メイドのお仕事
思い付き短編です。
お楽しみいただければ幸いです。
「アーシャ! 貴女はまた大事な積荷を……!」
「ご、ごめんなさーい!」
またか……。
凄まじい音に続いて、我が家のメイド、アーシャが、メイド長のオーサに叱られているのが聞こえてきた。
やれやれと溜息をつきながら、僕は自室を出て階段を降りていく。
「アーシャ。今度は何をやったんだ?」
「あ、坊ちゃま!」
「アーシャ! 旦那様とお呼びしなさい!」
昔ながらの呼び方に、オーサの叱責が飛んだ。
僕は別に『坊ちゃま』呼びでもいいんだけどな……。
「は、はいー! 旦那様すいませーん!」
「まぁいいよ。それでどうしたの? すごい音がしたけど……」
「旦那様。私の不徳の致すところでございます。アーシャがゴチエ商会からの積荷をひっくり返しまして……」
「あー……」
確かゴチエ商会からは、陶器を買ったはずだ。
アーシャの足元で逆さまになっている木箱の中身は、おそらく絶望的な状態だろう。
「……じゃあ我が家の取り決めに従って、給金から弁償する形になるね」
「……はい」
「オーサ、被害額は?」
「金貨六十枚相当です」
「となると、追加で半年はただ働きだね……」
「はい……」
「追い出されないだけ感謝なさい! さ! 片付けに行くわよ!」
「わ、わかりました!」
オーサに引きずられるように、アーシャは荷物を持って倉庫へと向かった。
僕の父は変わり者だ。
借金で売られそうになっている子を買い取り、家で奉公させながら教育を施し、借金分を仕事で相殺すると、新たな奉公先を探して送り出す。
アーシャもその一人だ。
だがアーシャはおっちょこちょいで、よく物を壊したりお客様に失礼を働いたりする。
その度に弁償という形で借金が増え、十年経ってもまだ完済の目処が立たない。
「……困ったなぁ」
アーシャが我が家にいてくれるのは嬉しい。
子どもの頃からずっと側にいた存在。
彼女が家を出る事を考えるだけで胸が詰まる。
だが今のままでは使用人と主人。
こんな気持ちを今伝えたら、拒否権のない命令になってしまうだろう。
それでは駄目だ。
だから早く借金を返済してほしいのになぁ……。
「はぁ……」
僕の溜息は深くなるばかりだ……。
「……この白い粉が話していた御禁制の薬ですか……。壺の底を二重底にするなんて、先輩じゃなければ割るまでわからないですね……」
「ええ、これでうちを陥れようとするゴチエ商会の尻尾は掴んだわ。まさか運び込んだ当日に割られるとは思わないでしょう」
「私のドジの勝利ですね!」
「……ごめんなさいアーシャ。お家のためとは言え、あなたに罪を着せる事になってしまって……」
「いいんですよ! ドジなのは本当ですし、弟みたいに思ってる坊ちゃ……、旦那様を守るためなら、弁償の一つや二つ、楽勝です!」
「……ありがとうアーシャ」
「それに私、借金全部返しちゃったら出て行かないといけないですよね? 借金が減らなければ、私はいつまでもここで働けますし、良い事ずくめです!」
「まったく、あなたって子は……。なら今後も私が見破った害意ある品は、アーシャにうっかり壊してもらう事にするわ」
「お任せくださいっ!」
どんがらがっしゃーん!
「アーシャ・クーラ!」
「ごめんなさーい!」
「……またか……」
メイドのお仕事は続く。
主人の溜息をより深くしながら……。
読了ありがとうございます。
え?
最後のがやりたかっただけだろって?
……な、何を根拠に……(震え声)。
お楽しみいただけましたら嬉しく思います。




