第十三話【巴の欠片】9
「っと、落ち着けトキヤ。もうお前等以外の決着はついてるぜ」
「え……? アニキ!?」
「あ、トキタロウ殿……」
振り下ろした刀は、全く予想外の男……トキタロウと呼ばれた、白い一陣の風が如く爽やかな男が横入りしてきて、彼の手にした刀で止められてしまった。
そして彼の言った通り、既に客は全員とっくの昔に避難を終えて、義巴の郎党も尽く討ち取られるか捕らえられるかしていた。
「なっ、何でここに……まさか俺達の話聞いて、先回りして遊びに来てたんだな!?」
慌てて真仲から離れて刀を収め……それまでの調子付いて真仲を辱めながら義巴を断罪しようとしていた態度を隠して……いたって普通にトキタロウを咎める素振りを装い、トキヤは問う。
「流石はトキヤだな。オレの事は何でもお見通しだ、参っちまう」
「人伝に聞いた話だけどここ無許可らしいから、ガニザニさんにバレる前にずらかろうな、アニキ。でないと最悪、将軍降格なんて話になっちまうかもしれないぜ?」
「ウッヒョー、そりゃヤバいな」
「分かったら先帰っててくれ。ここの不始末は執権の俺がどうにかする」
「そうもいかねえな。……これは『弟』のお前じゃなく、神坐の執権殿としてのお前に一言物申さして貰うんだけどよ。国のナンバー2ともあろうお方が、無暗矢鱈と血を浴びるような真似をしまくるもんじゃない。と、オレは思うぜ? 光トキヤさんよ」
「だけど、コイツにはケジメをつけさせねえと。じゃなきゃまたこんな奴等がやって来て、真仲が苦しむ事になっちまう」
蹲ったままの義巴を一瞥してトキヤは冷酷に言い捨てて再び刀の柄を握ろうとしたが、
「それを言うなら、こんな事件が起きる場所を作っちまった俺達も責任取らなきゃだっての。な? 兄さ……っていうかアレェ!? 真仲さん生きてんじゃん! 何があったんだよトキヤ!?」
「オー、何があったかは知らんが真仲が無事でワシも、とーっても嬉しいのじゃ。それから、人聞きの悪い事を言うなシャウカット。ワシはタダの雇われオーナー、唯言われるがまま契約書にサインを書いただけじゃぞ」
今度は藍色の直垂を着た美少年と美青年の2人……片方は更に金の鎧を纏っている……が止めに入ってきた。
「説明してくれ、チランジーヴィ。オレ達も妙な金と物の流れを追ってここに来たんだ」
「達? というコトは……」
「よっ、怪しいビジネスの話にホイホイ金と名義を貸したクソバカがここにいるみてえだな?」
チランジーヴィの嫌な予感は的中し、トキタロウと挟む様にいつの間にか黒い小袖袴を着た異様な魅力を放つ男が後ろに立っていた。
「げぇっ、ヒョンウ……お前に嗅ぎ回られていたなら、もう『ビジネスパートナー』を庇ってやるのは無理そうじゃのう。分かった、ワシの知っておる事を全部話すから、ちょっと向こうまで来て欲しいのじゃ」
ヒョンウと「じゃあまた後でな、トキヤ。その子を殺さず、上手く罰を与える方法、考えてみてくれよ」そうトキヤへ振り向きざまに言ったトキタロウはチランジーヴィを間に挟んで3人で何処かへと歩き去っていった……。
「トキタロウどうしたんだろ、どうせ雇われだ何だなんて兄さんの口から出任せだろうに……」
「さあ。でも、さっき俺が『こんな違法風俗店で遊ばないでくれ』ってどやしたから、言い訳つけて逃げただけじゃないかな……」
「そんな感じなワケねえだろアレ。お前ホンットにトキタロウが相手だと全部激甘になっちまうんだから……ってかさ、真仲さんはコレどうなってんだよ。お前と2人で趣味の悪い手品でもやってたのか?」
「オオニタの参謀殿、もう少し口の利き方を考えろ。お前は執権どころか将軍ですらない唯の小間使いだ、分かっているのか?」
「一々突っ掛かるな真仲。それでシャウカット、真仲の事だけど、手品とかそういう冗談じゃ済まない事になってるかもしれないんだ。その……ええと、ずっと俺とヤりまくってたせいで、転生者の不老不死が真仲にも伝染った可能性がある……」
「そんな事有り得るのかよ。だったら兄さんの側室も皆そうなっちまってんのか?「ああ、この前31人目を迎えたっていう?」いや一々数えてんのかよキモいな……! それはそうと、ホントにそんな事になってるならもうこの世界メチャクチャだぞ」
残った2人は真仲を挟んで、途方に暮れた顔を見せ合っていた。
そこへ、
「これは興味深い事が起きていますね」
「うわっ!?」「お、帰ってきた」「円……」
姿を見せたのは頭巾を外している桃色の髪の尼僧と、
「これは……真仲、一体何があったのだ? 首に傷等は残っておらぬか?」
いつの間にやらいつもの白い狩衣に着替えていた旭。
「私も分からないんだ、旭様。でも、私はもしかすると、トキヤ……執権殿と抱き合い過ぎたせいで、同じ死ねない身体になってしまったのかもしれない。だからきっと、この先、旭様が死した後も……私は、執権殿と……」
旭に問われて深刻そうに話す真仲だったが、
「ああもうよい、左様なお前の臭い芝居はやめろ。どうせわしを差し置いてトキヤと久遠に愛し合える等と考えて浮かれておるのだろうが、お前が左様になっておればお前よりもトキヤと抱き合っとるわしも同じ様になっておるわ」
旭は『全てお見通し』といった調子で言い返し、真仲も図星だったようで、むすっとした表情で俯いてしまった。
「して、円よ。これは如何なる事か分かるか?」
問われた円は少し考え込んだ様子を見せ……少しずつ話し始めた。
「もしかすると、義兄上の精……こほんっ、体液から不死の能力を取り込んだのかもしれませんね。
真仲様は人と妖精の合いの子ですから、身体に流れる血には魔力が宿っています。
流れ者の方々が殺しても死なない原理はまだ私にも解明が出来ていませんが、真仲様は先程、義兄上と抱き合い、そして上からとも下からとも問わず義兄上の体液を身体の内に取り込んだ。
もう少し詳しく調べなければ何とも言えないところですが、然し魔力を持つ者が流れ者に抱かれると死ななくなる、といった簡単な話ではないとは思います。
それならば今頃、東ヒノモトには死なず老いずの妖精の女性ばかりになっているでしょうから……」
話を聞いて、
「うむむ……左様ならば、わしは別に不老不死にはなっておらぬのだろうな。だが、もしかするとこれは今後、神坐の戦に於いて大いに役立てられるやもしれぬ。然し……なかなか調べを進めるのも難しいか。そう易々と『如何にすれば死に、如何にすれば死なぬか』を試せる魔力を持った女など大勢捕まえられもせんだろう」
旭は暫し考え込み始めるが、
「別に大勢でなくても構いません。数人いれば効き目が切れる条件程度ならば突き止められます。なので……姉上さえ良ければ、私は今からでもここで始めたいのですが……構いませんか?」
「成程? ……此奴等は左様な生まれであったのか。何故分かった?」
「髪の色です。義巴様の銀の髪だけでなく、他の郎党共もちらほら、妙な髪色の者がいます。
……この地は元々人も亜人も寄り付かぬ山だけの場所。
それ故に斯様な地で態々暮らす者達は互いへの差別意識が低いのか、或いは互いの社会から逸脱した世捨て者が寄り合っているのか……。
何れにせよ好都合な事です」
円の提案を前に、旭は早速結論が出た様子だ。
「トキヤ、お前先程『殺す以外の罰を考えてみよ』と、そうトキタロウに言われていたな?」
「え……ああ、そうだったな……まさかお前」
残忍な笑みを一瞬浮かべたかと思えば、今度は厳かな表情を装った旭は、義巴の許へと歩み寄って、
「義巴、と謂ったな。貴様等は本来ならば、神坐の女王たるわしの命を脅かす斯様な真似をしでかした故、目玉をくり抜き、耳を削ぎ、爪と謂う爪を剥がし、生きたまま河原に吊るして火にくべても尚償いきれぬ罪を負っているのだが……此度はわしの頼みを聞けば赦してやろう」
そんな事を言いながら、深みのある微笑を見せた。
「何を……何を、企んでいる?」
「素直に喜べ。卑怯な搦め手で奪われた己の主を救う為ならば、同じかそれに勝る卑怯卑劣の手に訴えてでも目的を達する事を決断したお前の覚悟の強さ、誠に天晴れであると思うた迄」
義巴がトキヤに斬られた方の腕を動かせず庇っている様子を確認しつつ、そちら側から旭は手を差し伸べて、
「真仲は、よい郎党に恵まれておったのだな……願わくばお前の兄も神坐に迎えてやりたかったものよ。今は、わしの顔を見るだけでも腸が煮えくり返る思いであろうから、どうであろう、先ずは円と……そこにいる呪い師の我が妹と話でもしてみぬか?」
義巴の銀の髪を、意味深に撫でた。




