第2話
時は流れ、僕は高校を卒業した。そして春から東京の大学へ進学することになっている。
早朝から引っ越し準備に追われ、ダンボールに本や服を詰めたり不用品を捨てたりと、やらなければならない作業が意外に多く、少しうんざりし始めていた頃、階下から母さんの声が聞こえた。
「浩、準備終わった? 少し休憩でもしたら?」
引越し用のダンボールが山積みになっている。すでに五箱ができていて、あと二箱で終わる。ここで休んでも問題ないだろうと思い、僕は手を止めて「今行く」と返事をした。
「いよいよ明日、引っ越しなのね」
両手で湯呑みを包みながら、母さんが少し寂しそうに呟いた。僕はお茶を啜りながら「そうだね」と静かに答える。
明日の早朝、引越し業者が荷物を取りに来るのと同時に、実家を出て一人暮らしを始める。寂しいという気持ちは無いわけじゃないが、どちらかというと不安もある。何しろ初めての一人暮らしだから、楽しみと不安が半々だ。それに引越しという言葉には、別の感情も湧き上がってくる。
「お兄ちゃん、あれどうするの?」
いきなり質問されて考えていたことが遮られた。声の主は、母さんの隣に座っている妹だ。煎餅をバリバリ美味しそうに頬張っている。そして妹のいう『あれ』とは、庭に置いてある植木鉢。自然と視線が庭へ向く。
庭には数多くの植木鉢が並んでいる。プログラムされたかのように順に花を咲かせる美しさには、見とれてしまうほどだ。その発育のいい植木鉢の中にある――僕が育てている芽の出ない植木鉢。
手に取ると、幼い頃から変わらない鉢の重みと、智也の笑顔が頭をよぎった。しかし、これから新生活が始まる自分にとって、この芽の出ない植木鉢を持って行くことは本当に意味があるのだろうか――。
「面倒みてあげようか?」
「……」
思いもよらない申し出に言葉が詰まった。
「だから、わたしがお兄ちゃんの代わりに、その植木鉢を育ててあげようかって言ってるの」
『聞いてるの?』と言わんばかりに、僕の顔の目の前で妹が手をひらひらさせた。
「聞いてるよ。頼んでいいのか?」
「別にいいよ。それに、お水あげるだけでしょ?」
そこで母さんが水だけじゃないわよ、と妹に言う。やっぱりやめようかなと反論する妹の顔は、冗談だよと笑っていた。
ふたりの掛け合いを見ながら、僕は実家に鉢植えを置いていくことを決めた。