第十四話【光る下衆】3
昼食をキタノ傭兵団の屋敷で済ませた後、戦の準備もひと段落つくまで進めたトキタロウ、トキヤ、旭、正義、真仲は御所へと戻った。
「うむ、皆順調に手筈は進んでおるようだな?」
いつもの議場……と謂う程畏まってもいない、唯々広くて簡素な板間の上に座して、傍にトキヤを控えさせる旭の言葉を前に、
「いよいよこの時が来た。
本当に長い道のりだった。
僕達は君に出会うまで何十年もの間、この地に生きる仲間が亜人達によって足蹴にされ、時には家畜よりも酷い扱いを受けてきたのを、涙を呑んで見ている事しか出来なかった……。
けれど君が僕達転生者を、そしてこの世界の人々を纏め上げてくれたお陰で、今漸く人類は反撃の狼煙を上げられるまでに至った」
緋色の直垂を着たドレッドヘアに眼鏡の男は、しみじみと昔を思い出していた。
「然しここからが重要だ。東ヒノモト、そして中ヒノモトの人類が結束出来たとはいえ、我等の兵力は未だカゲツ傭兵団に及んでいない。如何にここから更に西の人間達と同盟を組んでいけるかがこの先の勝敗を分けるだろう」
黄色の直垂を着た長い銀髪の青年は、未だ見通しの悪い未来を見て懸念を吐露した。
「まあ、先の事は今考えても仕方ねえよ。オレ達ならどうなろうと上手くやれるさ」
「ったく、いつも無根拠に調子のいい野郎だな、オメーは」
白い直垂の男と……珍しく自分の傭兵団の制服であるマトモな黒い直垂に袖を通している男は、いつも通り『向かう所敵無し』といった風情だ。
「なに、不安になる事は無いと思うぞ? ワシ等は死なぬ、旭姫は外面が良い、真仲に至っては雷ドカンで敵を焼き払える上に、トキヤのお陰で死ななくなったのじゃ。これはもう無敵と謂う他あるまい?」
調子のいい事を言っているのは、癖毛の黒髪を背中に長く伸ばして藍色の直垂を着た男。
「他の将軍共も言う通り今の我等に隙は無い。今こそ打って出て、この世をあなた様の物とする好機であろうな」
思い思いの事を言う将軍達の話を上手いこと纏めたのは、灰色地に青色の麻の葉紋様が入った直垂を着た、青色の髪の女。
「漸く手札が揃った……我等七将軍が世界を救い、人類に自由と平和を取り戻す、その時が来たのです……! ワタクシ達と共に、ヒノモトに生きとし生ける人間達の為に! 行きましょう、旭!」
最後に締めくくったのは、真っ直ぐな長い黒髪をした青い狩衣の男。
そして7人は決意を胸に、白い狩衣の女……光旭へを熱い視線を向けた。
が。
「あの、タンジン……っていうか他の皆さんも、ちょっと待って下さい。おい真仲、七人目はお前じゃないだろ」
冷や水を浴びせるような言葉が、旭の隣に座っていた灰色地に桃色の麻の葉紋様が入った直垂を着る白髪に眼鏡の青年から返って来て、一同冷静になった。
「それは、そうだが……ここは話を合わせるべきかと思ってな?」
これまではトキヤしか見えていない様子だった真仲が珍しく一同に茶目っ気を見せ、
「……というか、ヤマモト殿はいずこに?」
議場の端で昼寝をしていた正義が不意にそんな事を言いながら輪に加わり、
「僕もいつ言おうかタイミングを見計らっていた。確か旭姫と入れ違いで中ヒノモトへ行ったバレンティンが最後に会っているハズだ」
「ジョージは我々サカガミ傭兵団と共に地下遊郭の片付けをしていた。ひと段落ついて『後はやっておく』と言われたので、我々は先に帰ってきたのだが……」
「おい待て、お前等帰ってきたのって2日前じゃなかったか?」
「流石に遅過ぎるんじゃねえか……?」
「嫌な予感がするのう。あっちにはまだシャウカットがおるのじゃが」
「先ずは良子を向かわせましょう。旭、万一に備えて戦の準備……は、図らずも出来ていましたね」
思っていたよりもかなり不穏な空気が流れ始めた、その時だった。
「待て! 何奴……オオニタの参謀殿!?」
不意に警備の家人がそんな事を言った直後、
「うおあッ! 何だ!?」
「布巻きの獣……違う、此奴は!」
血と泥だらけになった藍色の布の塊と見紛う様な、
「シャウカット! 何があった!? しっかりしろ!」
「兄さん……旭、さん……」
悲惨な姿の少年が議場に転がり込んできた。
チランジーヴィの腕に抱かれて気絶するように眠っているシャウカット。
2人を囲む将軍達と旭は、お互いの顔とシャウカットの顔を交互に見ながら、口数少なく話し合う。
「シャウカットは……おいトキヤ、これは今如何なる事になっている?」
「多分丸2日掛かる道のりを休憩無しでここまで走ってきたんだと思う。シャウカット……幾ら俺達死なないからって、こんな無茶する事無いだろ」
「それだけの事が起きたんだろうな。見ろトキヤ、俺達ゃ死に戻ったら全部元通りなのに、服が泥だらけで襟の周りも血塗れだ。死に戻りのロスタイムを最小限に抑えながらここまで突っ走ってきたに違いねえ」
「トキタロウ殿、それは即ち……あそこから、ここまでをか……!? そんな事が出来るのか!?」
「横からすまねえが、オレ達は転生者ってコトを忘れんな、真仲。最悪内臓が全部ぶっ潰れて血を吐き散らかす事になっても、後から死に戻れると割り切れば出来ねえ事は無え」
「流れ者の命の使い方、誠に恐れ入る、ヒョンウ殿。……さぞかし、苦痛に過ぎる決断であったろうな」
「シャウカット……! 目を開けぬと謂う事は無いだろうが、お前に何があったのだ……!」
「チランジーヴィ、よすんだ。彼に必要なのは休息だろう。それとも、彼の胸を斬り裂いて今直ぐ死に戻らせるとでも「そんな事してみろ! お前のド頭を勝ち割ってやる!」ああ良かった! 君も僕と同じ意見だね!」
「……女王、俺は一度屋敷に戻る。出陣となったら即応可能にしておくから、いつでも声を掛けてくれ」
「すまぬな、バレンティン。よろしく頼む」
取り乱す者、冷静な者、次の一手の為に動く者……。
シャウカットが眠りから覚めるまでの間に、七将軍はそれぞれに行動を始めて……。




