③⓪
(大聖堂でお祈りの時間によく子どもに静かにしなさいと叱っていたお母さんがいましたけど、その方の気持ちがよくわかるような気がします。けれど二人ともとても可愛いです)
孤児院で小さい子の面倒を見ていたこともあるため慣れてはいるが、魔法樹だとわかっていてもまるで母親に甘える子どものようだ。
(わたしはちゃんと二人のお母さんができているでしょうか)
ローズマリーは母親はいたことがないのに二人のことを可愛いと思う。
すぐにいなくなってしまったが、孤児院で唯一優しかったシスターを思い出しながら、二人のことを面倒を見ていた。
驚いてしまうほと穏やかで平和な日々。
いつものようにリオネルと共に食事をしていた時だった。
「一カ月後に国中の貴族を招いて、君たちのお披露目兼歓迎パーティーを開こうと話していたんだ」
「……パーティーですか?」
「ああ、国中の貴族たちがローズマリーにお礼を言いたいんだよ」
「…………」
ローズマリーはパーティーと聞いて眉を寄せた。
リオネルがローズマリーの固くなった表情を見て名前を呼んだ。
「ローズマリー?」
「実は……わたしはパーティーに出たことがないんです」
将来は王妃になるのだからとマナーや歴史など、色々と習ってはいたものの表に出す機会はまったくなかった。
ローズマリーはずっと大聖堂の中にいたからだ。
何のために指導を受けていのか、よくわからないというのが正直な気持ちだった。
表に出ないローズマリーの代わりに、ミシュリーヌがクリストフのパートナーとしていつも出席していたそうだ。
なのでローズマリーはドレスを着てパーティーに出席したことはない。
故にリオネルにパーティーと言われてもあまり気が進まなかった。
(ちゃんとできるでしょうか……)
ローズマリーは不安ではあったが、アイビーはパーティーと聞いて喜んでいる。
オパールもパーティーが楽しみだと言いたげにワンピースのスカートの裾を持って挨拶をしているではないか。
どうやら魔法樹はお祭りが好きらしい。
カールナルド王国でも年に四回ほどは魔法樹のために祭りを開くそう。
二人の様子を見ても、そういう賑やかな場が好きなのだとわかる。
「もし気が乗らないのなら大丈夫だよ。君の意思を優先するべきだと思うんだ」
「……リオネル殿下」
リオネルはそっとローズマリーの手を握る。
「リオネル殿下は、わたしと一緒にいてくださるのですか?」
「え……? ああ、もちろんだよ。ローズマリーのそばにいるし、困った時はサポートするよ」
ローズマリーはそう聞いて安心していた。
(リオネル殿下がいてくれるなら、きっと大丈夫です)
先ほどの不安は消えて、ローズマリーは顔を上げて答えた。
「わかりました。出席いたします」
「いいのかい?」
「はい。リオネル殿下が一緒にいてくださるのなら、大丈夫だと思えるのです」
「…………!」
リオネルは驚いたように目を見張る。
その後にほんのりと頬が赤くなったような気もしたが、ローズマリーは気にすることなく、リオネルに講師から改めてマナーを学べるように頼む。
リオネルはすぐに用意すると言ってくれた。
それから歓迎パーティーで着るドレスやこの国で暮らしてく上で必要なものを買おうと提案してくれた。
ローズマリーがありがたい申し出に頷いていると、オパールがグイグイと前に出る。
リオネルの服の裾を掴み揺らしながら、自分にもドレスを用意するように身振り手振りで訴えかけているではないか。
おしゃれが好きなオパールらしいというべきだろうか。
彼女は目を覚ました時から髪型や服装にこだわっている。
あまりの必死な様子に二人で顔を合わせながら笑い合ったのだった。
──次の日
ローズマリーは朝食を食べ終わった後にオパールとアイビーに手を引かれて中庭へと向かう。
二人ともまだ木としては若木で少し芽が出た状態らしい。
オパールは指で花を操り、次々と花冠を作っている。
アイビーは悔しそうにオパールを見つめながら花を摘んでいた。
どうやら少しずつ魔法樹であるオパールとアイビーも魔法を使えるようになっていくのだそう。
けれど生まれて十年のオパールと生まれてから、一カ月も経っていないアイビーには差があるようだ。
オパールはローズマリーの頭に自分とお揃いの花冠を被せた。
アイスグリーンの髪の上、色とりどりの花が可愛らしい。
アイビーも花を摘んでローズマリーの頭に花を飾っていく。
「綺麗ですね。ありがとうございます。アイビーくん、オパールちゃん」
ローズマリーが喜ぶと二人は嬉しそうに抱きついた。
相変わらず二人とは夢の中でしか会話できないが、何も言わなくても表情や行動で何が言いたいかがよくわかる。
オパールによれば、もう少しで外でも言葉を話せるようになるそうだ。
「二人とお話しできるようになるのが楽しみですね」
ローズマリーがそう言って二人の頭を優しく撫でた時だった。
「ローズマリー、今日もとても美しいね。まるで女神のようだ」
「リオネル殿下……!」
「女神というのは比喩で、君が美しくて可愛らしいということを伝えたいだけだよ」
「理解しました」
ローズマリーが勘違いしそうになると、リオネルは先回りするように言い直す。
どうやら公務を終えたリオネルがローズマリーの元へやってきたようだ。
そっと手を掬うとスムーズに手の甲にキスを落とす。
するとアイビーがローズマリーから離れてリオネルに手を伸ばした。
「アイビー、どうかしたのかい?」
手を伸ばしてその場でピョンピョン跳ねるアイビーに、リオネルは彼が何をしたいのかわかったのだろう。
リオネルはアイビーを抱え上げて、体を軽々と持ち上げている。
高い位置にいくと、アイビーは楽しそうに腕を上げて大喜びしていた。
リオネルはクルクルと回りながらアイビーをあやしている。
オパールはまるで『アイビーは子どもよねぇ……』と言いたげに目を細めて二人を見ている。
ローズマリーはやれやれと首を横に振るオパールを抱きしめながら、楽しそうに遊んでいる二人の様子を見ていた。
(この幸せな生活がずっと続いたらいいのにと思ってしまいますね)
ローズマリーはオパールの頬に擦り寄り彼女を抱きしめながらリオネルとアイビーを見ていた。
「そろそろお茶にしよう。侍女に頼んでくるよ」
「ありがとうございます!」
今日のお菓子は何なのか楽しみにしながら、ローズマリーはリオネルの背を見送った。
まさかあんなことがあるとは思わずに……。
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