第十四話【光る下衆】2
異世界ヒノモトの東、青々とした緑生い茂る山に三方を囲まれた海沿いに神坐の都は有る。
西の都と比べれば華やかさには欠けるが、刀を交えて鎬を削る武士の都であるならば、寧ろその方がらしく有ると謂うものでもある。
……今、この都はかつてなく物々しくも活気に満ちていた。
「トキヤ、こっちはもう準備終わったぞ、そっちはどうだ?」
白い直垂を着た爽やかな男が、灰色地に桃色の麻の葉紋様が入った直垂を着る白髪に眼鏡の青年へ問い掛ける。
「刀が11本足りないな、アニキ。結構ボロボロだから直すより買い替える方向で考えて良いと思う。ヤマモト傭兵団に連絡しとこうか?」
「それはならぬぞトキヤ、家人同士で武具の取引をするなとこの前定めたであろう。トキタロウ、今後は戦に必要な物あらば神坐から与えてやる故、これまで以上にしかとわしの為に働けよ」
青年の提案に間から入り込んで来たのは、白い狩衣を着た桃色の髪の女。
「ああ、そうだったよな旭……アニキ、今回の手続きは俺がやっとくよ」
「気持ちは嬉しいがオレにやらせてくれ。今後そういう風にしていくなら、慣れとかないとだからな」
「殊勝な心掛けぞトキタロウ。さて、こちらの連中も弓矢を数え終わった事だし、次は昼餉の用意でもさせておくか。おい、今朝わし等が持って来た魚を焼いて出して欲しいのだが、味付けにはこの前持ち込んだ薬味を使ってくれ」
「え、旭ここにもオオニタ傭兵団のスパイスセット持ち込んでたのか……ホントにアレ好きだよなー。最近何でもかんでもカレー味だから、俺は流石に飽きてきたよ」
「そうゲンナリするなって。どうせあと何日かしたらいつも通り飽きるだろ」
3人は他愛のない会話を交わしながら、当たり前のように武具の手入れをして、捨てる物や直す物についての帳簿をつけて、家人や下女への指示出しをしている……。
「お待ちください義兄上! 姉上!」
その状況に異を唱えたのは、今しがたやって来た水色の水干を着た桃色の髪の青年。
「お、正義か……って、どうしたんだ? 随分髪をバッサリいったな。腰ぐらいまで伸ばしてたから、てっきり何か拘りでもあるのかなって思ってたけど……」
だがイマイチ要領を得ていないトキヤは、正義が何か言いたげだったのにも気付かず呑気に質問を投げかけて、
「あ、これですか? 先の春頃、義兄上が真仲様を攫った中ヒノモトでの戦は覚えておられますか? 義兄上が真仲様と斬り合っていた同じ頃、私は高巴殿がそちらへ加勢に行かぬよう搦め手に回って斬り合っていたのですが……良子を退けるその腕は真に見事なもの、身体中傷だらけになる程斬りつけられて、髪も滅茶苦茶になってしまったのです」
然しその問いに正義も流されて答え始めてしまった。
「だからちょっと前まで全身包帯グルグル巻きだったんだ」
「ええ。それで、傷も治ったので髪を整える事となり、思いきって短くしようと考えて義兄上に似せてみたのですが……皆あまりそこには気付いてくれぬのですよね」
「まあ俺の髪型ってそこまで特徴無いからなー」
「ってそういう話をしに来たのではなくてですね、義兄上」
あらぬ方向へ転がっていった話の主題を正義は戻して、
「幾ら長い付き合いがあるとはいえ、一国の女王と宰相が臣下の雑用をしているのは何事ですか」
至極真っ当な意見を2人に浴びせた。
「まあお前の言っている事も分からない事は無いが、トキタロウ一人でキタノの全ての戦の手筈を整えると謂うのは荷が重すぎるであろう。然ればここの内情について勝手知ったるわし等が手伝ってやるのが最も合理的ではないか?」
「それはそうですが……せめてわたくしが代わりになっては駄目でしょうか」
「一応これでも俺は元々ここの参謀で雑用やってたんだけど。俺より上手く出来るって自信は何処から来るんだよ」
「いえ……然し義兄上……って、うぎゃっ!?」
尚も食い下がろうとした正義だったが、晴天にも拘らず雷が目前に落ちてきて言葉を妨げられた。
「ちっ、外したか……御所中探してもトキヤがいないから、此処かと思って来てみれば……汚らしい童が、私のトキヤに盾突くな」
「げっ、何故お前まで来るのだ、真仲……」
腕に青白い電流を纏わせながら現れたのは、暗めの空色の髪をした背がやや高めの女。
首元まで伸ばしたその髪は、灰色地に青色の麻の葉紋様が入った直垂の襟に掛かっている。
「随分な言い様をされるのだな、旭様。私はあなたのせいで呪われた身体となってしまい、先程の様に雷を放つ発作が何時起きるかも分からぬ身となったと謂うのに。この身体を鎮めてくれるトキヤ……執権殿が居なくては、次は旭様の身に危険が及ぶかもしれないのだぞ?」
「お前の色欲の強さをわしのせいにするな、この野人め。というか先程正義に雷が落ちた時、お前『ちっ、外したか』と言っておったではないか。何が発作だ、小手先ばかりの嘘をつくでないわ」
慇懃無礼な態度を見せながら旭が相手であろうと雷を落とす事を仄めかす真仲に、然し旭は全く臆する事無く向き合い、それどころか真仲のしている話が前後で一致していない事まで論う。そうして追い詰められた真仲は……、
「ぐ……! ええと、トキヤ。斯様な雑事を執権たるお前がする必要は無い。そこの尻の青い小童が気に食わなくば、私がお前の代わりに働こうか?」
いつも通り、しれっと話題を逸らしてトキヤと自分だけの世界を作ろうとし始める。
「絶対する気の無い約束を断られるのありきで吹っ掛けるのやめろよ。どうせ俺がその提案を断った後、話を自分に都合の良い方へ誘導して、最終的に旭と正義に雑用押し付けて俺を連れ出すつもりだったんだろ? 悪いけど全部お見通しだからな」
「……今日のお前は意地悪だ。夜はいつもやり込められてやっているのだから、昼ぐらいは私に花を持たせてくれても良いではないか」
「おーい真仲戻って来ーい。都合が悪くなったからといってトキヤを抱き込んで逃げようとするなー」
「真仲様ー、わたくしからもよいですかー……あんな勢いの雷を無暗矢鱈と人に浴びせないで下さいませ! わたくしだから避けられたものの、他の者ではまともに喰らえば死にますよ!? 文句があるなら言葉でお願いします!」
「黙れ小童! 私は神坐の将軍だぞ!? 立場を考えてものを言え!」
「ならばわしの言う事を聞け! わしはその将軍を束ねる女王の座ぞ!」
「お願いだからアニキの前で喧嘩しないでくれよ! いい加減にしろ真仲! 言う事聞かねえなら今夜はお預けにすんぞ! いいのか!?」
「それで困るのは私だけではないぞ! 旭様だけでお前は満足出来るというのか!?」
「真っ昼間から何と破廉恥な事を大声で! 義兄上! 真仲様! やめてくださいませ!」
「お前達! わしの言う事を聞けえ!」
「あーもうメチャクチャだ! 分かった! テメエ等腹減ってるから機嫌悪いんだろ!? 昼飯にしようぜ! 昼飯!」
弟周りの痴話喧嘩に巻き込まれてウンザリした声を上げるトキタロウだったが、その呆れた表情には何処かトキヤの事を微笑ましく思っているような様子があった。




