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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
第十四話【光る下衆】
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第十四話【光る下衆】1

 日が少し昇ってきた白い空の下。

 朝の神坐御所にて、石畳の上で膝をつき首を垂れる女がいた。

 少し暗い空の様相をした青い髪は首元に掛かり、着ている灰色の直垂に描かれた青い麻の葉紋様と混ざり合い、まるで髪の色が服に流れ込んでいるかの様だった。

 彼女が頭を下げている相手は、御所の中に座していた。

 その女……桃色の髪を長く伸ばした女は今、普段着の白い狩衣ではなく白色の束帯……遥か西にある人間の都、京安に御座す女王が己以外に着る事を許していない筈の其れに袖を通していた。

 「面を上げよ」

 促されるまま、青い髪の女は桃色の髪の女を見上げて、言葉を紡ぎ始める。

 「我等、中ヒノモトの蛮族が神坐に降り、神にも等しき旭様にお仕えする事をお赦し戴くと謂う、海より深く山より高い御恩を賜り、恐悦至極に存じます」

 「わしの威光を前に己の昏さを恥じて心を乱し、己が身一つでこの腕の中へ飛び込んできた事には大層驚かされたものであったが、今こうして、改めて中ヒノモトの猛き者共を取り纏め頭を下げてくれた事、誠に忝く思うぞ」

 「これよりは私、菱川真仲改め光真仲は我が主にして我が夫、光旭様へ仕え、郎党と共に粉骨砕身の忠誠を捧げて参る所存にて御座います」

 「然ればわしは其方等の益々の働きに目を凝らし、耳を傾けんと思う。共に神坐の国の為、ひいてはこのヒノモトの世の為に一刻も早く、亜人共に囚われし西の女王を御救い差し上げ、人々の世を取り戻そうぞ」

 旭が言い終えると、真仲はまた深々と頭を下げ「下がれ」旭の言葉に従って立ち上がり、石畳の上から退いた。

 ……その一部始終を見終えて、縁側に座していた人々は口々に言葉を交わし合う。

 やれ「見目麗しいだけでなく礼節にも長けた御方であった」だの「御乱心も収まったようで何よりだ」だのと、末端の武士団の長達は、奇妙な程に莫迦丁寧な言動を見せた真仲に何の疑いも抱かなかったが、

 「くせえ芝居だな。けど、あの真仲がこんなにも大人しく姫様の茶番に付き合うたあ、どういう風の吹き回しだ?」

 いつもは黒い小袖袴を着ているが、今回は流石に畏まった場であった為に自分の傭兵団の本来の制服である黒い直垂姿でいる男……サエグサ傭兵団のサエグサ・ヒョンウと、

 「大方、トキヤがテキトーな方便で言う事聞かせたんだろ。ま、それにしたってあそこまで長ったらしいセリフを覚えさせるのは並大抵の苦労じゃなかっただろうな」

 いつも通り、本当にいつも通り、逆にいえばどれだけ肩の力を抜いて良い場所や時であろうと白い直垂しか着ない男……キタノ・トキタロウは、間近で真仲と話し合う機会が多い分、まるで別人の様な真仲の言動を茶化す雑談をコソコソし始めた。

 その近くで同じく、小さな声で話し合う別の2人がいた。

 「やはり『色病みの呪い』は恐ろしいのう。人間の生理的欲求のうち一つを完全に掌握する事で、こうして人心を思いのままに操ってしまうのじゃから」

 藍色の直垂を着て癖毛の黒髪を長く伸ばした青年……チランジーヴィ・オオニタは、最も間近で『真仲の真実』を見ていたが故に、唯々険しい顔で恐れているような言葉を口にする。

 「アナタはそろそろ考え方を変えていきましょう。人間は嘗て、恐れていた炎を自ら生み出せる様になった事で、他の動物達とは一線を画する進化を遂げたと謂われています。ワタクシ達はまさに今、恐ろしき呪いの力を操って一つの国を手に入れたのです。これは寧ろ喜ばしい事でしょう」

 真っ直ぐな長い黒髪に青色の狩衣姿の異様に美しい男……イタミ・タンジンは、逆に真仲が神坐に従えられた経緯の初めしか見ていなかった為なのか、ともすれば浅薄で無思慮にも聞こえる考え方を示した。

 そして、彼等からまた距離を置いた場所にもう1人。

 「さて……ヒノモトの歴史は、また一歩前へ。ここから世界はどのように進んでいくのだろうか。僕は楽しみで仕方がないよ、旭姫」

 緋色の直垂を着たドレッドヘアに眼鏡の男……ガニザニ・イシハラは、真仲には興味無さげにそんな独り言を呟いて早々に席を立った。

 ……この場にいる者の中に、真仲の真意を知る者は誰一人としていなかった。

 それを知る者は、今まさに神坐の武士共が話す殿上の下、彼等には見えない影から御所を抜けるように端を歩きつつ話をしている2人。

 「御勤めご苦労様です、真仲様」

 「これであなた方が路頭に迷う事は無くなった」

 「流石に東夷の死に損ない共に頭下げるのは癪でしたんでね……っと、すいません。真仲様の真の夫は死に……もとい、流れ者の執権殿で御座いましたね」

 「やはりあなたは執権殿がお嫌いか?」

 「真仲様がお慕いするなら、これ以上文句は言いませんよ。例えどれだけの下種に虐げられて、道具か奴婢の如く扱われようと……あんたが納得してるなら、俺は何も」

 「根は良い男なんだ。高巴の様に私を慮るあまり嫌な嘘をつく小賢しさも無い」

 「俺から言わせれば、あんなのは莫迦の三下です」

 「手厳しいな……だがな、執権殿は危うい程に真っ直ぐで、それ故に旭様が求める儘、悪辣で残忍な立ち振る舞いすら直向きにこなしてしまう、それだけなんだ」

 「それが真ならば、直に擦り切れて事切れる末路しか見えませんよ」

 「故にこそだ……トキヤには私が居てやらねば、物の価値の分からぬ旭様が瞬く間に使い潰してしまう。神坐の行く末を、この武士の国の行く末を思うが故にこそ、私が隣にいてあの男を守ってやらねばならぬのだ」

 「……左様ですか」

 「きっと母上も、最期にその目を向けられたのだろうな……私や母上には、あなたは過ぎたる宝であった。今、改めて思い知らされたよ」

 「それでも、俺はあんたに仕えますよ。いずれ何かの間違いで、あんたがこの国を丸っといただくなんて事でもあれば、お零れに預かりたいんでね」

 「あまり楽を出来るとは思わぬ事だ。名目上は私が中ヒノモトの盟主ではあるが、あなたも知っての通り、私は呪いを掛けられているせいでまともに政も行えぬ身。故に中ヒノモトの家人共はあなたに取り仕切って欲しいのだ」

 「そろそろ隠居でもしたかったんですがね」

 「未だ左様に老け込んではおらぬだろ。それに、隠居をしたければ跡継ぎが要るのではないか?」

 「あんたと執権殿の稚児でもいただければ」

 「あはは……それは、幾ら何でも気が早過ぎはしないか?」

 「あんた等四六時中盛り合ってるんですから時の問題で御座いましょう」

 「そ、そんなにか……? まあ、その、本当に出来てしまったら……八男坊辺りならば、くれてやっても構わない、かな、あははは……」

 「八人……八人? 随分大きく出ましたな。それぐらいは造作ないと?」

 「私というよりはトキヤだな。あれは凄まじい絶倫だ、奴は私や旭様が婆になっても尚身体を求めてくるかもしれぬ程に……」

 2人の下世話だが妙な温かみのある会話は、真仲が神坐の入口へ男を見送るまで続いた。


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