾の授業を終わらせた僕は、ようやっと少しずつ収まってきた衝動と戦いながら、長い長い坂道を登って帰路に就いていた。
「いやぁ・・遠藤さん、今日もいい匂いだったなぁ・・・」
疲れ切った脳の思考が麻痺していたのか、それとも、ここ最近の急な気温上昇により、火照った脳みそが誤作動を起こしたのだろうか。
原因はよくわからないものの、ふと、口から、普段出さないようなだらけ切った声音の恥ずかしい台詞がこぼれてしまった。
まあ、周りに誰も居ないし、特に問題は無いか・・・。
「にしても、今日は暑いなぁ・・・」
沈む前の最後の抵抗とばかりに照り付けてくる夕陽を全身に浴び、かつ上り坂を登っていることによって、体温が急激に上昇していく。
気づけば、タラり・・と、一筋。肉体から噴き出た汗が、首元を流れて・・・
「あぁ・・・もぅ・・!我慢できなぁい!!」
高く、聞きなれない少女の声が鼓膜を揺さぶる。
「レロォッ・・!」
「なっ・・・うひゃっ!?」
気づいた時には既に遅く。ゾワりとした感覚と共に、僕は自分が何者かに首を舐められたのだということを理解した。
途端、背筋に鳥肌が立ち、冷や汗が体中から吹き出でる。あまりの嫌悪感と困惑、そして意外な気持ちのよさに、感覚がバグってしまった僕は、腰を抜かして尻餅を着いた。
「だ、だれが・・・って・・え!?」
そこでようやく、僕は僕の首を舐めた下手人が誰なのかを理解する。耳でも、目でもなく、この鼻で。何よりも分かりやすく、凶器的に感じる匂いよって、僕は強制的に、その正体を分からされる。
「遠藤・・さん・・?」
鼻の次、この目で捉えた遠藤さんの姿は、先ほど学校で見かけたときと同じ。うちの学校の制服だ。
違うのは浮かべているその表情。尻餅を着いて倒れる僕を、まるで蔑むかのような、恍惚とした表情をして、彼女は僕を見下ろしていた。
「あ~・・美味しかったぁ・・・」
そして口を開く。その艶のある、プルンとした桃色の唇を歪め、快楽に身を任せるかのようにゆっくりと。喘ぎ交じりの声を、囁くように吐息を吐いて零していく。
「あ・・あぁ・・・!」
あまりに扇情的で、あまりに情欲に満ちたその表情と、彼女から漏れ出でる、純粋な汗の臭い。普段から溢れ出ている花の匂いと合わさって、絶妙なバランスで脳を刺激してくるそれらを一身に受け、僕は・・・
「遠・・藤・・さんっ・・・!!」
「フフッ・・・」
墜ちた。堕ちてしまった。
妖艶な雰囲気で、今も僕の汗の味を確かめるかのように艶っぽく舌なめずりをする彼女に、なすすべもなく僕は溺れてしまった。
頭が火照る。顔が赤くなり、頬が上気する。
はっきりと、今、自分が『恋』に堕ちたことが分かった。
「あぁ・・遠藤さん遠藤さん遠藤さん・・・!!」
「フ・・フフッ・・・アハハハ・・!!」
互いの視線が唾液の様に絡み合い、喘ぐような浅い呼吸が二重となって赤ネイルの空に溶けていく。
この日、この時、この瞬間。
僕、『高橋 薫』は生まれて初めて『愛』に溺れた。